第13話 家族

誰の声も聞こえない。


 誰も私の名前を呼ばない。


 私は、久しぶりに幸せな夢を見た。

 お父さんとお母さんと温かい家で他愛もない話をして笑い合うという夢。


 幸せというのはいつの間にか無くなってしまうとよく聞くけど、急に奪われてしまうと簡単には割り切れない。


「温かい」


 小さい頃、私は泣き虫でよく近所の男の子たちにからかわれては泣いていた。その度にお母さんは私を優しく抱きしめ慰めてくれた。


「大丈夫。大丈夫」


お母さんの手の温度が私の髪から肌に伝わり、泣き疲れて寝ることが多かった。


 なぜか今その当時のことを思い出す。


 ここは今、結界の中で、外では悪魔と彼が戦っている。

 不安で不安で仕方がなかったはずなのに何故か心地いい。


 耳元で私を呼ぶ声がした。


「アリア」


 私は少しビクッとなり、耳を塞ぐが……


 いつも聞こえるお父さんの声ではなく、優しい女の人の声。


 間違えるはずがない。

 私は引っ込んだはずの涙を流しながら名前を呼ぶ。


「お母さん……」


 耳に当てていた手をどかし返答があるまで私は呼び続ける。


「お母さん!!お母さん!!!!」


 何も匂いなんてあるはずもない殺風景な部屋に温かくそして懐かしい匂いを感じる。

 その風は私の頭を軽く撫で耳元に近づいてくる。


「アリア……ごめんね……辛かったよね」


 ずっと聞きたかった2人のうちの1人の声。

 誰に嫌われようと、誰に恨まれようとその人に励ましてもらえればなんでもできると思っていた。


「お母さん……大丈夫だよ……ちょっと寂しかったけど」

「1人にしてごめんね」

「ううん」

「苦しめてごめんね」

「ううん!! そんなことより聞いてよ! 私5つ星魔法使いになったの! ずっと、ずっとお母さんとお父さんに褒めて欲しかった! あとはね! えっと……えっと……」


 涙が邪魔をしてうまく喋れない。話したいことは10年あっても足りないくらいたくさんあるのに……

 言葉がうまく出てこない。


「アリアのお話いっぱい聞きたいなお母さん。でもね、私もすぐ行かなきゃいけないの。だからね、アリアこれだけは信じて。アリアをずっと苦しめていたのは決してお父さんじゃない。私たちは一生貴方の味方よ」


 聞いたことのないお母さんの震えた声を聞いて、私も声を出して泣いてしまった。


「お母さん! お父さんも!! ずっと近くにいてよ! どんな形でもいいから!! 行かないで……」


まるでお母さんに抱き締められたと錯覚するように、その風は優しく私を包み込む。


「約束」


 ぴしっっっ


 結界に亀裂が入る。

 外での戦いが終わったのだ。

 外の様子を伺いビクビクする私に


「あの子にお礼を言ってね。お父さんを解放してくれてありがとうって」

「待って!! お母さん」


 ばりーーーーーーん


 結界が崩壊した。


 その瞬間、お父さんとお母さんが頭を叩いてくれた様な気がした。


「アリア、愛してる」


 目が覚めると、目の前に戦いを終えた男の子が私のことを抱えていた。




 ―――――――――――――――――――――


 無事、戦闘を終え、召喚魔法の供物として結界の中にいたアリアを抱えた俺は彼女の無事を問う。


「大丈夫だった? なんかすごい泣いた跡があるけど」


 彼女はポカンとしながら目をぱちぱちとさせ慌てて俺のほっぺをパチパチと叩く。


「痛いんですが??」

「夢じゃないのか心配になって」

「叩くほっぺが違うだろ」


アリアはほけーっとした顔で


「あいつどうなったの?」

「あいつ?? ああ、あの悪魔の事ね。無事に地獄へと御帰還してもらったよ」


アリアのあいつ呼びに少しびっくりしてしまった。彼女の父ではないのだが、何か勘違いをしているかもしれないと。


「アリアあの悪魔はさ!」

「お父さんじゃないんでしょ?」


アリアのその声は、まるで真実を知っているかのように寂しくも強い声だった。


「お父さんは絶対にそんなことしないって思い出したの。そんな事したらお母さんが黙ってるはずないし」

「そうか」


俺はアリアを抱えたまま腰を地面へと降ろす。


「アリア疲れてない?」

「強いて言うなら泣き疲れたわね」

「はは、それはそうだよな」


笑う俺に、アリアは反応せずトーンを下げ俺へと質問をしてくる。


「なんで私のためにここまでしてくれたの?」

「なんでって言われても、君が苦しんでいたからだよ。君の周りには綺麗な魔素が舞っている。そんないい子が苦しめられてるところなんて見たくないだろ?」

「それだけでここまでしてくれたの?」

「十分な理由だろ」


 アリアの目に涙が溜まっている。

 涙というのは案外枯れないものなのかもしれないね。


「とにかく、もう帰ろう」


 すると、俺の膝で横たわっていた彼女が俺に向かって抱きついてきた。啜り泣く声と鼻をすする音。よっぽど安心したんだろう。


「ありがとう。私に最後のお別れをさせてくれて。ありがとうお父さんを解放してくれて。ありがとう」


 頭をポンポンと叩きながら彼女が落ち着くのを待つ。


 ふと上を見上げると、雲もすっかりと晴れ夜空には無数の星がこちらを見下ろしていた。

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