第40話 リッカ対モルスト、雌雄決す

 ……不思議な感覚だった。まるで空を漂うような浮遊感。自分の体のはずなのに、自分の体ではないような感覚。


 地面に足を付けているような、それなのにどこかふわふわと浮いているような。その感覚が心地良いようなどこか気持ち悪いような感じ。相反する奇妙な感情が交錯する中で、意識だけがはっきりとしている。


(……なんだこれ?もしかして、これが死後の世界って奴か?)


 そう思った瞬間、自分を呼ぶ声で目が覚め、一瞬で現実に引き戻された。


「……先輩!先輩っ!起きてください……っ!」


「ちょっと!あんたにはまだまだあたしと一緒にいて貰わないと困るのよっ!いい加減目を開けなさいっ!」


「リカっち起きて!まだ誰がリカっちをゲットするか決まってないのにっ!肝心のリカっちがいなくなったら……駄目っ!」


「皆さん、落ち着いて。効果は確かに発動しています。……だから、大丈夫です」


「そうだよ。それに、念の為に皆で回復魔法をしっかりかけたでしょ?後は、先生が目覚めるのを待つだけ……」


 ……皆の声が口々に聞こえる。ゆっくりと目を開け、一言だけつぶやく。


「……大丈夫だ。皆、聞こえてるよ」


『……っ!!』


 そう言うと同時、皆が涙目で一斉に自分に抱きついてくる。マキラやナギサは号泣しているし、ルジアに至ってはそれに加えて鼻水まで出ている始末である。美人が台無しなので早く拭いてくれ、と思ったらそのまま自分の体に顔を埋めてきやがった。そこでようやく自分の現状に気が付いた。


「……あぁ、分かっちゃいたが、やっぱりこうなったか」


 自分の胸元の『依代札』は先程までとはっきり違う色に変わっていた。服は多少焼け焦げているものの、自分の体に特に痛みや損傷といった変化はなかった。


「……皆、まず聞きたいんだが、あの後俺の体はどうなったんだ?……やっぱり、札が発動する前は結構グロい感じになっていたりしたのか?」


 マキラたちと一緒にしがみついていたセリエがその言葉に顔を上げ、涙目のまま答える。


「……いえ。『依代札』は持ち主が命の危機と判断されたと同時に発動しますので。仮にそうなったとしても、瞬時に発動するのでそれはありません。現に私たちが駆け寄った際には、意識を失いその場で倒れている先生の姿がありました」


 セリエの言葉に二つの意味で安心する。どうなるか不安であったが無事に『依代札』が発動したのもそうだが、仮に体が爆発四散した状態から再生して生き返るとかの類であったらその光景を見た生徒達に、下手をすれば一生物のトラウマを植え付けてしまいかねないと思ったからだ。そう思ったところでようやく現実に帰る。


「そうか、それなら良かったよ。……ま、ただ俺のこの感じじゃ流石に負けってところか。まだまだ俺の修業が足りなかったって事かね」


 そう自分が言うと、頭上から声が聞こえた。


「……本当に、そう思っているか?」


 その声に振り向くと、自分と同じように首に掛けた『依代札』の色が変わっているモルストが立っていた。


「……お前も札の色が変わっているって事は……相打ちって訳か?」


 自分がそう言うとモルストが言葉を続ける。


「……あのような状態で私に反撃が出来ると思うか?お前の方を見ながら咄嗟に聖剣を自分の前で構えるのが精一杯だったよ。気付いたら私も地面に倒れていた。……まさか、聖剣越しでもこの鎧を割る程の一撃だとは流石に思わなかったぞ」


 そう言ってモルストが自分の胸元を指差す。モルストの身に付けている軽鎧には大きな亀裂が出来ていた。それを見て思わず青ざめる。


 ……詳しくはないが、おそらく最初に携えていた剣と同じくこの軽鎧もかなりの加護が施されている名品のはずだ。おそらく修復には莫大な手間と予算がかかるだろう。弁償などの話になったらまずいと思い、即座に話題を切り替える。


「……それはこっちも同じだよ。あれをくらった瞬間終わったと思ったからな。あんな思いは二度とごめんだよ」


 そう自分が言うと、モルストが苦笑しながら言う。


「……心配しなくても今はしたくても出来ないさ。流石に長時間聖剣を発動し続けたところに加え、あの大技を連発したからな。しばらく休息を取らねば、あの技どころか今の私は聖剣すら発動は不可能だ」


 ……もし発動出来たらもう一回やるのかよ、と突っ込みたい気持ちを抑えていると、モルストが更に続ける。


「……正直に言え、リッカ。……お前、私の一撃が届く前に、やろうと思えば本当はあれを回避出来ただろう?」


 モルストの言葉に皆が一斉に自分の方を振り向く。


「ほ、本当なのですか先輩!?で、でしたら何故……?」


「あ、あんた何考えてんのよ!自分から死ににいくようなもんじゃないのよ!」


 マキラとルジアをはじめ、皆からぎゃあぎゃあと避難の声があがる。それをどうにか手で制して答える。


「……落ち着け皆。モルストはこう言うがあくまで出来た『かも』しれないって感じだよ。あの状態じゃどんな魔法を放っても間に合わなかった可能性の方が高かった。実際、間に合わなかったからな」


 そう自分が答えるとモルストがため息を吐きながら言う。


「……そうだな。だがお前があの時放とうとしたのは、あの状況でもお前なら放つのが造作も無い普通の回避の類の魔法では無く、通常より複雑な防御結界の魔法だったからだが、な。違うか?」


 ……完全にお見通し、という訳か。確かにあの時、自分は回避のためではなく、防御のために魔法を放とうと試みた。結果はこのようになってしまったが。


「……は、はぁあああ!?あ、あんた、そこまでやろうとした訳!?」


「……いくら先生でも、それは流石に無謀かと」


「……先生、無茶し過ぎ」


 皆に口々に言われるが返す言葉もない。自分がその選択肢を一か八かで選んだのだから。


「……避けちゃいけない気がしたんだよ。何となくな」


 そう言ったところでルジアがまた何か言おうとするのを手で制しモルストが言う。


「続けろ、リッカ」


 モルストの言葉で周囲が静かになったため、話を続ける。


「目的はどうであれ、お前は自分なりの決意と覚悟でこうして一人でここに来た。それだけじゃない。国を救った勇者としての立場にふんぞり返っているどころか、いつの間にかあんな技まで編み出していた。……そんなお前が仕掛けてきた技を避けるんじゃなく受け止めたい、ってな。まぁ結果は失敗だったけどな」


 自分の言葉に皆が静まり返る。沈黙の中でマキラがおそるおそるといった感じで口を開く。


「そ……それでその……結局先輩はどうなるのでしょうか?け、結果は共に札の色が変わった訳ですが……」


「だよね?この場合は……相打ち?引き分け?ど、どうなるのリカっち?」


 ナギサの言葉にふう、とため息をついた後モルストが言う。


「……今の話を聞いて、ただ結果だけを見て引き分けという訳にはいかんだろう。諦めた訳では決して無いが、今回は素直に私が引き下がるとしよう」


 モルストの言葉に皆が一瞬静まり返る。が、次の瞬間一斉にざわつきだした。


「で!では先輩はこのままこの学園にいられるという訳ですね!」


「よ、良かっ……ま!ま、まぁそういう事なら仕方ないわね!これからもせいぜい頑張ることね!」


「やったー!勇者様最高!よっ!名勇者!」


「先生……良かった……」


「良かったっス!先生じゃなかったらクラスの居心地がまた悪くなるっスもん!」


 皆が口々に騒ぐ中、モルストに向かって尋ねる。


「……良いのか?本当に」


 自分の言葉にモルストがこちらに向き直って言う。


「あの子らの様子を見て、無理矢理お前を連れて行けると思うか?そうなればそれこそ全員で私に刃向かってでも止めかねないだろうさ。何より、私自身がこの結果ではお前を連れて行く事に納得がいかないからな」


 そう答えるモルストを見て、相変わらず良くも悪くも真っ直ぐな奴だなと思った。


「……そうかい。感謝するよ」


 そう言ってモルストと見つめ合う。やがてモルストがふっ、と笑って口を開く。


「……本当に、あの頃とは変わったのだな、リッカ」


 その言葉に答える前に、未だきゃあきゃあと騒いでいる皆の姿を見つめた。彼女たちの方を見つめたままモルストに言葉を返す。


「あぁ。そうだな……自分でもそう思うよ」


 そう返す自分の言葉に、返事を返さずにモルストがにこやかに微笑んだ。

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