混沌巨人ケイオスマン

藤原くう

第1話 Cを継ぎしもの

「おぬしは死んだのじゃ」


 有無を言わせぬ少女の言葉で俺は目覚めた。


 目を開けるとシマシマの鉱石でできた部屋だった。部屋の奥の方には玉座があって、そこには赤いドレスを身にまとった少女が不遜な態度で座っている。


 倒壊したビルは影も形もない。


 切れた電線が放つバチバチという音も、怪獣グレンマが吐く火炎の熱気も感じない。それどころか、俺が助けようとした少年の姿さえも――。


「あの子は……いや、それよりも俺が死んだ?」


 少女が口角を上げて頷く。


「正確には死ぬ直前といったところかの。今のおぬしは、おぬしたちがグレンマと呼ぶ怪獣が放つ業火に焼かれる五秒前じゃ」


「君が助けてくれたのか」


「ふん、童が助けるかどうかはおぬしの選択にかかっている」


「俺に……?」


「そう。おぬしには力を授ける。あの怪獣を倒せる力」


 ――どうだ、ほしいか?


 少女が手を差し出してくる。


 その黒々とした瞳には、溢れんばかりの星が瞬く。それは見上げるものとは違って、寒気を感じた。


 だが、俺は少女へと近づいていく。


 怪獣を倒せる力。


 そんなの欲しいに決まっている。


 俺は恐怖をこらえて、少女の目の前までたどり着く。玉座に脚を組んで座る少女は、あどけない見た目にもかかわらず、妖艶な瞳で俺を見上げてくる。


 その姿は伝承の中で生き続ける悪魔のよう。


 力を授けると言っているところを見れば、悪魔そのものなのかもしれない。しかし、悪魔だろうと何だろうと、関係ない。力が得られるなら――。


 みんなを助けられるならそれで――。


 俺は少女の手を握る。氷を掴んだみたいに冷たい手が、握り返してくる。


「契約完了じゃな」


 にやりと笑った少女は、小さな悪魔。その悪魔のもう片方の手が宙を描けば、空中に物体が現れる。


 棒状の物体と輝く鉱石。


「これを使え」


「はあ」


「なんだその返事は」


「いやだってどう使うのかわからないし」


 棒状の物体は剣のような見た目をしている。剣と違う点は持ち手があるべき場所にソケットのようなものがあること。剣の三分の一ほどをしめるソケットは七つの支柱からなり、四次元を無理やり平面に落とし込んだような奇怪な文様が描かれている。


「そいつはケイオスシーカー。そこにはめ込むの」


「何を?」


「決まっているではないか。その宝石だ!」


 少女がやれやれとばかりに指さした宝石。俺はその宝石を手に取って眺めてみる。


 二つの五角錐をずらしてくっつけたような見た目のそいつは、挨拶でもするかのように黒光る。じっと眺めていれば、中心で雷鳴のごとく赤い光が走った。


「なんだこれ」


「いいから早く差し込め。怪獣はおぬしを待ってはくれないのだぞ」


 そうだった。俺は、言われるがまま、ソケットへ宝石を差しこんだ。


「何も起きないぞ」


「慌てるな。ソケットの側面に棒が突き出ているだろう。そいつを……そうそうそこ。そこをもって」


 確かに持ち手がある。それをしっかり握りしめる。


 これで何か起きるのか。この瞬間まで、俺は疑問だった。目の前の少女は確かに神秘的で何かヒトならざる存在であるかのように思われたが、だからといって実際に存在しているかはわからない。死の淵に立つ俺自身が最後に生み出した幻想という可能性だってあるわけだ。


 だが、宝石が漆黒の光を解き放った瞬間に、そうではないと理解した。


 暗黒でさえも震えてしまうような黒光は天高く伸びたかと思えば、宝石の中で暴れていたあの赤い光までもが飛び出し、黒い光にまとわりつく。その姿は天を駆ける竜のよう。


「今こそそいつを天へと突き出せ!」


 少女の興奮した声に、俺はたまらず剣を光へ向けた。


 黒と赤の光は、剣を掲げた俺へと雷のように降り注ぎ、視界が暗転した。


 ★★★


 黒々とした光に焼かれた視界がだんだんとはっきりしてくる。


 むずむずとした焦燥感に包まれながら見渡した世界はいつもよりも小さかった。


 いや――違う。黒煙を上げるビルが足元にある。はるか下を見下ろせば、ひっくり返った乗用車が見えた。


「俺が大きくなってる……のか?」


『そうじゃ』


 どこからともなく少女の声がした。周囲を見回しても、赤いドレスは見えない。


「でっかくなってるなんてなんかやだなあ」


『おぬしののままの姿で巨大化したわけではない。戦うならばそれにふさわしい姿でないとな』


 俺は大きくなった体を屈めて、ビルのガラス窓に姿をさらす。


 ガラスに映っていたのは、醜悪な化け物。


 それは霞とも肉ともつかない姿をしていた。ぼんやりとした黒い霧上の物体に包まれたその体はヒトとコウモリとを合体させたような悪魔的な見た目をしている。何より目を引くのは、人間の顔に当たる部分にある三つに分かれた瞳だ。その瞳は熟れたリンゴのように燃えていた。


 俺はぎょっとしてたたらを踏んだ。それと同じくして、その化け物もまた怯えたように後ずさり。俺がひび割れた鏡のようなガラスに顔を近づければ、相手も近づけてくる。


「このブサイクなのが俺なのかっ!?」


『不細工とはなんじゃ、不細工とは!』


 手元で声がした。声はケイオスシーカーからしているらしかった。剣を耳元に(こいつに耳があるかは知らないが)近づければ、少女の声がはっきりくっきり聞こえてくる。


『童の姿の一つぞ!? この不敬ものっ!』


「いやそうは言うが、すんごいぞ。どう見たってあの怪獣の方がかっこいいというか。こっちは気持ちが悪いっていうか」


 体を見下ろすだけで、ゾワゾワしてくる。生理的嫌悪感なのかなあ。


『なんじゃと!!』


 少女が声を張りあげるものだから、頭の中がりんごんりんごん揺れた。


『今言ってはならん言葉を口にしやがったな! このハイパープロフェッサーラヴちゃんに向かって、なんて失礼な!!』


「ハイパーなんて?」


『あ、そうじゃったな。童の名はハイパープロフェッサーラヴじゃ。ラヴちゃんでいいぞ』


「これはご丁寧にどうも。俺は狩野ラム――ってそうじゃない!」


『なんじゃ騒がしい奴だな』


「ブーメランだ! なんだよ、この姿は」


『そりゃあ、童が授けた力じゃ』


「こんな力ならいらなかったわ!」


『いらんとはなんだ。神の力だぞっ。童の現身の一つじゃぞ! 信者だったらむせび泣いて喜ぶ姿だと言うのに。まったくおぬしは』


「ええ……」


 どう考えたって冒涜的すぎる。こんな姿を前にして手を叩いて喜ぶやつがいたとしたら、そいつは間違いなく頭のネジがどっか行ってる。たぶん、このラヴちゃんって子も。


『せっかく生き返らせてやったというのに。恩知らずなやつだ。あれか? もう一回死なないと童のすごさがわからんか?』


「そ、それよりグレンマは」


 立ち上がり、周囲を見まわす。巨人になった体、三つに増えた目のおかげで、グレンマはすぐに見つかった。


 はす向かいのひび割れたアスファルトの上をどすどすと歩く、トカゲのような巨躯。


 そいつが吐く業火は一万度。ヒトなんてあっという間に消し炭になってしまう温度。山脈のようなとげとげした背中。鋼鉄のような頑丈なうろこに覆われた体に、ハンマーのようなしっぽ。


 炎竜怪獣グレンマ。


 そいつは地割れのような足音を響かせ背丈ほどのビルへと突撃。鉄筋コンクリート造りの高層ビルをなぎ倒していく。


 ぎゅっと密度の高い体は鋼鉄のように硬く、降り注ぐコンクリートの塊を湯水のように浴びても声一つ上げない。


 嬉しそうに振り回されるしっぽの先端は丸みを帯びており、まるでハンマーだ。その一振りに巻き込まれたトラックは、紙風船をつぶすようにあっけなくひしゃげた。


 そこここでは狼煙のような黒煙が上がり、悲鳴のような車のアラート音の中を怪獣が我が物顔で歩いている。そこに人の姿はない。俺がラヴちゃんとあの世で話をしていた間に、避難し終えてしまったらしい。


 あの少年は――。


『ほれ、足元』


 下をのぞき込めばがれきの山のそばに、ヒトの姿があった。倒れているその姿は、俺が助けようとした少年に違いなかった。身をかがめて、よくよく見てみれば、その顔は恐怖に歪んでいるようにも見えなくもない。


『怪獣に怯えてしまったのじゃな……かわいそうに』


「あの子の指は、俺たちを向いてるけどな」


『…………』


 あまりにも悍ましいこの姿に、あの子は失神してしまったと言ったところだろうか。もしくは、俺には気づかないだけで、漂う漆黒の粒子には、理性を吹き飛ばしてしまうようなものがあるのか。


 と。


 轟音が頭上を通り過ぎていく。気が付いて天を仰ぎ見れば、一条の白線が伸びている。その線を追いかければ、衝撃波をまき散らしながら空を滑る戦闘機の姿。その数、五機。花のように分かれた機体は、ぐるりと怪獣の周囲を旋回し始める。


「自衛隊……」


「ふむ。お手並み拝見といったところか」


「協力して――」


「おぬしがそう言うのならば別に止めはせぬが、やめといたほうがいいと思うがの」


 ラヴちゃんのあざけるような言葉は無視して、俺は怪獣へと駆け出す。


 いつもとは違う体。通常時よりも巨大化しており、しかも禍々しい力に包まれているあっという間に怪獣が近づいてくる。人間だった俺の目測はあてにならない。


 グレンマがこっちを向く。口には炎――俺を魂まで焦がしつくしたであろう灼熱が、今にも噴き出さんとうごめていた。


 俺は地面を蹴って横へ飛ぶ。


 次の瞬間、さっきまでいた場所を炎のムチが叩く。めくれ上がっていたアスファルトがぐじゅぐじゅに融け、ケミカルな焦げ臭い煙が上がった。


「あっつ!?」


『あやつは火炎攻撃を得意としているようじゃの』


「見ればわかる! 何か武器は――」


 未だに見慣れない巨体をいろいろまさぐってみるが、ポーチもなければ背中にサーベルも突き刺さっていない。何も持ってはいない――いや。


 俺は、手にしていたケイオスシーカーを、眼前に掲げる。アスファルトを焦がす炎の揺らめく光を受けて、赤い光を怪しく返す刀身。その中から少女の戸惑ったような声が聞こえてくる。


『な、なんじゃ。じっと見つめてきよってからに。まさか、これであやつをぶん殴るとか言うんじゃないよな……?』


「そのまさかだよっ!」


 手にしていたケイオスシーカーも俺と同じように巨大化している。バスほどの大きさのそれは、ビルと同じくらいの今の俺にぴったりの武器。何度か振ってみたが、バットみたいで申し分ない。


 振るたびに少女の声が直接響いてくるのがちょっと気になるが。


『今すぐやめろ! 即刻辞めろ!!』


「しょうがないだろっ。じゃあほかに武器を出してくれよ」


 そう言ったら、少女の声がぴたりとやんだ。かと思えばギリギリと歯ぎしりのような感情が手をつたって頭へ流れ込んでくる。


『……今は無理じゃ』


 ラヴちゃんの言葉には何かひっかかるものがあった。この後ならできるみたいな。


 だが、ないものねだりをしたってしょうがない。


 それに、それ以上考えることはできなかった。


 目の前の怪獣が地を這うように俺めがけて突進してきた。


『ええい、来るぞ!』


 アスファルトの塊を巻き上げながら、低い姿勢で突っ込んでくグレンマ。そいつをジャンプして回避。だが、思いのほか、高く跳びすぎてしまった。


「うわぁ!?」


『自分でやっておいて驚くやつがあるかっ』


「こんな高く跳べるなんて思わなかったんだ!」


 空中でバタついても、空を飛べるなんてことはない。背中のコウモリ羽根は飾りなのか何なのか。数秒間ふわりとした感覚に襲われた俺は、やっとのことで着地……したつもりだったが、勢いあまって前へつんのめる。


「わっとっとと」


 サッと振り返れば、巌のような怪獣の頭が眼前に迫っていた。


 頭突きが俺の腹に突き刺さる。大砲のような音ともに、鈍い痛みが腹から全身へと風呂がっていく。反射的に、胃のあたり――そういう器官がこいつにもあるかは知らないが――から何かがこみあげてきて、こらえきれずに吐き出す。


 びしゃびしゃ口からこぼれるのは、緑色の液体。


 ヒトのものとは思えない、だが同時に、それが今の俺の血液なんだ。


 ビュンと風切り音がして、俺は顔を上げる。怪獣が巨体を時計のように回転させている。


 ぶおん。


 質量を感じさせる圧縮された空気が、左の方からやってくる。ハンマーのようなしっぽが視界の端から、俺のわき腹をえぐろうとしているのが見えた。


 まずい――。


 回避する余裕もなく、ケイオスシーカーで受け止める。……受け止めたつもりだった。


 骨が砕ける音がした。


 骨だけではなく肉までもが怪獣の凶悪な尾によってつぶされていく。そんな感覚が剣越しだというのに、はっきりとこの体を駆け巡っていった。


 息つく暇もなく、ビルへと叩きつけられ、ガラス片が塵のように舞う。


 俺は、呼吸することもままならず、その場へと倒れた。


 体に力が入らない。動けと念じても、激痛に震えるばかりで立ち上がれもしない。


『く、なんて馬鹿力なのじゃ……』


 やられる。


 せっかく生き返らせてもらって、戦う力を得たというのに、また死んでしまうのか。


 空を翼をもった機械が通り過ぎていく。そのエンジン音とともに、バラバラバラバラと駆動音がしたかと思えば、怪獣の周りで火花が散る。


 かろうじて顔だけを怪獣の方へと向ければ、俺を踏みつぶそうとしていたヤツが、空を憎らし気に睨みつけていた。


 夜空には線が走っている。戦闘機のものよりもずっと小さなそれは、ゴーッという音ともに怪獣へ向かう。


 戦闘機に劣らない高速の飛翔体は白いミサイル。それは怪獣へ命中すると、爆炎となって山脈のような体を包み込む。


 怪獣の悲鳴。その間も、戦闘機による機関銃のリップロールのような音が響く。


『どうやら』とラヴちゃんが息も絶え絶えに発する。『戦闘機を強敵だと認識したらしいな』


「でも、そのおかげで攻撃されなかった」


 しかし。


 だからといって、事態が好転したわけではない。


 頭の中ではサイレンのようにピーコンピ―コンと音が鳴り響いている。このままではこの体を維持することができない。


 説明されなくてもなんとなくそう思うのは、この化け物と俺とが一体化しているせいに違いなかった。


 何か方法はないのか。この劣勢を覆せるような切り札は。


『ある』


「本当かっ」


「だが、エネルギーを大量に消費する。外せば、二の矢はないどころか、戦うことも困難になるじゃろうな」


 それはつまり、戦う力を失うってこと。


 あの怪獣と戦う存在がいなくなる。


 ラヴちゃんが言わんとしていることを察して、俺はごくりとつばを飲み込んでいた。


 戦闘機はターンを繰り返し、空へと向けられる業火を回避する。その合間を縫って、鋼鉄の弾丸と純白のミサイルとが怪獣へと放たれたが、大した効果はあげられていない。それどころか、戦闘機は一機また一機と、怪獣の炎に巻かれて、撃墜されていく……。


 このままでは、街は怪獣によってメチャクチャにされてしまう。


 俺が助けようとしたあの子だって。


「やるしかないんだ……!」


『そうか、ならば、方法を教えよう』


 脳内に流れ込んできたのは、一連の動き。それは、特撮番組とかよく見る、必殺技ってやつなのかもしれない。


『おいっ黙ってろなのじゃ』


 短くもないモーションなので、覚えるのは苦労しない。それをすれば、めちゃくちゃ強い、それこそ先ほど戦闘機が発射したミサイルなんか比べられないほどの威力を秘めた光線が飛び出していくこともわかる。


 同時に、途方もないエネルギーを消費するだろうことも予測がついた。ラヴちゃんが忠告したように、一回こっきりの必殺技、必ず殺す気で行かないといけない。


 責任重大だ。


 だが、俺にしかできないこと。


 俺がしないと、この街の人々の命はない。


 そう思うと、胸の奥からカッと熱いものがこみあげてくる。それは血管に沿って流れていくように、全身へと満ち満ちていった。


 体が動く。震えは止まらなかったし、痛みはあったが、体は言うことを聞いてくれそうだった。


 怪獣も、倒れ伏していた俺の方には意識を向けておらず、天から銃弾の雨を降らせている目障りなトンボたちへと唸り声をあげている。


 俺は地面に手をつき、ケイオスシーカーを杖代わりにして何とか立ち上がる。体がふらつく。今にも意識は飛んでしまいそうだ。


 手の力はほとんどないぷるぷると震えて、手の中からケイオスシーカーがこぼれ落ちる。俺は拾い上げることができなかった。しゃがみ込んでしまえば、二度と立ち上がれないような気がした。


 やっとのことで直立し、左手を腰の右側へ伸ばす。そこから、ゆっくりと半円を描くように左手を胸の前まで動かす。


 手の軌道に合わせて、赤い粒子が線を描く。段々と光を増す線は身の毛がよだつ赤い三日月のよう。


 目の前では、グレンマが俺の方を向き直り、やれやれとばかりに鼻を鳴らしていた。今更逃げることはできない。


 左腕が胸の前へ来たところで、縦に起こす。こぶしが天を貫くよう直角に。肘か握り締めたこぶしにかけて、赤い粒子がまとい、ドクンドクンと脈動する。その時を待っている。


 グレンマの口が大きく開かれる。俺をあの炎で今度こそ、跡形もなく消し去るつもりなのだろう。


 右手のこぶしを左手首へ叩きつける。


 瞬間。


 両腕からΓの形をした深紅のビームが怪獣めがけてまっすぐ伸びていく。ドクドクと脈打ちプロミネンスのように粒子を噴き上げる光線は、禍々しくもどこか美しい。


 空気を震わせ、アスファルトをめくりあげ、割れた窓ガラスを木っ端みじんにしながら直進する光が怪獣を串刺しにする。

 その体が、びたんびたんと痙攣し、止まる。


 そして、爆発した。


 大きな大きな爆音。そして、爆炎と煙は一瞬にして膨れ上がり、あたりをちり芥で包み込むのだった。


★★★


 ケイオスシーカーから宝石を取りだせば、目線が低くなっていく。


 ビルよりも大きかった俺の体が縮んでいるのだ。


 半壊したビルの窓に映る異形の存在もまた小さくなっていって、それにつれて、冒涜的な感じとか嫌悪感も和らいでいった。


 みょんみょんと縮んで、俺が表れる。


 正真正銘、俺の体。


「俺だ……。俺、生きてるんだ」


 あの怪獣にやられたときは、死んだかと思った。だが、今、俺はこうして地に足をつけている。それどころか、怪獣を撃破した。


 そう思うと不思議とおかしくなってきて、俺は笑いだしていた。


「気でも触れたのか」


 隣で呆れたような声がした。見れば、いつの間にかラヴちゃんがそこには立っていた。


「かもしれない。あんなことはじめてしたから」


「そりゃあよかった。これからは同じようなことをしてもらうからな」


「えっと、それは何かの冗談」


 ラヴちゃんを見れば、悪魔のような笑みを浮かべて、俺を見つめ返してきた。


「冗談なわけがあるか。おぬしを生き返えらせるためにどれほど骨を折ったと思う。童のために馬車馬のごとく働いてもらうつもりだからそのつもりで」


「だ、だが、あんな怪物、そう多くは――」


「それが、大量に生まれたのじゃ。十や二十じゃきかない数な」


「えっ!?」


「じゃからの、おぬしには仕事があるというわけじゃ」


 ――おぬしは人々を守ることができるからよいではないか。


 いつの間にか耳元までやってきていたラヴちゃんが精いっぱいの背伸びをして、俺の耳元でそう囁いた。


 俺が呆然としている間に、ラヴちゃは邪悪な存在みたいな笑い声を上げて、黒煙と炎に包まれた街へと消えていった。

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