第5話 成人する頃には……

 ついに、この日が来てしまった……

 この村で集めた税を護送するため、屈強な村の男たちが街へ向かう。

 その中の1人に父さんが加わる日だ。

 もちろん、村の成人男性全員が出払うわけではない。

 森の見回りのように、数年おきに当番として回ってくるって感じだ。

 まあ、村人みんなの取り決めによって、畑仕事をするより腕っぷしの強さで村に貢献したいっていうちょっとやんちゃなナイスガイの場合、毎年護送に行って、そのぶん税として必要な作物の生産量を少なめにしてもらっている。

 ……ゼロじゃないんだねってところが、村に課された税負担の重さを物語っているといえそうだよね。

 ちなみに、うちの父さんも元冒険者だけあって力自慢のわんぱくオヤジなんだけど、毎年護送に行っているわけではない。

 そのことについて父さんは「家族と離れるのが寂しいからさ」とかニヒルなキメ顔をしながらいっていたが、実際のところは分かんないね。

 いや、確かにそういう理由もあるのかもしれないけど、僕にいわせたら「めんどくさいからでしょ」ってなもんである。

 嗚呼……僕も16歳の成人を迎えたら、このクソめんどくさい護送を手伝わなきゃいけなくなるんだなぁ、嫌だ嫌だ。

 まあ、護送がどうのこうという前に「成人したら、村を出て一旗揚げてやるぜ!」っていう少年もいる……ジギムがそうだったりするね。

 その点、僕は村に残る気マンマンだからねぇ……そう思うと、ジギムと一緒にこの村で暮らすのもあと数年ってことになるのかぁ、それはちょっぴり寂しいもんだね。

 それから、ルゥのほうは成人後どうするかについてまだ決めてないらしい。

 とはいえ、「お茶会ごっこをしたい」とか言動に若干都会志向な雰囲気も見え隠れするからね、ジギムと一緒に村を出るという選択をする可能性もじゅうぶん考えられる。

 ……フッ、僕はいつだって見送る側の人間なのさ。


「……ノクトよ、そこまで青豆は苦いか?」

「そんな顔をしかめてないで、栄養になってくれる青豆にもっと感謝しながら食べなきゃだめよ? ほかの領地なんかだと税としてもっとたくさん取られて、なかなか食べられないところだってあるんだからね?」

「……はいはい」


 青豆を食べなくていい領地とか最高じゃん!

 ……とはならないよね、そういうところだとホーンラビットのお肉とかもぜ~んぶ取られちゃうだろうし。

 そんなこんなで朝食を終えたところで、父さんが出発の時間を迎えつつある。

 はぁ……父さんのまあまあ真偽不明な冒険者トークもしばらく聞けなくなるのかと思うと、それはそれで多少は……本当にほんの少しだけは寂しい気もしなくはないね。


「ノクトよ……父さんがしばらく村を出るからって、そんな切なそうな顔をすんなって! すぐ帰ってくるからな!!」

「でもフィル……道中には危険なモンスターや盗賊だって出るかもしれないんでしょう? 本当に気を付けて行ってきてよ?」

「まあ、元凄腕冒険者だった……かもしれない父さんならきっと大丈夫だよね!?」

「おいおいノクト、『かもしれない』はちょっとひどいんじゃないか? でもま、心配すんな! 何が出てきてもガツンと一発かましてやればイチコロだからな!! 大丈夫、無事に帰ってくるさ」

「だといいんだけど……」

「父さんもこういってるんだし、母さんもそんな心配することないよ!」


 出発の時間が迫る中、こんな感じで家族の会話を繰り広げつつ、集合場所へ向かう。

 そして集合場所には、護送を担当する男たちと、それを見送る村の人々が集まっている。

 なんというか……普段は辺鄙な村感が漂っているんじゃないかと思っているけど、こうしてみんなが集まっているところを見ると、ここもそれなりに活気のある村なんだなぁという気がしてくる。

 いや、ほかの村のことは聞いた限りでしか知らないので、実際のところは分からないけどね……

 ただ、確実に最悪ではないハズ!

 なんたって、良心的な領主様がお肉を全部取ろうとまではしてこないからね!!


「さて、ノクトよ……出発する前に改めていっておくが……」

「分かってるって! どうせ村周辺に広がる森……その奥にいっちゃダメだっていうんでしょ?」

「まあ、本音をいえば……狩り逃したモンスターなんかもいるかもしれないから、森の浅いところだってあんまり行って欲しくはないんだがなぁ……特にこうやって男手が減る時期はな」

「う~ん、善処しようとは思っているけど……流れ次第みたいなところがあるねぇ」

「ハハッ! 俺もガキの頃はよく親父に注意されてたから、気持ちは分からんでもないつもりだ……だが、何度もいうが、奥にだけは行くなよ? それも東側は魔素の濃度が特別濃いとかなんとかで、危険なモンスターも生息いるからな、流れどうこう関係なく、絶対に行っちゃならんからな! 男の約束だぞ!!」

「うん、僕だって危険と遊ぶつもりはないからね、そんなムチャなマネはしないよ」

「ああ、お前を信じているからな!」

「えっと、こういう場合『冒険者は約束を守るものだ』だっけ?」

「ああ、そのとおりだ、よく覚えているじゃないか!」

「フフッ、まあね」


 ここで父さん直伝のニヒルなキメ顔を炸裂させる。


「……その顔、どっか痛そうに見えるぞ?」

「なッ!?」

「ハッハッハ! お前が男の渋さを身に付けるには、まだまだ修行が足りんようだな!!」

「……クッ!」


 なんて父さんと軽口を叩き合っていると、今回の護送メンバーの1人から声がかかった。


「お~い、フィル! そろそろリーダーが出発するってよぉ」

「お~う! 了解したぁ」

「というわけで、俺はそろそろ行かねばならん……最後にリズのこと、よろしく頼んだぞ!」

「うん、任せてよ!」

「おう、任せた! それじゃあリズ、俺がいないあいだ、家のことをよろしくな!」

「ええ、フィルも……安全にはくれぐれも気を付けてね」

「おうよ!」


 こうして出発前最後の挨拶を交わす。

 そしてこれは、ほかの家族も皆似たような感じである。

 そして護送メンバーたちが集結し、今回リーダーを務めるオッチャンが出発の声を上げる。


「それじゃあ、行ってくる!」

「気ぃ付けてなぁ~!」

「荷物をモンスターや盗賊どもに奪われんなよぉ~!」

「絶対、無事に帰って来てねぇ~!」


………………

…………

……


 父さんたち護送メンバーの背中が見えなくなるまで、村のみんなは声をかけたり手を振ったりしていた。

 そして、そのあとぐらいから、口の悪いオッチャンたちが領主様への不平不満の言葉を漏らし始める……


「ったく……ぜ~んぜん何もしてくんねぇくせに、取る物だけはしっかり取ってくんだからよぉ~」

「だよなぁ……『領地を守るために必要』とかいってるけど、何かあったとき、本当に俺たちのことを守ってくれるのかねぇ?」

「ハッ! ど~だか!!」

「お貴族様からしたらこんな辺境の村、どうせほったらかしなんじゃねぇの?」

「まあ、現に税をた~っぷり取られてるだけだもんな!」

「そうとも! 何から何まで全部、俺たちが自力でやってきたんだもんなぁ!!」

「でもまぁ、文句をいったところで始まんねぇべ……」

「だなぁ……ここより条件の悪いところなんていくらでもあるみてぇだし……」

「ケッ! 嫌んなっても、ほかに行くべきマシなトコなんかドコにもねぇってこった!!」

「あ~あ、なんだかなぁ……」

「とりあえず、アイツらが無事に帰ってくることを祈っててやるとすんべ!」

「そだな……」

「つーか、アイツらにケガでもされちまったら……こっちの負担まで増えちまうもんなぁ?」

「そうそう……税は村みんなの連帯責任だっていう領主様のありがた~いお言葉だもんな! 顔を見たこともねぇけど!!」

「あ、お前、領主様を見たことねぇの? 俺も税の護送で街に行ったとき、たまたま来てた領主様を見ただけなんだけど、遠くからでも分かるぐらい服だかアクセサリーでキラッキラしてたぜ?」

「ほ~ん? 領地を守るために必要なものって、そのキラッキラなのかねぇ?」

「ハーッハハハ! 確かにそのキラッキラを渡せば、盗賊なんかだと見逃してくれるかもなぁ?」

「領地じゃなくて、自分の身を守るだけかよ!?」

「いや、そもそも見逃してもらってねぇで、戦えよ!!」

「つーか、そんなもんで終わらず、身代金を要求されちまうんだろうなぁ……へっ、ざま見ろってんだ!」

「その身代金を取られたことが巡り巡って、俺たちの税負担が増えましたとさ、めでたしめでたし……」

「かぁ~っ! 全ッ然めでたくねぇ!!」


 ……大ボヤキ祭り開催って感じだね。

 今は父さんと母さんに全て任せっきりだけど、僕も成人する頃には……大ボヤキ祭りに参加するようになっているんだろうなぁ……

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