第33話 クーデター


 同時刻、王城へと続く道を隊伍して進む人影があった。先頭を歩くのは元王宮騎士団第一隊所属の騎士、現在は“国防軍”第一大隊長アルブレヒト・シャハト少佐。


 少佐に率いられた兵士達は夜の王都を静かに、そして素早く進み、ついに城門に到達した。

 城門にいた二人の守衛は慌てた様子で少佐に近づき、そのうち一人が突然の来訪を非難した。


「ちょっと、これはどういうことですか。困りますよ、こんな時間に大勢で押しかけられても」

 

 パァン


 だが、彼の言葉がそれ以上口から出ることはなかった。少佐の後ろに控えていた兵士が脇に抱えていた小銃で額を撃ち抜き、守衛は後ろに倒れこんでこと切れた。

 突然の蛮行に動転したもう一人の守衛であったが、逃げ出す前に彼にも数発の銃弾が撃ち込まれ、その場に崩れ落ちた。


 一瞬にして生まれた二つの死体を無言で見下ろすと、シャハト少佐は片手を挙げ、城内に進むよう部下達に伝えた。

 王城には魔力を感知する装置が備え付けられてあり、城内で攻撃魔法が使用された場合、すぐさま警報が鳴り響く仕組みとなっていた。しかし突入してきた“国防軍”の兵士達は皆小銃で武装しており、警報が鳴ることはなかった。


 城内の制圧は瞬く間に完了した。城の警備を任されていたのはいずれも優秀な魔法騎士ばかりであったが、見慣れぬ銃器との戦いに加え、城内のことを熟知していた“国防軍”の動きに対応することは出来なかった。

 第一大隊の王城襲撃から三十分、国王ユリウスの寝室にはシャハト少佐を脇に控えさせたランドルフ王子の姿があった。


 「――ランドルフ、これがお前の導き出した答えか」


 ユリウスのわが子を見る瞳には怒りはなく、ただ悲しみの色だけがにじんでいた。


 「父上、全てはカルナード魔法王国、そして民のためでございます。暫しの間不自由を強いることになると思いますが、ご容赦を」


 後に語られる従者の言葉から、王子ランドルフが国王ユリウスへ対しかけた言葉とは裏腹にひどく冷たい視線を向けていたと記録されている。

 王城の制圧と並行して王都の主要な施設は全て“国防軍”による急襲を受けた。

 魔法省及び司法省は第二大隊の攻撃を受けて四十分に渡る戦闘の末に制圧。残りの省庁も王城制圧後に合流した第一大隊の手によりほぼ抵抗を受けずに占領された。


 夜間の襲撃であったことから領地に戻らず王都にある別邸で過ごしていた貴族達も第三大隊の奇襲を受け、戦いが起こることもなく捕らわれた。


 こうした襲撃を受ける中で最も大きな被害を受けたのは本来、こうした事態に対処するはずの王宮騎士団であった。

 王都には当時、不在のエドアルド団長に代わり副長のハインリヒ・ベルクマンが指揮を執る第一隊が駐留していたが、王宮襲撃に呼応するように一部の騎士達が離反し、騎士団制圧を指示されていた第四大隊に合流、警戒の緩んでいた時期ということも重なり、騎士団員の多数が死傷し、副長のベルクマンも捕虜となって第一隊は壊滅した。


 一連の襲撃の中、マーサ王女の牙城とされるアカデミーは王宮を後にしたランドルフ王子自らが第一大隊を率いて制圧作戦を行い、抵抗する一部の教授や学生達に対し苛烈な攻撃を自ら陣頭に立って行った。

 アカデミーの完全な降伏まで一時間半を要し、駐屯地に並び多数の死傷者を出した。その後、多くの教授達は拘束され、学生達も寮に軟禁されることが決定された。


 だが、第一大隊による捜索が行われたものの、アカデミーにいるとされていたマーサ王女とクラウディオ学長の行方は最後まで掴むことが出来ず、すでに王都外に逃れたのだと判断された。


 “国防軍”による一斉蜂起から一夜明け、夜間の騒乱を屋内から見守っていた市民達は陽光に照らさた王宮に翻る“国防軍”の旗の下でテラスに立つにランドルフ王子を目にした。

 王子は、一度ゆっくりと目を閉じると大きく息を吸ってから話し始めた。


 「カルナード魔法王国の全ての民に告げる。私、第一王子ランドルフは今、この時を持って国王ユリウスを廃位し、王位に就いたことを宣言する。これは欲に目のくらんだ簒奪ではないことをまずは皆に知ってもらいたい。私がこのような武力を持って王に退位いただいたのは他でもない、わが父、皆の信頼する国王ユリウスが重大な背信行為をしていたからだ。父は、あろうことかこの国に迫る危機をひた隠しにし、皆に滅びの運命が迫っていることを知らせずにいたのだ。その事実とは何か、皆には信じられないこと……いや信じたくないことであるかもしれないが、近い未来、この国から魔法が消えてしまう。誰もが魔法を使えなくなってしまう未来が差し迫っているのだ! そうした事態になってしまえばどうなるか。今、この国はほぼ全ての生活を魔法に頼っている。それは決して間違ったことではない。何故ならこの国は初代国王ローワンが建国された時から魔法と共に歩み、魔法の発展と共に生きてきたからだ。この国は魔法なくして存在せず、魔法と進んできた事実を誇りとしているからである。だが、その魔法が使えなくなってしまう。それは誰のせいでもない。あえて言うのであれば、これは我が国に訪れた試練である。魔法と共に歩む覚悟が問われた試練であると――そして我々はこの試練に打ち勝たねばならないと! だが、王は愚かにもその事実を隠し、皆に試練に挑む機会すら失わせ、黙って魔法と共に果てるよう望まれた……その真意について、今ここで語るべきではない。だが、皆をそのまま果てさせることを断じて私は見過ごすことは出来なかった。それが、今私がここに立っている理由である。そして、魔法が失われるという危機的状況は今だに変わっていない。だが、心配する必要はない。私にはこの困難に打ち勝つ確実な手立てがあると明言する。本日、私は忠勇なる“国防軍”と共に決起した。それは、これからも魔法と共にあるカルナード魔法王国のためであることを胸に刻んでほしい! カルナード万歳! 我らが未来に栄光あれ!」


 ランドルフ王子の最後の言葉に合わせ、決起した“国防軍”兵士達による歓喜の声が王都中に響いた。王子の宣言は拡声魔法を通じて王都だけでなく、周辺の町々にも広がり、一両日中には国中に広まった。

 かくして八百年以上続くカルナード魔法王国において初の王族によるクーデターは、こうして幕を上げたのである。

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