透冬

ハタラカン

不良人


だんだん何のために生きてるのかわからなくなってきた。

高2の夏。

青春のペンキが彩り豊かであればあるほど、そこにどっぷり漬かれば漬かるほど、ふと浮上した時、何の色にも染まってない自分を実感した。

サッカー部のレギュラー争いに勝てば嬉しい。

試合で活躍できれば楽しい。

友達と遊ぶのは楽しい。

中の上の成績を維持できれば達成感がある。

食事はだいたい何でも美味い。

オナニーすれば気持ちいい。

でも、サッカーは小学校で誘われて始めたまま流してるだけだし、友達は毎日通う場所に毎日いるから遊ぶだけだし、テストは上目遣いしてるだけ。

他の何でもない。

メシは美味い、射精は気持ちいい。

だから何だというのだろう。

持ってないのが空しいんじゃない。

有るものに重みが無いのが空しかった。


教室の誰とも喋っていない空白の時間は、誰かと喋る空白の時間と過ごしかたが変わる。

目を使うか口を使うか。

ある日の目を使う時間、教室内に胸の膨らんだ生き物が多くいると気付いた。

ああそうか、まだ試してない事があった。

思い立った時、真っ先に隣の席へ視線がいった。

いつもつまらなさそうに読書してる、眼鏡女。

「それ、何読んでるの?」

「……………………」

口を使ったが、他の誰かと喋るのとは別の意味で空白の時間が過ぎた。

俺は立ち上がって裏へ回り、眼鏡女の猫背、その背骨を一本指で、ススーッと下から上へ愛撫した。

「ひぅっ!?」

少食を体現する貧相な体が、釣り上げられた魚みたくビチッと立つ。

「それ、何読んでるの?」

やっとこちらを見てくれたので、本を指差しながら再チャレンジした。

「……………………」

思った通り、用件を知った眼鏡女は、ただつまらなさそうに座り直しただけだった。

「お、なんだよ〜お前こんなのが好きなの?

変態じゃね?」

「アホか、そんなんじゃねえよ」

男女の色に染まりたいクラスの男子がすぐさま絡んでくる。

正真正銘そんな思春期とはかけ離れた動機だったので、口に迷いはなかった。


昼休み、眼鏡女を屋上へ呼び出した。

先に行って数分待っていると、雨風で錆びた扉がつまらなさそうに鳴いた。

「俺と付き合ってくれ」

「別にいいけど」

告白は眼鏡女の退屈そうな呟きを引き出し、それはただ耳に入ってきた。


夏休み、眼鏡女を海へ誘った。

制服越しにもわかるくらい小さく貧弱な体は、スクール水着のクローンかと言いたくなる地味なレオタードによってさらに小さくなっている。

「かわいいよ」

「そう」

軽くやり取りしながら海へ向かうと、波打ち際にも辿り着かぬうちに足跡が伸び悩んだ。

泳げないという。

「じゃあ練習するか」

「なんで」

「河童の気持ちを書く文章題が楽に解けるかもしれない」

河童がテストに出題されるとも思えないが、眼鏡女は俺と手を繋いでバタ足に励んだ。


今度は眼鏡女の趣味に付き合う。

そう言ってみると、俺の生涯の古本屋入店数カウントが一日で9倍になった。

「どこでも全部同じにしか見えない」

「当たり」

古本屋をどこでも全部同じにするくらいの本をベストセラーと呼ぶのだと説明され、だから何だと思いながらも納得する。

結果、9箇所まわって眼鏡女の買った本はたった2冊。

「はい」

帰り際、うち1冊を手渡された。

「オススメだから読んでみて」

「面白いの?」

「別に」

帰ってすぐ読んでみると、外連味溢れる登場人物が息もつかせぬ謀略の中で濃厚な人間ドラマを展開し、ラストの連続どんでん返しは大迫力で、言われたとおり別に面白くなかった。


秋も深まった頃セックスした。

「はっ、あっ」

「うっ」

「はあ…」

「ふう…」

日々の本屋巡りで鍛えられたインナーマッスルはよく締まり、凄く気持ちいい。

荒い吐息、心臓の暴れっぷりがわかる胸、天に飛び上がる腹、どれも眼鏡女が自分を抑えきれていない印象があり、かわいい。

気持ちいい。

かわいい。

それ以外でも以上でもなかった。


クリスマス。

駅前のモミの木周辺をライトアップすると聞いて、二人で見に行った。

「これ、いつまで続けるの?」

彼女が多用する断片的で抽象的な問い。

俺はここから全体像を読み解く能力を半年で身につけていた。

3割は当てられる。

「決めてない」

「私と居て退屈じゃないの?」

「退屈だよ」

「意味がわからない」

「だろうな。無意味なんだから」

「じゃあ別れればいいのに」

「いや」

「なんで」

「無意味で退屈だから、せめて一緒に過ごす誰かがほしいんだ。

つまらない所に居続けられる、何も求めてない誰かが」

「そう」

眼鏡女は怒るでも嘆くでもなく、つまらなさそうに納得した。

謎さえ解けてしまえばあとはどうでもいいのだろう。

しばらく沈黙していると、イルミネーションが鮮やかに、様々に、濃厚に輝きだす。

合わせて、周りのカップルたちが一斉にキスと自撮りを始めた。

「私たちもする?」

「やっとくか」

深く強く舌が絡まる。

その快感があまりにも寒々しかったので、俺達はさらに身を寄せ合った。



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透冬 ハタラカン @hatarakan

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