追憶49 ぼくらには、全力を出し切らないといけない事が多すぎる(AO)

 KANONカノンさんが【魔法禁止】のルールを敷いている今のうちに、魔術師KENケンを殺す。

 それが、今のぼくとHARUTOハルトさんのやるべきことだ。

 HARUTOハルトさんは、ボウガンと入れ換えに長槍パイクを召喚。両手持ちに構えてKENケンに襲い掛かる。

 当然、白銀壁、TOMOトモが阻止しにくる。

 ぼくは、それを阻止するために立ちはだかった。

 頭から爪先まで、分厚いフルプレートアーマーで覆っている。

 右手に波形の長剣フランベルジュ、左手に柄の短いトマホーク。

 異形の甲冑にいびつな二刀流が恐ろしげな風貌だけど、やってやれなくはない。

 ヒーラーとしての彼を落とすチャンスと、前向きに考えよう。

 TOMOトモが、フランベルジュの間合いに踏み込んできた。

 予備動作から袈裟斬りを予測し、ぼくは最低限度のステップで回避。

 それを刈ろうとしてきたトマホークを、彼の腕を打ち払うようにしていなす。

 ぼくに攻撃を弾かれパリィされTOMOトモの身体が泳ぐ。

 やっぱり、ヒーラー兼タンク役を立派にこなしている人に、オフェンス面まで求めるのは酷なのだろう。この数合で、彼の攻撃力はだいたい読めた。

 ぼくも何だかんだで、格闘の専門家としてPC・NPC問わずヤバいのに揉まれてきた自負がある。

 がら空きとなった彼の胴にワンツーを叩き込み、微量に溜まったリゲインエネルギーを開放した右ストレートで殴り倒した。

 蒼い光が“それなり”の光量で弾けた。

 現在、ぼくの魔法――ひいては必殺技も禁止されている。

 素の打撃だけでは、鎧相手には分が悪い。

 こまめに変異エーテルの備蓄を放出するしかない。

 なおかつ、全ては使いきらない。

 最後に勝負をかけるための貯蓄を同時に行っておく。

 あるいは、HARUTOハルトさんの手が空けばいいけど、彼が必ずしもKENケンに勝てる保証も無――、

 

 飽和する閃光。

 個体じみた圧力の放出。

 衝撃と高熱が、ぼくの全身の感覚を一瞬でさらっていった。

 

 ぼくもTOMOトモも、鉄砲水のような衝撃波に流され、その場に転倒した。

 左腕の感覚が消し飛んだ。

 肌が焼け爛れ、少し身動ぎしただけで激痛が駆け巡る。

 爆心地は……KENケンのいたあたり。

 粉塵が晴れた。

 HARUTOハルトさんと、KENケンが、全身爛れた変わり果てた姿で倒れていた。

 HARUTOハルトさんの生死は不明。

 KENケンは……死んだだろう。

 目端で爆轟の挙動を見たけど、明らかに彼自体が炸裂していたようだった。

 その変異エーテルは、恐らく自爆能力なのだろう。

 自爆した本人が助かることなど、あり得ない。

 魔法を封じられた場合の、切り札だったか。

 嫌な予感が的中してしまった。

 ぼくは、今にも崩れ落ちそうな身体を無理やり起こして、残されたTOMOトモと再び対峙する。

 鎧に隠れてわかりにくいが、あちらもただでは済んでいないようだ。

 あちこち歪んだ鎧の継ぎ目から、少なくない血液が流れ出している。

を禁ず】

 KANONカノンさんの凛とした声が、場のルールを上書きした。

 “武器”をではなく“通常攻撃”を禁止、か。

 ぼくは、改めてナックルダスターを握りしめて感触を確かめた。

 同時に、何らかの魔法を使おうとしたTOMOトモの頭上に即席雷光インスタントサンダーを落とす事も忘れない。

 白銀の鎧に無数の電流が這いずり回り、筋肉の弛緩した彼は強制的に膝をつかされた。

 ルールが上書きされた=魔法禁止が解けた事実を理解したのは、ぼくの方が一瞬早かったということだ。

 ぼくにとっては、知り尽くした仲間の能力。

 TOMOトモにとっては、推測の域を出ない敵の能力。

 その認識の差って、大きいよ。

 そして、相手の変異エーテルが未知なのはお互い様。

 ぼくはすぐさま踏み込み、残された右手を振りかざす。

夢逃鶏走乱舞むとうけいそうらんぶ

 ドッコロニアンの変異エーテルをアクティブにしつつ、ぼくはその必殺技を放った。

 TOMOトモが立ち上がるよりも早く殴る、殴る、殴る、回し蹴り、裏拳。

 打撃が命中するたび、KENケンの自爆で千切れかかっていた身体が修復されてゆく。

 左腕が復元。

 攻撃ができればそれでいい。

 ぼくは乱舞を続けつつ、リゲインの回復効果をオフにした。当然、攻撃用の貯蓄に回すためだ。

 宙返りしながらの蹴り上げ、返すカカト落とし、右ストレート、そして。

 左ストレートが白銀の鎧の胸部に食らい付いた瞬間、無音破撞拳むおんはどうけんで衝撃波を吹き込む。

 数十キロは下らないであろう甲冑に包まれた大の男が、物凄い勢いで後ろに吹っ飛ばされた。

 ぼくは、それを追いかけるように前へ跳び、蒼光の飽和した拳骨を振り上げる。

 

 瞬間、TOMOトモが自分の防御も投げ捨て、明後日の方向に何らかの魔法を放ったのが見えた。

 

 けど、今さらどうにもならない。

 鉄鎚直落・フェイタルバスター!

 超音速で水平に飛行し、拳を振り落とす、単純な追撃技だ。

 TOMOトモを力任せに叩き潰し、蒼い閃光が飽和する中で鎧ごと四散させた。

 土と圧力波の混ざりあった間欠泉が、遥か成層圏まで噴き上がったようだ。

 よし、彼が変異エーテルを実演させる前に落とせた。

 これは実戦だ。

 彼の切り札をむざむざ披露させる道理は、ぼくにはない。

 現実には、チェーホフの銃などと言う言葉は存在しないんだ。

 けど、コンマ一秒も安心する時間はない。

 死に際のTOMOトモが、誰に何をしたのかが気になる。

 そして HARUTOハルトさん以遠の主戦場も気になるけど。

 敵陣最後尾のEIJIエイジが追いついてきた。

 出し抜けに鞭を横薙ぎに振るってきた。

 まるで届いてない――けど、魔石と思われるものが数珠繋ぎになった形状を見て、ぼくは大袈裟なくらい跳びのいた。

 鞭の通過した軌道で、鋭利な爆轟刃が次々に火花を散らした。

 まるで、地雷除去の爆導索ばくどうさくだ。よくこんなのを鞭として思いついたな。

 そして、単に鞭を振るっただけだと“通常攻撃”のルールに引っ掛かったんだろうけど、魔石というアイテムを点火する行為だったから、今の攻撃はらしい。

 爆炎に眩む不完全な視界の中、ぼくはEIJIエイジに向かって間合いを詰める。爆導索の間合いのままでは、ぼくが不利だ。

 これ以上MALIAマリアさんたちから離れるのは不本意だけど、こっちも放ってはおけない。

「トニト・カウラム!」

 彼は何らかの技名を叫びながら、もう一振の鞭を大袈裟にしならせた。

 あの挙動、叩くというよりも、絡めとる気か。ぼくは、鞭の微妙なディレイを読んで掻い潜った。

 やっぱりだ。空振った鞭が地面に当たると、帯電しているのが見えた。

「ヘリコ・プター!」

 突然何を言うんだ!?

 と思ったら、EIJIエイジは頭上に掲げたフレイルを高速旋回させて真上へ急浮上した。

 なるほど、螺旋ヘリコプターか。

 フレイルから揚力を得ているわけではないのだろうけど、浮遊する魔法に付随させた動作がアレなんだ。

 とにかく、制空権を取られたのはまずい。

 さすがに、滞空時間は短いだろうけど、あの高度から派生する必殺技か何かがあるはず。

 ぼくは、EIJIエイジが次に何をしても対処できるように彼を注視し――どん、と全く関係ない背後から、誰かにぶつかられた。

 その誰かは、万力のような力でぼくの胴体を締め付ける。

 誰だ?

 

 血染めでわかりにくいけど、それは確かに死んだはずのKENケンだった。

 

「し、しまっ――」

「今さら気付いても、遅い……!」

 鬼気迫る形相のKENケンが、変異エーテルを放出。

 再び……いや、さっきの“自爆”とは比べ物にならない光と熱で、ぼくの身体が瞬時に消し飛んだ。

 

 そうか。

 自爆技は術者が必ず死ぬ、と勝手に思い込んだぼくのミスだ。

 最初の自爆は、自分が死なない程度の火力に留めたものだったのだろう。

 今思えば、仮にも変異エーテルを使った技にしては威力が弱かった。

 そのまま死んだフリをして、TOMOトモに強化の魔法を受けて。

 乱戦の中で、ぼくがEIJIエイジに一点集中する、この隙をずっと狙っていたんだ。 

 けど。

 主砲とヒーラーを犠牲にしてまで殺したのが、ぼくという敵前衛一人というのは、割にあっていないように思える。


 彼ら、半ばわざと自分達の命を捨ててないか?

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