3日目(稔目線)

3-1 朝の来訪者

 早起きするつもりはなかったのに、珍しく5時前に目が覚めた。自宅や宿ではぐっすり眠れても、他人の家では眠れないのは昔から変わらない。

 カーテンの隙間から外を眺めると太陽の姿は見えないものの、街並みが朝焼けに優しく包まれている。


(・・・・・・仕方ないな、起きるか)


 もう少し寝ていたいのに、一度目が覚めてしまうと二度寝できないのは困ったものだ。隣の部屋に聞こえないように着替えてそっと部屋を出る。


 階段を降りると廊下の奥から物音が聞こえた。夏帆の祖母であるトシエが既に朝ご飯の準備を始めている。俺の気配に気づいたのか、こちらを振り返って挨拶をした。


「稔くん、おはよう。ゆっくり休めた?」

「おはようございます。おかげさまでゆっくり休めました」

「それならよかったわ。昨夜は移動で忙しくて、まともなもの食べられなかったでしょ?笹かま用意しているから、好きな味選んでね」


 微笑むトシエにお礼を伝える。高齢なのに準備を全て任せてしまっては申し訳ない。何か手伝おうとしたとき、「あっ、そうだ!」と何かを思い出したようだ。

 彼女は仏壇に置いてあった一枚の紙を取って俺に差し出す。


「美柚ちゃんが持っていた制服を少し手直ししていたら、ポケットからこんなものが出てきて」


 紙には正五角形の内側に五芒星に書かれ、その上には『19821017』という数字が書いてある。昨日美柚が占いで使ったものだろうか。


(何だろう、これ?)


 誰かの生年月日にも見えるし、何かの暗号のようにも見える。ひょっとすると、これが事件解明の手がかりになるかもしれない。


「ありがとうございます。電車の中でみんなと考えてみますね」


 トシエから貰った紙をズボンのポケットにしまい、朝ご飯の支度を手伝った。


 やがて3人も起きてきたので作った料理を次々と並べて、朝食を食べ始める。旅先で外食が続き手作りの料理が恋しくなってきた頃だったので、手料理がより一層美味しく感じた。

 きっと、美柚ちゃんも俺と同じ思いを数カ月間してきて、我慢の限界に近かったに違いない。「美味しいです!」と彼女が笑顔で食べている様子を見て俺も嬉しくなった。


 朝食を食べ終えて下宿部屋に戻り、荷物の支度を済ませてリビングに戻ると、3人は既に準備を終えて俺を待っていた。夏帆は大きなキャリーケースを部屋に置き、身軽なリュックへと荷物を変えたようだ。


「よし、それじゃ行こうか」

「おばあちゃん、また連絡するね」

「お世話になりました」


 みんなでお礼を伝えていた時、ピンポーンとインターホンが鳴った。こんな朝早くに来客とは誰だろう。ドアノブに右手をかけて開けようとしたとき、手首を夏帆に掴まれた。


「待って!インターホンで誰なのか確認してからにしよう」

 一度履いた靴を脱ぎリビングに戻り、インターホンの画面を確認する。そこには、まさかの訪問者が映っていた。


『宮城県警です。指名手配中の女子高校生が昨夜この家に入ったという目撃情報がありました。その件で詳しくお話を聞かせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?』


(警察!?なんでここに・・・・・・!?)


 昨夜の東照宮駅からの道では尾行してくる人が周りにいないか、全員で目を光らせながら歩いてきたのだ。

 まさかの事態に他の3人も動揺を隠せずにいる。そんな中、トシエだけは冷静だった。


「私が対応するわ。あなた達は裏の下宿側の玄関から出て」

「そんな、おばあちゃんまで疑われちゃうかもしれない!」

「大丈夫よ。もし家に上がってきてもうまく誤魔化しておくわ。みんな気をつけてね」

「・・・・・・ありがとうございます!行ってきます!」


 お礼を伝えると、トシエはゆっくりとした足取りで玄関へと歩き始める。俺たちは玄関の扉が開く前に各々の靴を手に取り、教えてもらったもう一つの玄関へと向かった。


 下宿側の玄関に辿り着こうとしたとき、すぐ横の階段を降りてきた辻堂と鉢合わせた。彼の顔を見るなり、美柚は俺たちの後ろに隠れた。


「何よ。警察呼んだのはあなたなの?私たちを突き出すつもりでしょ!」


 夏帆がムッとして彼の前に立ち、喧嘩腰に詰め寄る。相手は医学部の学生だというのに度胸あるな。

 だが辻堂は全く表情を変えず、親指で玄関の方を指して口を開いた。


「・・・・・・トシエさんの車に乗ってくれ。俺が送ってやる」

「警察がいるのにいいんですか?」

「あいつらに疑われているんだろ?俺のことは気にするな。どこまで乗せればいい?」


 今日は仙台駅8:11発の東北本線普通 小牛田こごた行きで北上するために、東照宮駅を7:55に発つ仙山線で仙台駅へ戻る予定だった。

 しかし、警察の訪問により手間取ってしまい、このままでは間に合いそうにない。ならば仙台駅まで送迎を頼みたいと思ったとき、春哉が目的地を伝えた。


「東仙台駅までお願いします!」


 女子達も「えっ!?」と驚いた表情を見せる。なぜ東仙台駅にしたのか俺にもわからないが、彼なりの考えがあると思い、突っ込まないことにした。辻堂は軽く頷いて答える。


「・・・・・・わかった。早くしろ。奴らに気づかれる」

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