血液分析装置

榊 薫

問題点と解析

 血液中のカリウム, ナトリウム, 塩化物イオンなどを分析する自動装置を収めている商社から「装置が3か月で腐食した。海の見える病院で使用していたため、腐食しやすい環境によるものか知りたい。短期間の発生はこの機器が始めてである。」という問い合わせがありました。

 腐食箇所の部品を持参したのは商社マンで、「取扱い方法については、製造会社の営業を通じて担当する看護師に丁寧に説明してきたので問題ないはずで、これまで納めてきた他の病院では問題なかったのに、なぜかこの病院だけ」とのことでした。

 また、そこで働く看護師に取扱い方法を説明している最中にもかかわらず、ひっきりなしに患者対応の看護師やスタッフが入れ替わり立ち替わり出入りし、受け答えしていたその看護師は、一応、操作順序はメモを取っていましたが、細かな注意事項をゆっくり読んでいる暇などなさそうだったことが気掛かりとのことでした。

 観察

 部品は複数の血清の入った試験管を乗せ回転させるターンテーブルで全体を眺めてみると、内部の鉄やステンレス製ネジはどれも赤錆、亜鉛は白色腐食生成物、ニッケル・クロムめっきは緑色腐食生成物、真鍮は青色腐食生成物。装置の内部は気体(ガス)腐食特有の分布で、万遍なく腐食していました。

 さらに、内側では、血清の入った試験管を並べるターンテーブルの下側に濃厚液が蒸発したと思われる箇所に結晶がありました。

 液体があったと思われる箇所では、そうでないところとの境界は明確ですが、液滴特有の無定形アイランド(島)状で、固体との接触時のような直線的な幾何学的形態は認められません。その境界近傍には小さな結晶粒が存在しています。この箇所は局部的で、周囲の気体による腐食で見られるような均一分布ではありません。

 仮説

 連想ゲームで、例えば「日本一」「風呂屋の壁画」「雄大でどっしり」と言えば、富士山が思い浮びます。連想ゲームのように類比して眺めると、内部腐食箇所は外部より激しいことから、内部に液滴が垂れ、蒸発した「酸化力のある液」で、「病院で使うもの」と言えば、殺菌用次亜塩素酸ナトリウム液があります。これが蒸発濃縮する際に発生する、塩素ガスによる腐食はその周辺に広がります。

 測定

 結晶の大きさと同量程度の水を添加し、1mm角程度に切り出したpH試験紙を使って測定したところpHは9程度のアルカリ性でした。

 推論

 次亜塩素酸ナトリウム液はアルカリ性で、それが蒸発して結晶となったことが想定できます。結晶の成分は蛍光X線によれば、主成分がナトリウム、塩化物イオンで、微量成分として、アルミニウム、シリカ、ジルコニウム、カルシウム、マグネシウムなどがあり、その比率は海水比率とは一致しないことが分かりました。

 塩化ナトリウムであればpHは5-7程度のはずです。一般に、次亜塩素酸ナトリウムのpHは10以上ですが時間がたつと空気中の二酸化炭素を吸収してpHは低下していきます。

 結論

 次亜塩素酸ナトリウム液を使って殺菌洗浄する際、こぼれた液の箇所での腐食と発生したガスで内部周囲の腐食が起きたものと推定することができます。

 装置メーカーは使用する環境で水、温度、酸素、酸化剤が腐食要因であることへの指示がありませんでした。

 病院の担当者は清潔第一で、機器の腐食まで注意が回りませんでした。殺菌効果を増すため過剰に次亜塩素酸ナトリウム液を使う方が安全に管理できると思っていました。

 機器装置の設計者は医療分野の作業者が血液感染防止で塩素系殺菌洗浄剤を使用する可能性があるとは想定していませんでした。そのため、ターンテーブルのすき間からその下に液が垂れたとき、拭き掃除できる構造にはなっていません。

 酸化剤で金属のターンテーブル下に腐食電流が流れることで、アノードで酸ができ、塩素ガスが放出されます。

 腐食現象は、一般的に「水分(電流)はどこから?」、「温度は?」、「酸素(酸化剤)は?」など連想ゲームと同様に類比して確かめることによって異常を確認できます。分析装置と言えば、その管理ができていると思ってしまいます。発生した問題とその管理・取り扱いの原理について、その周辺情報を把握し対応することが設計段階にとって重要でした。一工程ずつ、見つめ直し、疑うことが必要です。

 科学の視点で眺めると、付近一帯に万遍なく腐食が起こっており、気体の拡散分布を示してます。殺菌消毒薬の付着と酸化剤(塩素)の目に見えない拡散があり、水分の蒸発、濃度の不均一によって生じる電位勾配で酸化反応が推進力となって引き起こされる現象です。

 技術の視点で眺めると、発生はその機器に限定されていることから特定のことが行われたことと一致します。しかし、他の機器でも使用時に塩素系殺菌洗浄剤が使われると、塩素が拡散し、腐食することを想定して、設計しておく必要があります。

 腐食が発生した状況は、使用時に見つかり、表面で発生しています。腐食の広がり方は、周辺まで拡散しています。

 他に納めた製品に類似の腐食がなく、腐食は、均一形態に分類でき、酸化剤の気体で広がっています。腐食分野では濃度・酸化物の要因が大きく影響しています。


 装置メーカーへの提言

「使用時」が原因で周辺まで発生しているものは使用環境を想定していないため「材料設計に問題あり」です。

 気体による周辺への広がりはあってはならないことで「注意事項の喚起が不足」しています。このメーカーには注意力がなく、「臨機応変な対応ができていない」状況でした。


 最新設備やハイテク装置を取り入れて宣伝し、高額な医療費を請求する病院では、人件費を切りつめて看護師やスタッフの人数削減にも現れるのでご用心ご用心。金儲け主義の悪徳病院の可能性ありです。


 補遺

「殺菌」とは、細菌、ウイルスなどの病原菌などを殺して無害化することを言います。水道法では「殺菌」の意味で「消毒」という言葉を用いています。細菌を完全に殺すことを意味している訳ではありません。水道法でも健康に関する項目の中で、一般細菌が「1mLの検水で形成される集落数が100以下であること」と規定しており、細菌数0ではありません。

 これに対して「滅菌」とは、病院で手術などに使う器具を高温の水蒸気などで処理したときの、まったく生菌のない状態を言います。

 塩素を水に加えて反応させると、次亜塩素酸と次亜塩素酸イオンという殺菌作用を持つ物質が生成します。これらを有効遊離塩素と呼んでいますが、その存在割合はpHの値に依存します。次亜塩素酸は酸性側で多くなるため、殺菌効果が増します。

 pHをさらに強酸性領域にすると、一部は溶存塩素に変化し、未溶解分子は気相中に飛散し塩素ガスとなり、金属を腐食するだけでなく人体に猛毒です。これが塩素系漂白剤と酸性洗剤とを絶対に混ぜてはいけない理由で、両者を混ぜるとpH値が低下し危険です。

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血液分析装置 榊 薫 @kawagutiMTT

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