リンゴを煮詰める黄昏時

 ペリアーノを冥府に送り届けてから約一週間。

 ラティはいつものように世界樹とミズガルズの喫茶店を行き来し、なんとなく憂鬱ながらもいつものような生活をおくる。

 

 本日、二日ぶりに世界樹に戻って来ると、喫茶店のカウンターの上で灰色の猫がくつろいでいた。その頭の上には、黄金のリンゴが乗ってある。

 なんて器用なんだと思いつつ、ラティは彼に話しかける。


「やぁ、猫氏。来てたんだね」

「一昨日から待っていた。これ、黄金のリンゴ」

「黄金のリンゴ……」


 黄金のリンゴをもらえるのはとても嬉しいけれど、ラティには黄金のリンゴを貰う資格がない。

 黄金のリンゴを貰えるかどうかの話は、そもそも、イヴィング川のほとりに植えられていた黄色のリンゴの木がウートガルザに切られてしまい、その代わりになるようなリンゴを探してほしいというものだった。

 リンゴはそもそもアース親族と巨人族の間に起きた悲しい事件の和平の証として植えられていたから、やはり植わっていないと両種族にとって都合が悪いのだろう。

 しかし、黄色のリンゴについての情報を知っていそうな男とは結局喋れず、ラティは良さそうな樹木の苗を見つけられなかった。


「猫氏……。何か勘違いしているみたいだけど、私はまだ黄色のリンゴの苗を準備出来ていないよ。だから君からその黄金のリンゴはもらえないや」

「完璧な黄金のリンゴの代わり、もう存在する。イヴィング川のほとり」

「もう!? 私は何にもしてないよ? 他の誰かが植えたんじゃないかな」

「最近、父がリンゴの苗持ってるの見た」


 灰色の猫の話は分かりづらいが、灰色の猫の父はロキなので、おそらく彼が代わりになるようなリンゴの木の苗を見つけ、持ち歩いていたんだろう。


「なんでリンゴの木の苗なんか持ってたんだろ。あの人の行動ってよくわからないや」

「チョコレート。たぶん」

「チョコレート?」


 ”ラティのチョコレートをロキが気に入ったから、ちょうどいいリンゴの苗を用意して植えた”ってことだろうか?

 いくらチョコレートが気に入ったからって、そんな親切なことをするタイプなのかと疑問に思うけれど、黄金のリンゴ自体は有り難い。これを食べた者は不老不死になるのだ。

 これを食べたら、またリスだった頃のように無茶出来るようになる。


「君にもチョコレートをあげるよ。二種類入っているから、どっちが美味しいか教えて」

「ニャー」


 棚からチョコレートの入った箱を下、灰色の猫の前に置く。

 すると、彼は箱にかかったリボンの真ん中を咥え、さっさと店を出て行った。

 わりとあっさりした性格の猫を見送ってから、彼が置いて行った黄金のリンゴを持ち上げる。


「そのまま食べてもいいけれど、なんとなくアップルパイを食べたい気分だなぁ」


 アップルフィリングは白ワインを入れて、ちょっと大人っぽい味にするつもりだ。

 その匂いに釣られて、神々が来るか、はたまた人間の魂が迷い込むか。


 どっちでもいいけど、今度は明るめな話題を楽しみたい。



 

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世界樹の上で喫茶店スローライフ〜お客様は神様や神話の生き物!〜 @29daruma

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