小噺 其の四 独占欲⑥


「帰ってくるのはもっと後のはずでしょう? どうして?!」

「……仕事が早く終わったからな、帰ってきた」

 イルが赤毛の男に何やら話しかけている。二三言言葉を交わし、イルに向かっていた視線が不意にヒューバートを捕らえた。彼がイルの言っていた『ある人』だろう。

イルの話し方では彼が片思いの相手なのか恋人なのかは解らなかった。しかし、燃えるようなのは彼の頭髪であるのに、その瞳の奥底にヒューバートは男のイルに対する静かに燃える炎を見たような気がした。


(……思っていたよりも年上だな)

 赤い頭髪、腰に剣を挿している事から剣士であろう。細身ではあるが、だからといって線が細いわけではなく、森に住む豹のようなしなやかな印象だ。

 アルカーナで赤毛の剣士と言えば、赤き闘神と歌われるエヴァンクール国王の懐刀、

(ガヴィ・レイ侯爵――)

 ガヴィはイルをそっと地面に下ろすとスタスタとヒューバートに近づき胸に手を当て立礼した。

「ご挨拶が遅れて申し訳ない。ガヴィ・ヴォルグ・レイと申します、ヒューバート王子殿下。自分が不在の間、イルが世話になっていたようで感謝申し上げます」

 そう言って弧を描いた唇は確かに笑みの形をとっていたのだけれど、まっすぐに向けられた視線がヒューバートを刺して背筋がゾクリとした。

「……いいや。彼女には逆に色々教えてもらって、仲良くしてくれて感謝しているよ」

「お役に立てたのなら何よりです」

 そう言って再び笑ったが、やはり目は笑ってはいない。

 獲物を射るように目を光らせているのは、国一番の剣士故か其れ共違う理由からか。

他国の王子を前にして、少し慇懃無礼な気もするが、イルにも気を使うなと言った手前咎めることもできない。

 なにより、侯爵と言えどもアヴェローグ公爵と違い皇族出身でもなく、聞けば平民上がりの侯爵だと言うのにこの物怖じしない堂々とした様と迫力はなんだろう。

地位は間違いなくヒューバートの方が上であるのに、どうやっても勝てる気がしない。


「ヒュー! ガヴィはね、すっごく強いんだよ! 精獣と戦えちゃうくらいすごいんだよ!」

「……お前、それ言う?」

 この先もガヴィが一生勝てそうにない相手を話の引き合いに出されてガヴィが半目になる。

「戦ったってだけでもすごくない?!

母様も『あんな無謀なやつはいない』って褒めて――」

「あー! ちょっと黙れ!」

それ、絶対褒めてねーよとイルの口をふさぎ、なんでぇ?! とイルから抗議の声が上がる。

 そうすると、先程までの燃える炎のような印象が一気に消え、砕けた明るい青年の顔を覗かせた。


「……陛下に挨拶してくるからよ、またな」

 イルの頭をポンポンと撫で、ヒューバートに黙礼して踵を返した。

「あっ! ……待ってガヴィ……! えと……」

 ガヴィとヒューバートを見比べてオロオロと視線を彷徨わせる。ヒューバートは苦笑した。

「いいよいいよ、行っておいで。久しぶりに会ったんだろう?」

 またね、と手を振る。イルはぱっと顔を輝かせて、

「ごめんね! 有り難うヒュー! またね!」

 とつむじ風が走るようにガヴィの背中を追いかけて行った。



「……」

 その名の如く、太陽の光のような彼女はもし自分の気持ちと相手の気持ちが違うとしても、己の気持ちはちゃんと伝えた方が良いと言った。

一ミリでも可能性があるならそうした方がいいだろう。

 けれど、

「言えない……なあ……」

 彼女の全身から、目線から、仕草から。彼への想いが溢れている。

 優しい彼女の事だ、自分が想いを告げても嫌な顔はしないだろうし、きっとちゃんと受け止めてごめんねと言うに違いない。

 でも、ヒューバートはイルが悲しむ顔は見たくなかった。彼女にはいつでも笑っていて欲しい。困らせたくない……たとえ自分が苦しくても。

 自分でも馬鹿だなとは思うけれど。


 それでも、国を出た時のようなくさくさとした気持ちにはならなかった。

叶わなくても、無駄だったとは思わない。

「父上と、ちゃんと話してみるかなぁ……」

 恋は叶わなかったけど、彼女の言うようにまだ出来る事はある。

せめて彼女の前では格好良い王子様でいられるように頑張ってみようか。

ヒューバートは異国の地の空を見上げて心新たにした。



*****  *****



 エヴァンクール国王に帰還の報告を終えた後、二人は久しぶりに揃ってガヴィの執務室にやって来た。

 今日会えるとは思っていなかったのに顔が見られてとても驚いたが、嬉しい驚きだ。

 自然に顔が緩んでしまう。

「本当にびっくりしちゃった! 予定より二日も早いんだもん。そんなに早くお仕事が終わったの?」

「まあ、確かに仕事も早く終わったんだけどよ、帰路の道中に用があって立ち寄った街にたまたま使いで来てたマーガと会ってよ」

 そこから一足飛びに帰ってきた、と。

「セルヴォさんがお使い??」

 王家専属魔法使いを使いに出すなど、王家の人間以外には考えられない。

何かマーガ自身が赴かねばならぬ重要な案件があったのだろうか。イルは心配な面持ちでガヴィを見たがガヴィが即座に手を振って否定した。

「あー、違う違う。別に問題があったわけじゃねえよ。マーガと会った店なんだけどな魔法石を扱ってる店でな」

「魔法石?」

 石の中には稀に魔力を帯びている物がある。

その様な石は加工して、お守りと呼ばれる物になったり、魔法道具として加工されたりする。

ガヴィが立ち寄った街には腕の良い魔宝石の加工職人がいるらしく、マーガは王妃のお使いで店に訪れていたらしい。

因みに店は魔法石だけでなく、普通の宝石も加工販売しており、王妃は今回は魔法石の関係ないアクセサリーの加工を頼みに行ったそうだ。

「因みに俺が頼んだのはこれ」

 そう言ってガヴィはイルの片手に乗るくらいの小さな箱をイルの手の上に置いた。

「なにこれ?」

「……いいから、開けてみろよ」

 促されて小さな蓋をそっと開く。

箱の中から顔を出したのは、見覚えのある紅玉こうぎょくで出来た一揃えの耳飾りだった。

「前によ、貸してもらっただろ。

 お前の作った血の剣ブラッドソード


 ヒューバート王子歓迎の舞踏会の夜。会場を抜け出して裏庭で過ごしたひと時、ガヴィに血の剣の一部を貸してほしいと頼まれていたのだった。

 普段は血の剣について、少し避けているきらいのあるガヴィが興味を持ってくれたのが嬉しくて、その時はなにも考えずに貸した。

そもそもイルの血の剣は不揃いな上に小さくバラバラで、国王からいただいた箱に入れて眺めるくらいしか出来なかったのだ。


「そこの店はよ、魔法石とか石の加工技術が得意なんだ。王家もよく使ってる。お前の血の剣は小さすぎて帯刀には不向きだからよ、装飾品に加工すればいいんじゃねえかと思って……」

 相談せずに決めちまって……不味かったか? とガヴィにしては珍しく遠慮がちに問うてくる。

 箱の中に並ぶ耳飾りはシンプルな楔形くさびがたで、紅の色に金の金具が映えている。

血の剣と言うよりただの原石に近かったイルの血の剣が、耳飾りとは言え、より一族を示す証になった気がした。


「……有り難う……すごく……すっごく嬉しい!」


 勝手に溢れてくる涙を拭いながら、イルはガヴィにギュッとしがみついた。



*****  *****



 創世の伝説のある大国アルカーナ王国の宮殿には若き賢王とその御一家、最近は王子お気に入りの紅の民の娘が住んでいる。

 娘は一族を失い、里を追われて故郷を出ることになったが、赤毛の剣士や銀の髪の公爵と出会い、王子らと共に王都で過ごすこととなった。

 娘が黒狼になれることは公には伏せられているが、活き活きとした金の瞳と明るく前向きな性格は人々の心を掴み、今では王宮にはなくてはならない存在になっている。

 そんな娘も、赤毛の剣士と良い仲となり、近々故郷の地へ帰れるらしい……と聞いて娘と面識のある城の者達は喜んだり悲しんだりしたのだが……当の娘はそんな周りの者達の心情なとお構いなしに、相変わらず我が道を行っていた。

最近は赤毛の剣士からもらった耳飾りをその耳に揺らしてよりご機嫌だ。



「……ごきげんですねぇ」

 イルの解いた問題の採点をしながらマーガが笑う。


「えへへ、わかる? さっきね、王子付きの侍女のマリッタさんが『耳飾り良くお似合いですね』って褒めてくれたの」

 嬉しかったぁ! と自身の耳飾りに触れる。

 そこには先日彼女のお目付け役兼恋仲である赤毛の剣士に貰った耳飾りが揺れている。


 失恋したと思っていた相手と気持ちが通じ合い、且つ普段はどちらかと言えば雑な扱いの剣士から物を贈られたとあって、イルが舞い上がるのは道理であろう。

 明るい笑顔とは裏腹に辛酸な目に合ってきた彼女が幸せになるのは彼女を知る皆が望むところだ。

 しかし、


(――燃えるあかに彼女の瞳の様な金の細工……ですか)


 耳飾りの石自体は元々彼女の持っていた血の剣ブラッドソードであるし、彼女曰く『帯刀出来ないから装飾品に加工してくれた』と言っていたが、彼女の耳横でその石が揺れる度、あの赤毛の剣士がチラつく事をイルは解っているのだろうか。

 の剣士は留学中の隣国の王子がイルに近づいた時もさして気に留めた風ではなく、いつもの態度を保っているように見えた。

 お節介ながら、銀の髪の公爵と共に一波乱あるのではないかとハラハラしたものだ。

だが、実際は何事も起こらず、流石は創世の剣士殿だと思っていたのだが……



「……レイ侯爵ほど情熱的な人もなかなかいないですよね」

「えぇ?!」

 どの辺が?! 驚くイルにマーガは面白そうに答える。


「だってそうでしょう? 五百年前だってそのままいれば地位も名誉も富だって確実に手に入れられたはずなんです。

 ……でも彼はそれを選ばなかった。一人の女性との思い出や気持ちをおもんぱかってそれらを捨てたわけです。

 ……これが情熱的と言わずしてなんなのでしょう」

一見合理主義に見えてロマンチストの極みですね。そう言って笑う。

「普段の彼は冷静ですし、剣技は超人的ですが、精神面は人一倍人間的な感情を持ち合わせている所が私には興味深く面白く感じられるのです」

 マーガの分析になるほどと頷くが、でも……と言いたい気持ちもある。イルはそれを素直に口に出した。

「でもそれって、イリヤさんがそうしたくなっちゃうくらいすごーく魅力的だったって事だよね?

 ……私、そんな魅力ないしなぁ……」

 急にしゅんとしたイルに、マーガは目をパチパチさせると愉快で仕方がないという顔をした。

「……嫌ですねぇ。現在だって貴女を選んだ事が彼の気持ちをよく現してるじゃないですか。

 貴女がレイ公爵にふさわしくないとは微塵も思いませんが……年齢も離れているし、彼の地位を考えれば相手はよりどりみどり。引く手あまたな訳でしょう? 

田舎に引っ込むのが嫌で事件を起こした愚か者も居るくらいですから、あえて田舎に引っ込もうとすること自体が愛ではないですか?」

彼はあれですよね、自分の懐に入れたものの為には全力を尽くすタイプですよね。地位や名誉は大切なものを守るための手段としか思ってらっしゃらない。そう言うマーガに、イルはもう顔を真っ赤にさせて口をパクパクさせるしかなかった。

「私は魔法を修める者として理論的な事が好きなのですが、人の感情という非理論的なお話も大好きです。人の感情の上に歴史というものは成り立っているわけですから、それを読み解いていくことが即ち歴史を知るということ。

 ……なのでお二人のロマンス、また聞かせてくださいね」

 マーガにそれはそれは晴れやかな顔で微笑まれて、イルはあまりのいたたまれなさに採点された用紙を受け取ると早々にその場から逃げ出した。

 


「……あのあかがチラつく彼女を、この国で口説きに行ける男はなかなかいないでしょうねぇ……」

 無意識かわざとかは判断つきかねるが、赤毛の剣士の無言の独占欲と牽制に、国一番の魔法使いは笑うしかないのだった。


❖おしまい❖


2023.6.11 了

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❖あとがき❖


 本編3の直後の話。

 ガヴィにライバルを出して少し焦らせよう! とアオハル展開を書くはずが、ただの天然少女が純情な隣の国の王子を弄ぶだけの展開になってしまいました。

何気に若干ガヴィの心情も振り回してる気がする(笑)

流石に九つ年上のガヴィさんはイルの前で独占欲は出したくない模様。漏れてますが。

 軽い気持ちで書いた番外編が、なんか気づけば長くなってしまい6話に分けることに(笑)

隣の国の王子様、ヒューバートくんはただただいい子なので彼の国での続編も書きたいのですがいつになることやら。


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