2-11 帰省
21:15発の仙山線普通 山形行きに乗り換えると、1駅隣の東照宮で降車する。おばあちゃんの家は駅から歩いて数分の、宮町という地区の閑静な住宅街にあった。
「おばあちゃん、ただいま!」
「夏帆ちゃん、おかえりなさい」
おばあちゃんは今年で米寿になるが、足腰がしっかりしており相変わらず元気だ。
「こんばんは。お世話になります」
「皆さん、遠路はるばるご苦労様ねえ。汚い部屋で申し訳ないけど、どうぞあがってちょうだい」
おばあちゃんの家は普段一人で暮らしている建物と、下宿用の建物とに分かれている。私たちは下宿の空き部屋に荷物をおろしてから、おばあちゃんが普段過ごす居間で一服することにした。
すると、ダイニングで一人の大学生らしき男性がとっているところだった。
「あれ、学生受け入れてたんだね」
私はおばあちゃんの耳元でこっそりと聞く。
「そうよ。辻堂悠真くんっていう子なの。ここから歩いて少し行ったところに、医療系の大学があるでしょ?ちょっと事情があってアパートから引っ越してきて、去年から下宿に入っているの」
辻堂はこちらをチラッと見て軽く会釈すると、引き続きスマホをいじりながらおばあちゃんの手料理を無表情で食べ続けていた。
「なんか、ちょっと怖いです・・・・・・」
美柚ちゃんが小声で囁き、私にくっついて離れようとしない。いくら下宿を営むのが難しいご時世とはいえ、おばあちゃんは何故この学生を受け入れたのか疑問だ。
私たちが辻堂を敬遠する中、稔だけは馴れ馴れしく彼へ接している。
「おっ、それアウモンですか?俺もやっています。もしよかったら、フレンド登録しませんか?お互い石貰えますし」
石という言葉に、辻堂が一瞬反応する。
「・・・・・・別にいいけど」
よっしゃ!と稔は興奮気味にスマホゲームのIDを交換し始めた。それが終わると辻堂はさっさと食べ終えて「ご馳走様です」と呟き、皿を片付けもせずダイニングを出ていった。
あの人に美柚ちゃんのことを知られたら警察へ通報するに決まっている。彼の姿が見えなくなってから、おばあちゃんにはこれまでの旅の経緯を語った。
「それじゃ美柚ちゃんは、北海道に帰る途中なんだね。まだまだ遠いですし大変だねえ」
「はい。でも、皆さんがサポートしてくださっているおかげでここまで来れているので、本当にありがたいです」
おばあちゃんの前では辻堂に怯えていた美柚ちゃんの表情もほころび、リラックスしている様子だ。おばあちゃんは男子達の方をちらっと見ると、ふふっと笑って話を続けた。
「それに、このお二人は男前でいい人たちじゃない。てっきり、夏帆ちゃんとお付き合いしている子だと思ったわ」
「冗談やめてよ!もし彼氏がいたとしても、連れてくる訳ないじゃん!」
私はすぐに否定するも、顔が赤くなっているのを自覚する。「複雑な関係でね」と稔が訳の分からないことを言い出したので、睨みをきかせて黙らせた。
すると、突然春哉が発した言葉にはっとする。
「夏帆はここまでで良かったんだよね。明日からゆっくりできるといいね」
そうだった。元々春哉たちの旅に便乗したのは、おばあちゃん家に帰省するのを兼ねてのことだった。本来ならば、この先は旅に付いて行かないはずなのだ。
「夏帆さんとはここでお別れなんですね・・・・・・。北海道に着くまで一緒にいたかったです・・・・・・」
美柚ちゃんの表情がしゅんとなる。男子達とはサークルで会えるからいいが、道半ばで彼女とサヨナラするのは私も辛い。もう迷いはなかった。
「ねえ、おばあちゃん。私もみんなと一緒に北海道に行ってもいい?」
おばあちゃんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
「美柚ちゃんがしっかりお家に着くまで、私もそばにいてあげたいの。ちゃんとここに戻ってくるからお願い!」
私が頭を下げると、少し考える様子をみせておばあちゃんは答えた。
「・・・・・・そう。夏帆ちゃんがしっかり考えて決めたことなら、私は構わないわ。春哉くん達はどうですか?」
春哉は頭をポリポリと掻いている。彼が悩んでいるときによく出る癖だ。稔と何やら話してから答えた。
「仕方ないな。明日は7:45にここを出るつもりだけど、寝坊したら置いて行くからな」
「やった!みんなありがとう!」
「夏帆さん、引き続きよろしくお願いします!」
美柚ちゃんも喜びをみせて私に抱きついてきた。彼女が甘える仕草はまるで猫のようだ。この3人と旅ができる喜びをかみしめ、久しぶりのおばあちゃん家の床に就いた。
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