第二十九章 ママからのサプライズ

 「四時くらいに出発したので、もうそろそろ着く頃だと思います。

 なぜ急にレイジー・ママから共演依頼があったかは、はやぶさ君本人も詳しい経緯を聞く暇がなかったみたいですよ。

 とにかくすぐに広島空港へ向かえ、とマネージャーから電話がかかってきたそうです」

 御茶水氏の部屋でみのりちゃんが一通り説明し終わると、一家はどう反応するべきか微妙な表情になっていた。

 なにか凄いことになっているのは漠然と判るが、どう凄いのかはいまひとつピンとこない感じ。

 「ありがとう、みのりちゃん。夜も明けてない時間に見送ってもらって」

 御茶水氏が礼を言った。

 「いえ、たまたま本を読んでいて、階下から電話の相手と通話するはやぶさ君の大声が聞こえきたから。時間も時間だし何か言伝があればと思って起きていったんです」

 ちょうどその時、双子姉妹が偵察から戻ってきた。

 「ねえ、ファイヴ・カラーズたちの部屋は静かだったよ。どこかで朝練でもやってんのかな」

 月那ちゃんがマロンちゃんに報告している。

 「あの人たち、朝練なんてするの? お風呂に入ってるんじゃないかしら」

 「忙しいから六時にチェックアウトして出ていったわよ」

 瑤子さんが特に感情を込めず、事実だけ女の子たちに伝えた。

 「え~~~~なんでえ~~ どうして教えてくれなかったのよお」

 晏那ちゃんと月那ちゃん、マロンちゃんが同時に同じような内容の苦情を申し立てた。

 が、瑤子さんは表情ひとつ変えず

 「当たり前でしょ。今日はあの子たち、東京に行って打ち合わせやリハーサルをしなきゃならないのよ。あなたたちみたいにのんびりできる身分じゃないの」

 双子は不満そうに何かブツブツ言い、マロンちゃんは『(なんでわたしまで中学生と一緒に扱われなきゃいけないの)』と心の中で悪態をついた。

 「お早うございます。女将でございます。もう起きられましたか」

 「あ、お早うございます。起きてますよ」

 御茶水氏が返事をすると

 「朝食の準備ができておりますので一階の休息の間にお越しくださいまし」

 「わかりました。下りて行きます」

 「じゃあ、わたしは部屋に戻って着替えてきます」

 「ありがとう、みのりちゃん。教えてもらって助かったわ」

 瑤子さんがみのりちゃんに礼を言った。

 「じゃあ後でまた」


 みのりちゃんが部屋に戻ると町田さんがメモを取りながら電話で話しているところだった。

 「結菜ちゃんからみたいだよ。急ぎの用らしい。みのりちゃんにかけたけど出なかったって」

 私がテーブルの上に置かれているみのりちゃんの携帯電話を指さして、着信ありランプが明滅しているのを教えた。

 「結菜ちょっと待って。ね、三人とも先に食事に行っててください。わたしも電話が終わったら下りていくから」

 話が長引きそうなのだろう。私と汐音、みのりちゃんは町田さんを残して先に朝食を摂りに階段を下りた。

 「メンバーたち、もう下りてきてるかな」

 汐音がみのりちゃんに期待をこめて訊いている。

 「ああ、あのね、彼たちもうチェックアウトしたんだって。六時に」

 「え~~~~なんでよ~~ どうしてわたしたちに一言もいわず逃げるように帰っちゃうの」

 「逃げたんじゃないと思うけど、言ってたら大騒ぎしてお見送りしたでしょ。

 だからまあ、半分は逃げたようなもんだろうけど、でも今日は彼らにとって大忙しの日だから仕方ないよ」

 「うーん。そうだよねー。ライヴ配信ないかなー」

 「あるかもね。多分映像ソフトも発売されるよ」

 「そうだよね。でもやっぱりナマで観たいよねー」

 「でも最初からファイヴ・カラーズが出る予定じゃなかったし、そもそもレイジー・ママのチケットなんてそう簡単には手に入らないよ。

 申し込んでも抽選はすごい倍率で、それ以前に時間内でネットや電話が繋がらなくて申し込めなかった人多数だそうよ」

 そう言いながらもみのりちゃんは、はやぶさ君が大観衆の前で実力を発揮できるか気が気でなかった。

 極度に緊張するとフリーズ状態になる彼の弱い部分がでなければいいがと心配なのだ。


 一階で食事を摂っていると町田さんが下りてきた。そして

 「みなさん、食事を摂りながらでかまいませんのでちょっと聞いてください。

 結菜からの電話でレイジー・ママさんから東京ライヴへのご招待の連絡がありました。

 明日土曜日のライヴとその後のパーティーに、可能であればみなさんをご招待したいとのことです。

 ライヴは午後六時から、パーティーは十時を目途に始めたいそうなので、一泊二日の日程になります。費用は移動や飲食、宿泊も含めてすべてレイジー・ママさんが負担されるそうです」

 おとなたちは顔を見合わせ、乙女たちはざわめきたった。

 「あの、それってここに居る全員が対象ってことですよね」

 御茶水氏が確認のため町田さんに訊ねた。

 「そうです。その点は何度も結菜に確認しました。全員をママさんが全ての費用負担で招待するとのことです。

 もちろんお仕事などの関係で行けない方もいらっしゃるでしょうから、今日の昼十二時までに可否のお返事をわたしにおっしゃってください」


 「ライヴへの招待ならありがたく受けられるけど、交通費から何から全部負担していただくとなると、ちょっと気が引けますね。ここはご辞退するのが礼儀でしょうか」

 私が判断に迷っている点を町田さんに言ってみた。

 「結菜に何度も訊いたんですけど、ママさんが誰かを招待するときは個人であれ団体であれ、いつも全額負担でお招きするんだそうです。

 だから辞退することの方がかえって失礼になっちゃうかもしれない」

 「そうなんですか。だったら遠慮なくご招待をお受けしなきゃ。

 汐音もあの喜びようだから否はありえないでしょう。うちは二人とも行かせていただきます」

 「わたしももちろんご招待をお受けします。みのりははやぶさ君が心配そうだから、まさに渡りに船のチャンスでしょう。

 わたしたちは四人とも行くということでいいですね」


 「うちは三人参加でお願いします」

 御茶水氏が町田さんに参加人数を伝えにきた。

 「三人、ですか? 四人じゃなくて」

 町田さんが聞き返す。

 「三人です。みずほと晏那・月那です」

 「マロンちゃんは? 当然行くと思っていたのに」

 「彼女は私の東南アジア出張に、秘書役で付いてくることになってるんですよ」

 「そうなんですか。だからさっきから浮かない顔をしているのね」

 「ビジネスだけならわたし一人でいいんですが、行った先々で歓迎ディナーがあって、王室や政府高官も来るので招待客は原則夫婦で出席なんです。

 ただ瑤子がそういうのをすごく苦手にしているもんで、そこでマロンちゃんに代わって来てもらうことになっているんです」

 私には瑤子さんが社交の場で華となる存在のように見えるし、本人もそれを自覚していると思っていたので、これは意外だった。

 御茶水氏の話では、瑤子さんは夫がノーベル賞を受賞することをとても恐れているらしい。

 ノーベル賞と言えば授賞式の前後に様々なイベントがあり、だいたいにおいて夫婦同席が原則のようだから、知らない土地で慣れない習慣の華やかな席にひきずり出される悪夢はぜひとも避けたいと心から願っている。

 「そうでしたのね。わかりました。じゃあ御茶水さんのところからは三人参加で連絡しておきます」

 「あの」

 振り返ると瑤子さんが諦めの表情と言うか、なんとも微妙な顔つきで立っていた。

 「わたしが出張に付き合いますから、マロンちゃんは参加でお願いします。四人と言うことで」

 「お前、いいのかい?」

 御茶水氏が驚いて瑤子さんに確認した。

 「良かないけど、マロンちゃんを見てるとかわいそうになっちゃって」

 そこにいた一同がマロンちゃんへ一斉に視線を移すと、彼女はこちらに背を向けて、つまらなさそうに一人で外の風景を見ていた。

 その背後では双子姉妹がなにやら大騒ぎをしている。

 「じゃあちょっとあの子に事情を説明してくるから、町田さん、四人でお願いしますね」

 「あ、はい。わかりました。お優しいのね」

 瑤子さんがマロンちゃんに近づいて、二言三言話しかけるうちにマロンちゃんの表情が瞬速で変化した。

 「いいんですかっ⁉ もうわたし、諦めてたから気を使わなくてもいいんですよ。

 え、でもマジ嬉しいです。やったあ! じゃあ準備しないと」

 「準備って、このまま荷物をまとめるだけじゃない」

 「いや、メイクの基本路線とか、パーティーではどんなコーデにするかとか考えないと」

 「でも、家に服をとりに帰ってたら間に合わないから、ここから東京に直行することになるんじゃないの?」

 「そう。だから明日の昼に渋谷あたりで着る服を調達するんです」

 さすがマロンちゃん。自分自身のコーディネートとなると誰よりも行動力を発揮する。

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