同窓会

山田貴文

同窓会

SNSにアップされた写真を見て、彼はうわっと叫んだ。


彼が行けなかった同窓会。写真に写った同い年の同窓生たちがあまりに老け込んでいたのである。


会社の定年が近づいた現在。写真に写っている大学の同級生たちは皆結婚し、子供を育て上げていた。孫がいる者もいる。


彼自身は一度結婚に失敗してから独身のままだ。ここ十年は女性アイドルグループにはまり、ライブだイベントだと楽しんでいる。このグループは老若男女を問わず幅広い年齢層から支持されていることが特徴だ。また、ファン同士がたいへん仲が良い。


彼もファン仲間とのつながりを楽しんでおり、その中には娘でもおかしくない二十代の独身女性もいる。彼はそんな女性と二人で食事に行ったり、遊びに行ったりすることもあるが、その時の話題は九割以上がそのアイドルについてだ。


もっとも女性は彼に邪心がないから一緒にいてくれるのであり、こちらによからぬ気持ちがあれば一瞬で見抜かれ、遠ざけられているだろう。


話のタネにと、そんな話を一度同窓会でしたことがあったが、誰もその清らかな関係を信じなかった。即座に彼はエッチな下心、彼女は金目当てだと決めつけられ、さんざんおもちゃにされた。結果的に耐えられないほど苦痛な目に遭い、彼はその話を持ち出したことを強く後悔した。


それ以来、彼は同窓会の誘いから逃げ続けた。そもそもアイドルファンの話を持ち出したのも、場の話題についていけなかったからだ。子供、住宅ローン、病気、何度も同じ話がぐるぐるまわっていたが、そのいずれも彼とは無縁のものだった。


人は自分を若く見えると思いがちだが、彼の場合は実際に実年齢よりはるかに下に見られることがほとんどだった。これは親からの遺伝なのだが、顔にほとんど皺ができないことも大きい。


それだからこそ、鏡で見る自分とSNSの写真に写った同級生たちはとても同年齢に見えなかった。まるで自分だけが時の流れに取り残されたように思える。


「来週の火曜日、みんなで集まるから来いよ」


ある日の仕事中。スマホにメールが飛び込んできた。同級生の一ノ瀬浩治からだ。彼はすぐさま反応した。


「ごめん。先約あり。また次の機会に呼んで」


何度こんな返事をしたことだろう。もちろん先約などない。行きたくないから断ったのだ。


なかなかあきらめてくれない。だいたい同窓会というものは、たまにやるから楽しいのだろう。あいつら集まりすぎだ。暇なのか。彼はため息をついた。


火曜日。仕事を終えて会社を出ると、一ノ瀬が待っていた。


「おい。本当に用事があるか見に来たぞ」


彼は息が止まりそうなほど驚き、震え上がった。


「何疑ってんだ、ぼけ。急ぐからまたな」


彼は逃げるようにその場から走り去ったが、心の中では絶叫していた。どこまで俺に構うんだよ。ほっといてくれ。俺は自分で稼いだ金で、おまえたちの何倍も楽しい人生をおくっているのだ。


とは言っても、もとから彼に予定があるわけではない。まっすぐ自宅へ帰ってもよいのだが、何となくそれはまずい気がして、食事をした後に見たくもない映画を見た。


帰宅すると、家の前に同窓生の五人が待っていた。全員顔が赤い。


「今から二次会行くんだ。来いよ」


口がきけなくなった彼の両脇を抱え、五人は強引に居酒屋へ彼を連れ込んだ。


そして彼を囲んだ大罵倒大会が始まった。


「人間はさあ、子孫残してなんぼじゃん。いい年して独身とか恥ずかしいし、おまえ人類に何の貢献もしてないよな」


いきなり彼が実は大学の頃からあまり好きではなかった二見俊之がからんできた。二見は大学卒業後、早くに結婚したが、完全に女房の尻にしかれており、毎度少ない小遣いを嘆いていた。最近では年頃の息子と娘から完全に無視されているらしい。うらやましい点はひとつもなかった。


「いい歳して持ち家無しとか恥ずかしくないのかよ?年金生活で借家暮らしとかできるわけないじゃん」


三田義弘が続けた。この男は学生時代から不動産を持つことに異常なほど執着していた。資産を持つ者が最後に勝つが口癖だった。


結婚後、若くてろくに頭金がない時期から長期ローンで家を購入。当時は今と比較にならないほど金利が高かった。夫婦は旅行も行かず、外食もほとんど行かず、趣味には一切金を使えず、ひたすら金利を支払う日々。楽しみを重視する彼の生き方とは対極だった。


三田のローン支払い完了時には駅から離れた築三十年以上の手狭な中古マンションが残る。今となって果たして彼が欲しがった資産価値はあるのか?


彼は借家生活で旅行だ、趣味だと人生を謳歌しながらも貯金は続けており、実はそれなりの家を現金で買えるぐらいの金額を貯めていた。三田より効率がいいと思えるが、うっかりそんなことを言うとめんどくさいので何も言わなかった。


「あなたさあ、妙に女性の外見ばかりにこだわるから結婚できなかったんだよ。なんでもっと性格を重視しないの?」


この場での紅一点、四条明美からこう言われるのは何十回目だろう?学生時代から実は明美が彼に好意を寄せているのは彼も気がついていたが、気がつかないふりをして距離を取り続けた。単純に顔と性格が好きでなかったのだ。


明美は三十をだいぶ越えた頃に見合いでかなり年上の男と結婚。会社社長で金はあったらしく、明美は贅沢三昧。ようやくできた一人息子を甘やかしすぎて、今では完全な不良になっているとの話を彼は他から聞いていた。


彼が面食いなのは事実であり、失敗した結婚も顔だけ良くて人格がめちゃくちゃな女性と一緒になったのが理由だった。


だが、それは彼の性癖だから仕方ない。誰に迷惑をかけていないし、他人から妥協を強いられるものでもない。大きなお世話だ。


「このまえ言ってた若い女の子、どうしたよ?」


五井博次が下品な笑顔で言った。こいつは大学時代からナンパ師を自称していて実際に彼女をとっかえひっかえしていたのだが、正直言って彼がうらやましくなるような女性は一人もいなかった。五井がいないところでは男女を問わず、誰もがその好みに強い疑問を表明していたほどだ。


「おまえは金持っているからよ、いくらでもパパ活できるだろ」


パパ活とは若い女性の売春行為を指す俗語である。彼は頭の血管に血が昇るのをのを感じた。


「どうせ、他の男ともやってんだよ。おまえ、いい歳して金づるになってんじゃねえよ」


五人がどっと笑う。彼は自問した。なぜこんなことを言われなければならないのか。こいつらは俺を信じ、時間をさいて一緒に過ごしてくれている若い女の子を侮辱しやがって。


「で、その子とは1回ぐらいやったのかよ?」


五井は最後まで言うことができなかった。彼のパンチが顎を直撃したからだ。残りの四人は固まった。


「おまえらとは絶交だ。二度と俺にかかわるな」


彼は低い声でそう言うと一万円札をテーブルに放り投げ、店を出た。


自宅へ向けて歩きながら、悔しくて涙が出た。なんであんなやつらと会わなければならないのか?やつらと時間を過ごしたのは大学時代のたった四年だけだ。その後の何十年もの人生と比べたら、ほんの一瞬ではないか。やつらはなぜ俺に執着するのか?


怒りの感情がぐるぐるめぐるうち、彼の脳裏にある単語が浮かんできた。


吸血鬼。


吸血鬼だ。あいつらは俺のエネルギーを吸おうとしているのだ。自分が果たせなかったこと、やりたくてできなかったことを勝手に俺へ投影し、嫉妬しているのだ。だからたびたび俺を呼び出してはエネルギーを吸い、自分たちのところへ引きずりおろそうとしている。


こう考えると、彼は自分が急に歳を取った気がした。何となく足取りも重くなる。


その時。車道をはさんで向こう側を歩いている女性が目に入った。いつも彼と遊んでくれるアイドル好きのあの子である。


なぜこんな所に。彼女の家は遠く離れているはずなのに。


そう思ったが、彼は手を振り、彼女の名を呼んだ。


確かに彼女は彼の方を向いた。しかし、表情を変えずに前へ向き直ると歩き去った。


えっ。他人の空似かとも思ったが、そんなことはない。彼女が来ていた服、持っていたバッグはついこないだの日曜日に彼と過ごした時の物と同じだった。特にバッグは共に好きなアイドルのグッズだったので間違えようがない。


歩きながら彼女にスマホでチャットを送ったが、返事はなかった。既読マークすらつかない。


わけがわからず不安と混乱にさいなまれながら、ようやく彼は自宅にたどり着いた。


そして玄関の明かりをつけ、鏡の自分を見て絶叫した。


そこには見たことのない老いさらばえた老人が映っていたのだ。まるで何者かに生気を吸い尽くされたかのような。


(完)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

同窓会 山田貴文 @Moonlightsy358

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ