クリスマスイブにしたバイトの話

dede

第1話 クリスマスイブにしたバイトの話


「シッ、足音だ静かに……行ったか。で、救援にリソースが割けるチームは?……チッ、どこもカツカツか、仕方ない俺たちが向かおう。

いいな、ニュービー。ユーコピー?」

「……アイコピー、アルファ」

あれ、おかしいな?私サンタのバイトに来てたハズなんだが?



「サンタのバイト?」

私が縁日の屋台で焼きそばを作っている時に聞いた話だ。

「もっとソースとマヨネーズ多めに」

「適量なの、我慢して。で、何なのその眉唾なバイト?」

ヘラでかき集めるとプラスチックの容器に詰めて手渡す。

「界隈で噂になってるんだ。今年はサンタやるんだって」

そう言って黒いスーツに身を包んだ斡旋屋さんはサングラスをクイッとあげた。

「クリスマスは毎年あるじゃんか?」

「知らんさ。教会の偉い人が決めてるんだろ?今年は数十年ぶりなんだと。祭りになるって既に騒ぎになってる」

「その騒ぎを私は知らんよ?」

「うちの業界の界隈では、だ」

「姉ちゃん、2パック頼む」「あいよー」

声を掛けてきたおっさんに手早く手渡すと小銭を貰って話の続きをする。

「何やるの?」

「サンタだぞ?宅配だろ。少子化とはいえ、子供は多い。人手は足りんのさ」

「給金は?」

「正直安いな。だが、人気だぞ?枠は既に殆ど埋まってる」

「ブラックなのにどうしてかね」

「ロマンは金で買えんからだろ。やるんだろ?やらんのか?」

「お姉ちゃん、4パックちょーだい」「ほら、熱いし多いから気を付けて」

子供に焼きそばを渡す。「ありがとー」と、親のところに駆けていった。

「やるさ。そんな面白そうなバイト、しない訳ないじゃん?」



日雇いバイトかと思ったら現地入りは7日前で泊まり込みだった。拘束時間がでかい。

「こちらで用意したものを着て貰う。サイズが合うものを選べ」

現場でアルファと名乗った老人は、白い髭をたくわえていて目元が厳つかった。

シャツの上からでも適度に筋肉が乗っているのが分かった。

「なんでミニスカサンタのコスが混じってるかな?」

クローゼットが真っ赤で目がチカチカしているのはさておき、ズラッと並んだ衣装の中にやたら丈の短い服があった。

「需要があるからだ。イヤなら着なければいい」

「じゃ、着ないけど。セクハラに当たらない?」

「この時期にそれは困る」

「訴えたり拡散する気はないよ。ただ気を付けた方がいい」

「気を付けよう。それでは着替えてまたココに集合してくれ」

私は更衣室で着替えるとまた先ほどの部屋に戻ってきた。

着替えた服は真っ赤なのはともかく、案外と伸縮性が高く着心地がよかった。素材は何だろう?

「全員揃ったようだな」

この部屋に居るのは6人。私以外は最低でも40代以上の髭面の男ばかりだった。

「おいおい、こんな若い、しかも女じゃないか?務まるのか?」

右目にアイパッチをした40代ぐらいの男性が私に難癖をつけてきた。

「募集条件に性別も年齢もなかった、問題ないはず。違う?」

私はアルファに問いかけると彼も頷いた。

「ああ、問題ない」

「前回では考えられんな」とアイパッチの男はため息をついた。

「前は数十年前だと聞いる。私の次に若そうなあなたは参加してたの?」

それにはアルファが答えた。

「俺以外は全員初参加だし初対面だ。だがこの面子でチームを組んで仕事にあたる。これから一週間、みっちり研修を受けて貰う。覚悟しておけ」

「研修?一週間も?」

「ああ。半日もない間に確実に仕事をこなさなくてはいけないからな。

それに我々の仕事は基本、人に見られてはいけない。隠密のコツを覚えて貰う必要がある」

「見られちゃいけないのにこんな恰好なの?」

「袖にあるボタンを押してみろ」

「これ?」押してみると完全とはいかないまでも周囲の景色に服の色が溶け込んだ。無駄に技術を凝らすより始めから迷彩服でいいと思うのだが、仕事に支障がないなら別に良いか。

「すごいね、これ。こんな技術開発されてたんだ」「開発されていない」

アルファは首を横に振り、俳優のように大げさに肩を竦めた。

「これらの制服は全てクライアントからの提供品だ。仕事が済めば全て返却する。持ち逃げしようと思うなよ?」

「こんな技術があるところにケンカ売るような真似しないよ。でも依頼主は教会じゃないの?」

「俺への依頼は教会だが、その上は知らない。詮索するなと言われているし、もちろんしない」

これでも敬虔なクリスチャンなんだ、とアルファは付け加えた。

そう言われてしまうと、ミニスカサンタの存在がとても気になったが、それ以上私は何も言えなかった。

教会も、その上のクライアントも敵に回すと厄介そうだ。



その後、研修という名の訓練を経てクリスマスイブ当日を迎えた。

そして私が今何をしているかというと……

「……ヒック。あら?そこのカッコイイお兄さんたち、こんな素敵な夜にお仕事なんて勿体ない。私と、イ・イ・コ・トしましょ?」

ミニスカサンタの恰好をした私は、薄暗い路地裏で扉の前にいた男二人に声を掛けていた。

右手に赤ワインのボトルを持って、フラフラと近寄る。口の端から赤ワインが零れて顎を濡らす。それをペロッと舌を出して嘗め指先で拭った。

「……なあ、少し持ち場離れていいか?」

「おい!良い訳ないだろ、ボスにどやされるぞ?」

「だがこれだけの上玉、滅多にいないぞ?なあ、すぐ済ませるから」

「……順番だからな?」

「フフ、私は二人一緒でも良かったけど?じゃ、まずはお兄さん、行きましょうか?」

「ああ」

私は男と腕を組むように見せかけて隠し持っていたスタンガンを押し当てた。パチンッ。男は崩れ落ちた。

「え?」

もう一人の男の背後には足音一つ立てなかったアルファが立っていて、男の首を銃のグリップで殴りつけていた。そちらも床に伏せる。

「需要はあるんだ」

「それは分かったけど、とにかく寒い。早く着替えたい」

「なら手早く済ませよう」

赤ワインを持っていた大きい袋に片づけると、私たちは男たちが守っていた扉から地下にのびる階段を下って行った。

私たちは6人でチームだが、行動は2人1組のバディで動いている。ニュービーと呼ばれることになった私はリーダーのアルファと組むことになった。

「本当にいないんだ?」

警戒は続けているが、入り口の二人以外もぬけの殻だった。

「情報は確かだ。今頃連中は家族や恋人、愛人と過ごしている」

イブだからなとアルファは付け加えた。ふーん、お仕事より大事か。イブならそれも仕方ないのか。

やがて私たちは地下の最奥にある扉についた。

「この奥?」

「ああ」

アルファはノブを静かに捻って鍵が閉まっていることを確認すると、銃をスライドして構えた。

それを私はスッと手で遮る。

「なんだ?」

「私が開ける。2分頂戴」

「こちらの方が早い」

「怯える」

「……任せた」

私はピッキング道具を取り出すと鍵穴に差し込む。しばらく弄り回すとカチリとなった。

「解除した」

「では開ける」

アルファが警戒しつつドアを開けた。

開けた先の部屋は8畳ほどで扉から一番遠い場所に子供が5人固まっていて、他はバケツが一つあるだけだった。

それを確認すると私たちは笑顔でこう言った。

「「メリークリスマース。みんな、迎えに来たよ!」」

まだ部屋の隅で怯えている子供たちに目線を合わせると一人一人にお菓子を手渡していく。

「ほら、これを食べて元気を出して」

「……さ、サンタさん、なの?」

「そう」

「お姉ちゃんも?」

「そう」

「……おうち、帰れる?」

「もちろん!」

するとその言葉にようやく安心したのか、子供たちは声をあげて泣き出した。



「ではニュービー、次の現場へ行くぞ。ユーコピー?」

私がミニスカサンタからサンタ服に着替えて車に戻ってくると、アルファはそう確認してきた。

既に教会の人間に引継ぎは済んで、警察に連絡済みだ。やがて親元に帰れることだろう。

「アイコピー。次も人身売買組織?」

「いや、個人だ。監禁されている少女が一名」

走り出した車の中、カーラジオが流れる。サンタが子供たちにプレゼントを持ってきたというニュースが流れていた。

「私、宅配だと思ってきたんだよね」

「それはすまなかったな。だが応募には『サンタの仕事』としかなかったハズだ」

「これ、サンタの仕事?普通サンタの仕事って今のニュースみたいなのでしょ?」

「"おもちゃ"班だな。あれは目立つ。他にも"薬"班や"食事"班がいる。プレゼントの種類によって部署が違う」

「私たちのプレゼントって何?」

「"自由"だ」

車は次の現場に向かう。



途中、他のメンバーのフォローもあったが順調に任務をこなしていった。

そのニュースが流れてきたのは、私たちの仕事が終わる間際だった。

『今晩遅くからサンタクロースの恰好をした集団がN市の病院に立てこもりを続けており、入院中の子供たちを人質に仲間の釈放を要求しています。……』

「随分ひどいコピーキャットだ。私達と真逆だね」

「N市か。我々が一番近いからもしかしたら声が『ジングルベール、ジングルベール、鈴が~♪』失礼」

アルファは電話に出るとしばらく話していたが

「ニュービー、まだいけるか?」

「残業代、出るんでしょうね?」

「もちろんだ」



全てが終わった頃には日は随分高く昇っていた。

「最後に余計な仕事も増えたが皆の尽力によって無事成功に終わった。感謝する」

そうアルファが締めくくった。

その後、アルファが個人的に話しかけてきた。

「ニュービー、随分助けられた。君は優秀だな。どこかの組織で訓練を受けたりしてたのか?」

「いいえ?ただ色々なバイトで経験が豊富だったってだけ」

「そうか。いや、次も是非一緒に仕事がしたいものだ」

「それは分からない。でも敵対だけはしたくないもんだね」

「まったくだ。お互い気を付けよう。ちなみに不都合なければ今後の予定を聞いても構わないか?」

「明日から1週間の研修のあと、年末年始は巫女のバイトをしているハズ」

「なるほど、無神論者らしいな」

「ただ面白そうなバイトが好きなだけだよ。ではバイト代の振り込み、よろしく。ユーコピー?」

「アイコピー。そういえば、ミニスカサンタの衣装は現物支給で持ち帰って良いそうだ。どうする?」

「いらない」

あんな恰好じゃ、神さまの足音が聞こえなくても私は恥ずかしくて隠れるよ。着る機会がないね。

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