タチの悪い神

 降り出した雨は夕方近くには大降りとなり、

 マルグリットの屋敷の使用人は彼らが仕える令嬢を心配し、小屋まで迎えに来た。


 ちょうどカカオ豆の三度目挽きを終えたタイミングだったため、ラティも彼等が乗る馬車に便乗する。

 喫茶店まで送ろうかと言ってもらうけれど、ここからだと迂回になってしまうため、繁華街の近くで降ろしてもらった。

 

 時は夕刻。

 空には未だ分厚い雲がかかり、通りはすでに夜のように暗い。

 店々は早い時刻なのにも構わず、軒先にあかりを灯し、濡れた路面に反射した光がゆらゆら揺れる。


 とても幻想的な光景だけれど、

 ところどころ川のようになってしまっている場所もあり、なかなかに歩きづらい。


 靴が濡れる不快感が嫌で、ラティは靴を脱いでしまう。


「素足も嫌だけど、靴がだめになるよりはマシなのかな。我慢するしかないかー」


 爪先立ちになりながらも道を歩いていると、向こう側からものすごく奇抜な見た目の人間が歩いてくるのが見え、足を止める。

 まず目についたのは、足元だ。

 もの凄く分厚い靴底を履いている。

 そのせいか、足がかなり長いように見え、原色カラーのスラックスとベスト、そしてシルクハットの組み合わせが独特すぎて目立っている。


 というか、ラティはその派手な奴を見たことがある。

 シルクハットから覗くオレンジの髪や、整いすぎている顔立ち、こんなところで会うとは思いもしなかった。


「ロキ!」

「……おや? 貴女はどちらのお嬢さ……んん? 変ですね」


 シルクハットの淵を軽く持ち上げ、こちらを向く仕草が洗練されている人間の。暫く見ない間に、ミズガルズの上流階級の生活に染まってしまったんだろうか?

 人間だったなら、そういうこともあるだろうけれど、この男は神なのだ。

 なんだか違和感がある…。


「何故か貴女がリスに見えます。可愛らしいお嬢さんの姿をしているはずなのに……。私に対して幻覚の術でも使っていますか?」

「幻覚の術なんて使ってないよ! たぶん、君の中での私のイメージがリスだから、そう見えてしまっているんだと思うよ」

「ああ、ラタトスク! 貴女でしたか!」

「一目で気がついてほしかったなぁ」

「いやいや、なかなかどうして……。あんなクソリス……失礼。リスちゃんが素敵なレディになっているだなんて想像もしていなかったもので。全く、これっぽちも」

「私はすぐに君を発見したけどね。派手好きだからすぐ分かるんだ」

「歳をとった者は出来る限り目立つ格好をした方がいいんですよ」

「なるほどね」


 あいも変わらずしょうもない話をするものだと、ラティは呆れ、肩をすくめる。


「よろしければ、一杯奢りますよ。貴女さえ良ければ、ですけれど」

「……悪いけど夕飯も奢ってもらうよ。空きっ腹にアルコールは微妙じゃん」

「ええ、勿論」

「ちょうど君に話があったから、ちょうどいい」

「ではこちらに」


 ロキは仰々しい振る舞いで脇道を示す。


 そこは不思議な空間だった。

 今ラティ達が居る大きめな通りよりも、細く、暗いのだが、光ゴケや発光するピンクのキノコ。妖精と思われる小さな生き物が閉じ込められた籠などのおかげで、キラキラしている。

 夜に一人で訪れたくはないような毒々しい雰囲気に、ラティは一瞬ひるむ。


 しかしながら、ロキの方はスタスタと脇道に進んでいく。

 彼に舐められるのも腹立たしいから、ラティは仕方がなしに、彼について行くことにした。


 入り組んだ道を二人で暫く歩き、異国情緒が溢れるエリアでようやく立ち止まる。


 ロキが選んだのは、ミズガルズの東の国の雰囲気が若干感じられる店だった。

 店内に入った彼はカウンターに座るやいなや、店主に「ゆずラーメンを二つ」と注文する。

 注文品名に心当たりのないラティは、恐る恐るロキの隣に腰掛けながら、小声で問う。


「ゆずラーメンって何?」

「おや? 情報通の貴女でもご存じない料理があるのですね」

「そりゃ、あるよ! 九つの世界それぞれがどれだけ広いと思っているんだよ」

「長い時間かけて旅してみると、それなりに理解も進むものですがねぇ」

「暇でいられる君が羨ましいよ」

「ふふふ」


 性格的な相性が悪いとはいえ、会わなかった○千年もの時間はあまりにも長く、そして二人とも口から先に生まれてきたかのようにお喋りだ。そのため会話は途切れず続く。

 ゆずラーメンが運ばれてきてからは、あまりの美味しさにロキの存在など忘れて食べるのに夢中になりはしたが、大きな器が空っぽになる頃には、また話したい内容を思いつく。


 ––––––店を変え、美食に舌鼓をうち、ダラダラと楽しいような、楽しくないような時間を夜更けまで続ける。ラティは自分の目の前にモヒートが置かれてからようやく我に返り、最も話したかった内容を口にする。


「君って最近悪いことばっかしてるよね」

「……なんの話ですか? 私はいつも通りに過ごしているだけですが」

「だってさー、パステイト市近くの無人島で、人魚達にモンスターの作り方を教えたでしょ?」

「ああ、そんなこともありましたっけ」

「それと、ニヴルヘイムの天井に穴を開けたのも君なんじゃないの?」

「私が……というか、ニヴルヘイムで作ったモンスターが開けたのですよ」

「君の所為で間違いないじゃん。……ちょっとやり過ぎなんじゃないの? あんまり悪いことしすぎると、私みたいに人間としての人生を送らされるかもしれないよ?」

「どうしてです? 私は貴女のように、人間から対価を得て、望みを叶えてあげているだけなのですよ?」


 叶える望みの善悪くらい考えられないのかと言おうとしたが、言ったところで、適当に馬鹿にされて終わりそうだ。

 この男をどうしたものかと思いつつ、ラティはモヒートを一気飲みした。





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