第14話 Separate Ways

 星が降る様な夜。

 制限時間があるため、俺はいそいそと結界魔法元の状態へと戻し、アリアと共にオースティンへと歩みを進める。


 隣の女の子アリアは、まだ鼻を啜りながらも俺についてくる。

 約1年にも続いた呪いからこの子は解放されたのだ。

 その精神力には本当に驚かされる。


「なんとか門限までには帰れそうだね」


 アリアは軽く深呼吸をしながら俺に返答する。


「そうね」

「……。」


アリアは俺の背後で目を擦り、咳払いをし、上を向いて、正面に向き直ったかと思ったら頭から俺に突っ込んでくる。


ドスッ


「いって!」


俺の背中に熱を帯びたアリアの暖かさが伝わる。


「さっきも言ったけど、今日は本当にありがとう」


俺の制服のポンチョに顔を付けているため、少しいじけているかのようなトーンに聞こえた。


「ははっ。もういいって」


「ううん。貴方がいなかったら多分私は、あの悪魔に乗っ取られてたと思うの」


そういうアリアの言葉から中庭で彼女と会った時の光景を思い出す。そういえばあの時……。


「多分だけどさ……

君を守ろうとしてたのは俺だけじゃなかったと思うんだ。

今日の夜君と会った時、守護精霊の様な朱色の光が君を守る様に輝いていたからさ」

「うん」


アリアは間髪入れずに、まるでその精霊の主を知るかのように即答で返事をする。


「お母さんだと思う。あの結界の中にいる時少し話したんだ。

他の人からしたら夢とか幻覚って言われると思うんだけど」

「そうか……」


 「アリア、今回でわかったと思うけど君は1人で悩みを抱えすぎだな。今日はなんとかなったけど、あと少しで手遅れだったんだからね?」

「うん……」


この間のアリアの状態的に2日遅かったら手遅れになっていたと思う。今回のケースでは、悪魔自体の力量は大したことはなかったのだが、兎に角口封じの魔法が厄介すぎたのだ。


「あっ!」

「ん?」


 俺が振り返ると、アリアは思い出したかの様に目を大きく開きこちらを見つめ話し始める。


「貴方は、結局何者なの」


そうだ、誤魔化し方を何にも考えてなかった!


「あ、ま、まあそれは置いとこうぜ」

「置いておけるわけないでしょ」


アリアはほっぺを若干膨らませ、ジトーっとコチラを見つめる。が、少しして。


「まぁ、何か話せない事情がありそうだし、今日はもう泣き疲れたからまたの機会にする事にするわ」

「助かるよ」

「言っておくけど!」


アリアはずいっと顔を近づけ、お互いの顔の間に指を立てる。


「私が秘密も守れない軽い女だと思ってるなら、大間違いなんだけれど」

「そんな事ないよ」


俺は真っ直ぐアリアの目を見つめながらそう返す。

アリアはなにも言わずにスッと俺から離れ、ぼそっと「じゃあなんで今いえないのよ」と言ったが、あえて聞こえないふりをする。


 そこから黙々と歩いていると、目の前にオースティンが見えてきた。

 時刻は21時40分、意外とギリギリだったな。


 門に入ろうとするとアリアが立ち止まり、俯き気味に話しかけてきた。


「ねぇ。

 悪魔に乗っ取られていたお父さんってやっぱり苦しかったのかな?」


 難しい質問だな。

 死ぬ瞬間という意で言うなら苦しかっただろうし、悪魔が利用していたのは 父の声形 だから、依代になったと言うわけでもない。

 俺は少し考えてから答えを出す。


「君のお父さんの体を直接使っていたわけではないけど、ある種苦しかったかもね」

「……。」

「大事な娘を、間接的にとはいえ、自分が苦しめていたのは変わらないからね」


アリアは黙って目を瞑る。

俺は再度、今日の夜また精霊の色をふと思い出した。

朱色……朱色?


俺は頭の中で一つの答えを出す。


「当たり前のことを忘れてた」

「え?」

「精霊に朱色なんて無いんだった」

「どういう事?」

「精霊の色として、赤色や黄色はあるけど朱色なんて聞いた事ないんだ」


精霊同士の共存は聞いたことがないし、理論的には正直不可能だと思う。けど……。そんな暖かい非現実を信じてみたい。


「君を守っていた精霊は1人じゃなかったと思うよ」


昔の俺だったらそんなはずはないって笑うだろうな。絵空事だって、非現実的だって、でもさ家族って本来切っても切れない何かで繋がってるはずだろ。



 アリアはまた泣き出しそうな顔をしたが


「そうだといいな」


 と言うと、走り出し俺より先に門を潜る。


 これで一件落着だ。


「アリア、明日から友達沢山作ったらお母さんとお父さん喜んでくれるぞ」

「そんなの!あんたに言われなくても分かってるわよ」


 夜空では2つ星が光った様な……

 そんな気がした。



 ――――――――――――――――



 朝焼けが目に入り、私は久しぶりの熟睡から目を覚ます。

 モノクロだった背景はカラフルな色合いへと変わっており、また少し泣きそうになる。


 朝の身支度をいそいそと済ませ、部屋に置いたお父さんとお母さんの写真に手を合わせる。


「行ってくるねお母さんお父さん。見守っててね」


 と言い、部屋の扉から外へと出る。


 誰もいない廊下。誰の声も聞こえない廊下。そんな日常すら忘れていたんだ。


 朝食を済ませるため、私は食堂へと来ていた。

 周りには何人かの生徒がいたが、知ってる顔はいない。

 いつも通り、コソコソと噂はされているがこの前までと違い、傷ついたりはしなくなった。


 あいつは……



 って、私はなにを探してんのよ!

気になるとか好きだとかそんな感情では無い。ただ昨日のお礼を改めてしようとしてるだけよ!


 1人でそんな問答を繰り返して食堂を後にする。


 あいつにも言われたけど、友達を作るって……

 昔は友達は多かった方だし喋ることも得意なんだけど、いざ話しかけるとなると意外と緊張するのね。


 しかも私の場合、呪いの関係もあり、周りの生徒たちに冷たい態度をとっていた。周りの人からしてみるとなんで急にって思うよね。

 でも、今はお母さんもお父さんも私が楽しく過ごすのを望んでいるし、私自身も友達は欲しい。


 時刻も少し早かった為、私は庭園へと向かった。


 すごい、こんなに沢山の種類のお花があったのね。


「綺麗」


 普通がこんなに幸せだと思わなかった。普通じゃない環境の時はこれが普通と割り切るしかなかったのだが、自分でもよく耐えてたと褒めてやりたい。


「ここにもいないのね」


 っっっ

 だから!別に探してるわけじゃ無いんだって!

 私は手をパタパタとさせる。

 顔が熱い……


 庭園で少しの間座っていたが、そろそろ始業時間ということもあり、教室へと向かった。


 教室の前についたけど……

 お母さんに散々言われた明るい挨拶は基本中の基本。

 簡単なんだろうけど難しい。


 なかなか入らずにいると、開いていた窓から強くも暖かい風が私の背中を押す。

 微かに2人の声で


「大丈夫」

 と言われた気がした。


 誰もいなかったけど、声の主は分かる。

 私が大好きな2人だ。


 私は教室のドアを開けた。


「おはよう」


 止まっていた時計が動いた様な気がした。

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