第九章 オサミズ・プロジェクト

 「今日はお忙しい中、急であったにも関わらずお集まりいただきありがとうございます。

 お電話でも申しました通り、本日は皆さまにご提案と言うかお願いと言うか、わたしたち全員の将来に関係する重要なお話しをさせていただきたいと思っております」

 事務所には四家族のアンドロイドと保護者が来ている。一家族だけ急用のために来られないとのこと。

 町田さん母娘、笹木さんと彼女のお母さんと思しき女性、御茶水氏の兄妹、そして汐音と私。

 御茶水氏が、表情はいつものように柔和だが、やや改まった口調でしゃべり始めた。

 「今日の時点までに新しい家族として迎えていただいたアンドロイドは、わたしのラボから六人、ほかの事業所を合わせると五十人となりました。

 初めてのアンドロイドが誕生して五年近くになります。

 それぞれのご家庭でアンドロイドたちは毎日を幸せに暮していることでしょう。

 日常生活では人間とアンドロイドの区別がつかないことを、皆さまは実感していらっしゃると存じます。

 家族はもちろん、職場や地域の中で、ひとつの独立した個性を持つ《人間》として我々と同じように社会に貢献している姿を見ると、創造をお手伝いした者として感動を禁じ得ません。

 しかしながら、外面・内面ともに人間となんら変わらない存在となっているにも関わらず、残念ながらそれに見合った権利が彼ら彼女らには与えられていないのが現状です。

 能力は備わっているのに、今は運転免許証を取得することさえできません。

 パスポートの申請を受け付けてもらうこともできないし、これから先に多発しそうな問題が遺産相続に関する手続き。

 現在のアンドロイドの置かれている立場だと、彼ら彼女らにわたしたちの私的財産を残すのは不可能と思われます。

 日本国憲法の下で暮らし、消費税もわたしたちと同じように徴取されているにも関わらず、なんら法的な保護を受けられない。

 そんな状況をなんとか改善したいと、私たち開発者やその関係者はかねがね思っておりました」

 普段はおっとりした喋り方の御茶水氏だが、今日はいつになく熱を帯びた口調になっている。

 「そんな中、一部の国会議員の間に、アンドロイドへの理解を示す方々が現れ始めたことは非常に喜ばしいことで、わたしはこれがアンドロイドの社会的地位を確固としたものにするまたとないチャンスと捉えています」

 確かに国レベルで動かさないと、アンドロイドと人間を同等かそれに近い扱いにすることなど無理だろう。

 御茶水氏の提案とは、アンドロイドを持つ家族の考えに賛同を示す、或いは興味を持っている国会議員を招待し、アンドロイドと実際に交流してもらう催しを開く。

 そこに来場した議員たちへロビー活動を展開し、わたしたちの目指すアンドロイドとの共存社会を理解してもらおうという試みである。

 御茶水氏と長年の付き合いがある衆議院議員が、党内党外の数名に声をかけてくれるそうで、参議院議員の数人も誘ってくれるそうだ。

 今の時点で何人の国会議員が来てくれるかはわからないが、御茶水氏にはある程度の目算があると言う。

 「そこでお願いしたいのが、ぜひ皆さまのご協力もいただいて、この交流イベントに於いてひとりでも多くの議員が法案提出などの行動に動いてくれるよう説得していただきたいのです。

 日時は再来週水曜日の午後六時から、場所は国会議事堂近くの貸し会議室を予定しています。

 この日は衆議院で、閣僚全員と大物議員が出席しての予算委員会が開かれるため、閉会後にロビー会場へ立ち寄ってくれる議員も多いかと思います。

 もちろんご賛同をいただき、このロビー活動に参加していただけるご家族の旅費は、全てこちらでご負担させていただきます。

 それぞれのご家族から、保護者さんとアンドロイドさん一名ずつが参加していだだければ幸いです」

 ここまで話して、御茶水氏は脇に置いたペットボトルの水を口にして、水気が少なくなったらしい喉を潤した。一息ついて

 「なにかご質問やご意見、ご提案がありましたら遠慮なくご発言ください」

 誰も何も言う様子がない。こういう状況になるとしゃべらなきゃいけない、と自分にプレッシャーをかけてしまう癖が私にはある。沈黙に耐えられないのだ。

 ゆっくりと手を挙げた。

 「藤村さん、どうぞ」

 「アンドロイドとその家族の為にご尽力して下さっている御茶水さんに心から感謝いたします。

 私としても微力ではありますが、出来る限りのことをさせていただきたく思います」

 すると賛同の拍手が家族側から起こった。

 「どうもありがとうございます。アンドロイドの社会的地位が改善されることで、お住まいの条件が合わなくなる可能性もありますが……」

 御茶水氏が私を気遣って言ってくれているらしい。

 「私は独身者専用のマンション住まいですが、現在の娘はペットと同じ扱いに甘んじています。

 今は大家さんに、見た目立派なおとなの女性が出入りするのを大目に見てもらっており、それはとてもありがたいと思います。

 もし、娘がひとりの人間として社会に認められることになれば、その時は現在のマンションから出て行かなければならないでしょう。

 しかし、それくらいのデメリットなどなんの問題でもありませんし、なにより娘が人として社会に受け入れられることの方がはるかに重要であり嬉しい。

 どのみち、今の部屋では手狭になりつつあるので、一軒家を見つけて引っ越そうと考えていたところです」

 私が話し終わると、部屋の隅に座っている青年が手を挙げて発言を求めている。

 「はやぶさ君、どうぞ」

 御茶水兄妹のお兄さんのようだ。

 「あの、ぼくたちはどんな風に対応すればいいんですか?」

 人間には国会議員の説得が大きな役目になるが、アンドロイドの彼・彼女たちはどんな役回りとなるのだろう。

 「君たちは家に居る時のように、普通に誰かと会話をしてくれればいいよ。アンドロイドにも感情があって、人間となんら変わらないことを見せてあげてください」

 「ほかにもアンドロイドの子たちが来るの?」

 今度は妹さんが発言した。

 「来るよ。殆んどの子たちが」

 「それじゃ、もしかして……」

 「あの五人も揃ってやって来る予定だよ」

 アンドロイドの女の子たちがざわつき始めた。いや、アンドロイドだけじゃなく町田さんも目を丸くして「うっそお」などとみのりちゃんに向って囁いている。

 「みんなどうしたの?」

 状況が掴めないので汐音に訊ねてみた。

 「来るのよ、あの五人が!」

 「五人? なんの五人」

 「ファイヴ・カラーズよ」

 「ファイヴ・カラーズ? なんだそれ」

 「知らないの⁉ いま超人気の美形男性アイドル・グループじゃん!」

 なんでアイドルがアンドロイドのロビー活動に来るんだ。美形と言うのも気にくわない。

 それになんと下手なネーミング。プロデューサーは素人か。もっとインパクトのあるグループ名にしないと売れないぞ。簡単には覚えられないくらいの名前の方がファンの頭に残るんだよ、などとジャズとは畑が違うが思わず評論家魂に火が点いた。

 「なぜそのファイヴなんとかが来ることになるの」

 「ファイヴ・カラーズは世界初のアンドロイド・ユニットなのよ。去年の十二月にデビューして、あっという間に人気が出たの。

 一月の全国ツアーが終わった後、すぐにアメリカ・デビューして、初シングルの『ミラクル・ドア』が全米ヒットチャートでトップテン入りしたのよ。

 まさかあの五人が来てくれるなんて、絶対に行かなくちゃ!」

 そう言えば、アンドロイドの人気アイドルがセンセーションを巻き起こしているというニュースを見たような気がする。

 汐音によると、五人にはそれぞれ担当カラーがあって、一番人気の子が赤、あとは人気順に緑・青・黄・紫となっているらしい。私の世代なら戦隊ヒーローの格付けと同じものだろう。

 その子たちが来ることで、会場に足を向けてくれる国会議員が増えるのならば、それはそれで良いことだ。


 その後の日程調整の結果、正式に東京遠征が再来週の水曜日と決まった。

 アンドロイド・ラボから参加する家族については、家族側全員の申し合わせで、旅費の半分を各自が負担することになった。

 「くれぐれも無理せず、重要な仕事や大事なプライベートの要件があればそちらを優先させてください」

 と、御茶水氏。

 「それからみずほ、くれぐれもファイヴ・カラーズのことは妹たちに言わないように! 知ったら学校を休んでついてくるから」

 とこれは自分の娘への申し渡し。

 御茶水氏宅のアンドロイド兄妹は、はやぶさ君とみずほさんと言う名前なのか。

 ふたりともそれぞれ別の専門学校に通っているとのこと。はやぶさ君は観光関係、みずほさんは理論物理学の勉強をしているそうだ。

 ふたりともこの後、授業があるので先に退出して行った。

 男性のアンドロイドとは会話をしたことがないので、いつか機会があればはやぶさ君と話してみよう。


 ラボでのミーティングが終わり、帰りは恒例となった、いつもの居酒屋での町田母娘と私たち父娘の打ち上げ会。

 東京でのロビー活動成功の前祝いが本日の呑み会の名目だ。

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