【2024GW特別編②】小噺 其の五 拠り所

 それは、彼にとって晴天の霹靂だった。


 ある、晴れた日の午後、王子お気に入りの赤毛の剣士が父王の執務室にやってきたのは特に珍しいことではなかった。

彼の仕事内容を考えると日常的に父王の執務室にも顔を出していたし、なんならプライベートな空間にだって招いたこともある。

ただ、いつもと違ったのは、ラフな格好をしている事の多い彼が割と正装に近い姿であったこと。彼らしからぬ少し緊張した面持ちで、隣にはやはり緊張した顔のこちらも王子お気に入りのくれないの民の少女をともなって父王を訪ねたことだった。


 二人が宮殿に揃って来る時は必ず王子の所に寄ってくれるのに、なぜだかその日は寄ってはくれなかった。


 二人が宮殿を去ったあと、いつもは落ち着いてる宮殿の侍女たちが少し慌ただしく行ったり来たりしている。


 なにか良くないことが起こったのだろうか? でもその割には行き来する人の表情は穏やかだ。


「ねぇマリー、なにかあったの?」


 いつも自分のお世話をしてくれている侍女に尋ねると、彼女は少し興奮した様子でニッコリと笑い教えてくれた。

「王子殿下もご懇意こんいにされているレイ侯爵様とイル様のご婚約がお決まりになったそうですよ」

おめでたい事ですわねぇと顔をほころばせる。

「ごこんやく?」

 王子はきょとんと首を傾げた。

 王子付きの侍女マリエッタは王子の反応にあらあらと笑って答える。

「いずれは結婚しましょうね、というお約束のことですわ。お父様とお母様のようにご夫婦になられるのですよ」

「ごふうふ」

 口の中で反芻はんすうする。

 結婚して父母のように夫婦になる。それはあの二人が今後もずっと一緒にいるということで、二人が大好きな王子にとっては願ったりかなったりだ。だがしかし、父母のようになるという事はガヴィが王、イルがガヴィの王妃になるということで……

「……しても、イルはボクの王妃になれるよね?」

 ポロリと口からこぼれ落ちた疑問に、マリッタが「え?」と固まったのは致し方無い事であった。


 その後、宮殿はちょっとした騒ぎになった。


 イルが后になれない事を知った王子が大暴れしたのだ。

「イルとさいしょにあったのはボクなのに!」だとか「イルをひとり占めするのはずるい〜!」だとか。普段はワガママをあまり言わない王子だけあって周りもオロオロとするばかり。

騒ぎを聞きつけてやってきた父王エヴァンクールが部屋の扉を開けた際には部屋の中はなかなかの惨状であった。我が子がここまでの癇癪を起こすのは、先程訪ねてきた二人のことに違いない。エヴァンクールは齢六才にして恋敗れた我が子の心情を思うとかわいそうやら可愛いやら。苦笑いするしかない。

「シュトラエル」

 涙でぐちゃぐちゃの顔の息子を抱き上げ優しく諭す。

「あの二人が夫婦になっても、シュトラエルとの思い出や絆がなくなるわけではないのだよ」

「で、でもっ……でも、イルは、ボクの、お后さまになってほじがったんだもん〜」

 目からあふれる涙を拭いもせず父王に訴えかける。エヴァンクールは我が子の涙をそっと拭った。

「そうだね。……きっとガヴィもシュトラエルと同じように思ったのだろう。

 あのガヴィが、他の誰にも取られないように早々に私に報告してきたのだから」

それだけイルが大切なのだろうね、と父に言われたが、王子は納得したくない。

「でも! ガヴィはイルを泣かせるもの! ボクだったら絶対にイルに悲しい思いはさせないよ!」

 いつもなら絶対に言わないガヴィの悪評を、泣いて父に訴えかける。

「うん。お前は優しくて強い子だから、素晴らしい王になれるだろう。でも、……ガヴィは口が悪いけれど、本当は優しいから許してくれるイルが必要だし、我慢してばかりのイルには好きな事が正直に言えるガヴィが必要なんだ。あの二人は、二人でいることが大事なのだよ。

 ……シュトラエルには、あの二人以外にも支えてくれる者が大勢いるだろう? そして、あの二人も、これからも変わらずずっとお前を支えてくれるよ」

 そう言って微笑んだ父王に、シュトラエル王子はわんわんと泣いてしがみついた。父はただ優しく、いつまでも泣く息子の背中をそっとさするのだった。



 *****  *****



 さて、宮殿を後にした二人だが……


「……あー、緊張したね」

「おー……」

「王子、もう知ったかな」

「まぁ、……知ったんじゃねぇの?」

「……大丈夫かな」

「……」


 本当は国王陛下に報告に行く際、シュトラエル王子にも二人の口からちゃんと伝えるつもりだったのだ。だが、きっとすぐには二人の関係の変化を受け止められないだろうと悟った国王にやんわりと止められた。二人は王子がどんな反応をしても受け止めるつもりであったが、彼に王子としての矜持きょうじを保たせてやってほしいとお願いされた。きっと次に合う時は笑顔で二人を祝福できるから、と。

 

 王子のことは二人共大好きだけれども、流石にこれは譲れるものではない。純粋で真っ直ぐな王子の心を思うと胸が痛むが、またあの笑顔が見られたらいいと思う。いずれ王になるであろうシュトラエル王子をこれからも支えていく気持ちは二人共変わらないのだから。


「……それにしても、ガヴィって言うほど緊張してなかったよね?」

「んなわけあるか。緊張したわ」

 いつもよりかは多少表情が硬い気もしたが、すらすらとガヴィが述べる婚約報告にイルはただ隣で頷くばかりだった。

「ガヴィって苦手な事とか何にもないの?」

 イルの問にガヴィは呆れた顔で返す。

「……あるに決まってんだろうが、阿呆アホか」

俺をどんな人間だと思ってるんだ、ゼファーじゃあるまいし。と言われては、確かにと頷きかけたが、いやいやと首をふる。

「だって剣の腕は一流でしょ? ご飯だって作れるし、縫い物だってできるじゃない?」


 私、ガヴィと一緒にいて何がしてあげられるのかなぁって。


 そう自信無げに言うイルに苦笑する。

「あのなぁ、剣の腕は置いといて、……俺の作る飯なんか切って焼くか煮るかして後は塩でもふっとけ! って程度だし、縫い物だって縫われてりゃいいって代物しろものだろ」

そういうのは特技とは言わねぇんだよ、お前の方が得意じゃん。とイルの頭を撫でる。

「なんでそんなに俺の苦手な事が知りてぇんだよ」

弱味でも握りたいのか? と茶化す。イルは「違うよ!」と少々頬を膨らませながら答えた。

「……だってさ、もしガヴィに苦手な事があって、それが私に出来ることだったら助けてあげられるじゃない?

 ……ひとつくらい、私もガヴィの役に立てたら良いのになあって」


私、なんにもガヴィにしてあげられないんだもん、とシュンとするイルにガヴィの広角が上がる。


「……俺はよ、俺の護りたいもん守るために日々自分の弱点潰しながら生きてきてんだ。だからそんなに早々弱点を知られちゃ困るわけ。苦手なものが無いわけではないけどな。

 でもよ、弱点はおいといて、俺の力の源ならあるぜ」


「え?! なに?!」とイルが期待の眼差しを向ける。


「……被密」


 でもガヴィはただ意地悪く笑って、それ以上何も教えてはくれなかった。



〜後日談〜


 その後、無事王子の怒りも解け、「イルを泣かせたらボクがお妃様にするんだからねっ!」と祝福の言葉をもらい、いつも通りに戻った三人でしたが……


 薔薇の庭園の東屋にてお絵描き中の王子と二人。


シュトラエル王子:「でもさ、ガヴィってずるいよね(●`ε´●)」

イル:「わかる〜!」

ガヴィ:「……なんでだよっ(@_@;)」

シュ:「大人だし! なんでもできるしっ! そんなになんでも出来たら勝負してもはじめから勝ち目がないよねっ!」

 ウンウンと頷くイル。

ガ:「そんな事言われてもな(-_-;)」

シュ:「よし! でーきた! ハイ! イル! 可愛くできたよ♡」

イ:「わあ! 本当だ〜!(イルとガヴィが仲良く手を繋いでいる絵が描かれている)王子は本当に絵が上手だねえ〜! 大事にするねっ♡」

 ニコニコ笑い合う二人。

シュ:「……ガヴィ、見てないでたまにはガヴィもなんか描いてよ(●`ε´●)」

 ホラ、イルを描いて! と頬を膨らませながら紙を渡す。

ガ:「あ? ……仕方ねえなあ……」

 ブツブツ言いながら描き始める。

シュ:「…………え?」

イ:「……(@_@;)??」

 出来上がったのはまるで五歳児の様な絵。

ガ:「……なんだよ。文句あるかっ」


シュ:「ガ、ガヴィって……すごーく絵が下手く……苦手なんだね!(@_@;)」

イ:(……これ、私??)

ガ:「絵なんか描けなくても死なねーだろ!(# ゚Д゚)」


 チャンチャン♪


【おしまい★】


2024.5.5 了

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❖あとがき❖


 GW特別編! ま、間に合いましたー!(笑)

お休み中って家に家族皆いるから、なかなか創作スイッチが入らなくて昨日まで全く筆が進まず(笑)危ない危ない(笑)


 皆様から募集したお題から『イルとシュトラエル王子のワチャワチャ』『シュトラエル王子VSガヴィ』『ガヴィの意外な苦手な物』を採用しショートストーリーにしてみました!


 しかし、最初は全体的に、もっとコメディ色強めに行く筈だったのですが最後以外は割と真面目な空気でしたね(笑)本当はもっと茶番のVSにしたかったのですが(*´ω`*;)

王子が普通に剣でガヴィに挑んで、

シュ:「手加減したら絶交だからねっ!(TдT)」

ガ:「……えぇえ?(^_^;)どうしろと……」

……みたいな(笑)


 取り敢えず5月らしく温かい雰囲気のお話しが書けて良かったです♡


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☆ここまで読んでくださって有り難うございます!♡や感想等お聞かせ願えると大変喜びます!☆

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