~海異~ 第五話

 いつもの海とは透明度もマリンブルー色の反射量もちがい、波打ちぎわにはゴミや砂利もなく思う存分泳げる環境に二人とも大はしゃぎでした。


 まだここに来るのは二回目、地域の人と馴染んでいるとはまだ断言しにくい場所というのもあり、シートを敷いてワンタッチで開く簡易テントの陣地取りは控えめに人のいない崖下側にしました。


 遠くビーチの反対側には恐らく地元の人であろう学生のグループ、家族連れと二組います。この崖側は岩などが多数あり、水流が複雑に発生し波は荒れて少し激しめなため、あまり人がいないだということを察しましたが、そんな岩場や沖の方へと泳ぐことはないのでその場所にすることにしました。旅館へとすぐに帰れる利便性も考慮して。


 打ち寄せるさざ波に足を浸す。小石も木の枝もゴミすらもない微細な砂が海水で緩み、二人の足を飲み込んでいく。その感覚すら今までの『大地の抱擁』とは比べものにならないほど柔らかく、両足の指の隙間まで包みこむ。


《これが本物の海だ・・・》


 都会の荒れた浜辺との比較にそんな無邪気な感想を、大人なあなたは口に出さず飲み込み息子の反応に舌鼓む。


「キレイだね!うわぁぁぁ」


 あなたはこの反応を見るのが一番の目的です。


《来て良かった・・・》


 心底そう思えて、まるで幸せの絶頂です。


 いつものように軽く遊泳を楽しんだら砂浜で穴掘り。そこに色々と拾ってきたものを一日だけ宝物のように集めておくのが晴斗のお決まりです。


 貝殻、キレイな石、カニや小魚、晴斗が見たこともない瓶などのゴミ・・・


 ただ、ここは本当にキレイな砂浜でゴミなどは見渡す限りありません。景色の不純物といった物がなく、旅館の人がいつも熱心に掃除をしているのだろうか。ポイ捨てをするような人がいなかった、ということがあったとしても漂流物の一つや二つはあってもいいものです。


《なんと素晴らしい住民性なんだろう》


 と、海や自然への地元愛を再確認しました。自分もまたその心を見習い、絶対にここではゴミを出さないようにと誓います。


「あ、晴斗ー、水鉄砲は?」


 テントの中で置きざりになったお気に入りの水鉄砲のことを忘れるほど、自然と戯れていた晴斗は思い出したかのようにテントへと走ります。まるで楽しみに取っておいたデザートを冷蔵庫に取りに行ってきたかのように、両手に抱えてやってきました。


 穴に集めた一時的な宝物をほっぽらかして、一人海へと行き両手を下げながら海水を入れているのだろう。満面の笑みでチラチラとこちらを見ている。


《ああ、きっと、的としての標的は自分なんだなぁ》


 そんな微笑ましい覚悟を決めながら、あなたはテントの中へと戻った。太陽が昇るにつれ日差しが強くなる。その前に日焼け止めを塗りなおすためだった。



 するとそこで気が付く。この辺は夜から朝にかけて満潮になり、夕方には引き潮になっていくんだと。朝に張ったテントの位置からだいぶ海が遠くなっていました。


 晴斗がニコやかにこちらに走ってきます。水鉄砲いっぱいに海水を入れ終わったのでしょう。到着とともにあなたはわが子を捕まえて、自分と同じく日焼け止めを目いっぱい塗りたくり、抱き着きながら晴斗がくすぐったくなる様に塗り付けました。


「あはははははっ!」


 いたずらをしようと企みながらやってきた小さなかわいい悪魔に、逆襲をするかのようにくすぐりました。その後はしつこいぐらいに水鉄砲の海水を浴びせられ、何度もしょっぱい思いをさせられましたが。


 すると

「あれ?・・でない・・・」


 水鉄砲の銃口から、水がポタポタと滴るばかりで勢いよく水が飛び出すことがなくなりました。


「貸して、見せて」


 あなたは水鉄砲を受け取り、何度も引き金を引いたり、海水を入れなおしたりしますが水はでません。


「あーあ、砂が出口に詰まったんだ・・・」

 晴斗はガッカリモードで落ち込みます。


「おうちの帰って、針でツンツンしたら治るよ」

 あなたは慰めるように言いましたが、テンションは低いままです。


「・・・あ、お腹空いたね!お昼ご飯にしよう!」

 そう言って、その場の仕切り直しをあなたは図りました。

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