ショタのおちんちんから黒いおしっこが出てくる話

鮎河蛍石

第1話

「痛ッ」

 トイレから弟の悲鳴が聞こえたのは、わたしがチクチク刺していたフェルト人形の仕上げに入る段であった。

 弟は大人しい小学生なので、大声を上げることは滅多にない。

 だからわたしは驚き手元が狂い針で指を突いてしまった。

 指に空いた小さな孔からぷくりと血が滲む。

 こんなものは舐めとけば治る。

 指を咥えると不愉快な血の味が口に広がり鉄の香りがかすかにした。


 寝室を出て一階におり、トイレをノックする。

「どうしたのかっくん?」

 歳が七つ離れた弟の勝司かつじの安否を確認する。

「黒いの……」

 涙でこえが震えている。

「何が?」

「黒いおしっこがでちゃったの……」

 黒いおしっこ?

 血尿だろうか?

 幼い子供が血尿を垂れようものなら大事である。まあ大人でも大事ではあるが……

 黒いおしっこが血尿以外だったらヤバいな。

「ちょっとお姉ちゃんに見せてみ?」

「……うん」

 トイレの鍵が開く。

 扉を開けると暖色の照明が廊下に漏れ芳香剤のレモンの香りがした。

「うぅ」

 シャツの裾をぎゅっと握った勝司が、嗚咽を漏らしうつ向きがちに肩を震わせている。下半身は裸である。彼氏より太い勝司のソレも嗚咽に合わせて幽かに震えていた。見た限りソレに異常はないようだ。素人目で見た限りだが。

「お姉ちゃん!」

 私を見るや否や腰にしがみ付いてくる勝司。

「とりあえずズボン履きな」

「うん……」

 鼻を啜りながらズボンを履く勝司。

 わたしは便器の中を見る。

「あちゃー」


 便器の底に溜まった黒いおしっこ否、黒いひも状のモノ。

 黒いひもは蜷局とぐろを巻きその先端は生きてるみたいに便器の中を泳いでいる。

「あんたもしかして祠いった?」

「…………」

 行ったなこれは。

「正直にいいな」

「………………うん」

 勝司は小さく肯いた。

「これホント大変なんだから」

「ごめんなさい」

 わたしもコレを出したことがある。

 たしか九歳の頃だったか、街の外れにある森の入り口にある庚申塔こうしんとうに併設された祠に行った時のこと。その祠は蟲塚といって地鎮祭の時以外は行ってはならないと、大人たちに口ずっぱく言われていた。

 しかしやってはいけないことをやってしまうのが、子供のさがである。

「アホたれ! クロガネスジガネムシが憑きよったんや!」

 普段温厚な祖父が激高した姿はあの時一回限り。

 あのときはどうしたんだったか………


「……そうだ塩水だ」

「何するのお姉ちゃん?」

 勝司の手を引きキッチンへ向かった私は、コップに水を注ぎ塩をいれた。

「何作ってるの?」

「塩水」

 スプーンで塩水を混ぜると溶け切らない結晶がコップの中でゆらりと舞う。スノードームみたいだ。

「ゆっくりでいいからぜんぶ飲みな」

 おずおずとした手つきで勝司はコップを受け取る。

「ねえなんで塩水なのに甘いの!」

 うわあと勝司が泣き始める。

「怖いねでもぜんぶ飲みな」

 未知の体験の連続で感情が決壊した弟をそっと抱きしめる。

「お姉ちゃんも昔、黒いおしっこしたことあるから」

「ほっほんと?」

「でもこうして元気だから勝司も大丈夫」


 塩水を飲んだ勝司はリビングで眠っている。

 緊張の糸が解けたのだろう。

「やっと繋がった」

「どうした? あんたが何度も電話してくるなんて珍しい」

「お母さん仕事中にごめん、勝司が祠に行っちゃってさ」

「うそ!」

「マジマジとりあえず塩水飲ませたら泣きつかれて寝たよ。塩水で良かったよね?」

「塩水で良いよ」

「でさ蟲散らしのおじさんの連絡先ってわかる?」

「お鎮めの手配はお母さんの方でやっとくから、あんたは勝司のこと見てて」

「了解」

 できることはとりあえずやった。


 人形の続きをやらないと。

 寝室からやりかけのフェルト人形をもってリビングへ降りた。

 勝司がソファーで寝息を立てている。タオルケットが呼吸に合わせて上下している。

「ほんとこれ大変なんだよな」

 黒いおしっここと、クロガネスジガネムシをわたしがひり出しあの日から、月一で作っている捧げ人形の続きをやることにした。

 勝司が落ち着いたらコレのつくり方を教えてやらなきゃいけない。

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ショタのおちんちんから黒いおしっこが出てくる話 鮎河蛍石 @aomisora

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