第四章 自然の摂理 3.痕跡 --13年6ヶ月経過--
国道246号線、いわゆるニーヨンロクを使って西に移動している。市街地は事故車が多いが、自転車を押して歩く分にはそれほど問題にはならない。むしろ、草だらけで足下がよく見えないから、そっちの方が問題だ。一歩一歩慎重に歩く。
ニーヨンロクに入ってすぐ、食料調達のためスーパーマーケットに入ってみると…… 違和感を感じた。
自動ドアが半開きだ。
今まで数多くのスーパーに入ったが、自動ドアは大概全開か、全閉だ。たまに半開きになっているところもあるが、そういうところは物か被災者さんが挟まっている。
だが、ココは何も挟まっていないのに中途半端な開き方だ。
違和感は店内にもあった。イートインコーナーにカセットガスコンロとカップ麺の空きカップがあった。他にもゴミが少々散らばっていた。
空きカップやゴミは珍しくないが、電気ポットが備え付けられているのにカセットガスコンロとやかんを使うか?
停電になってから誰かがお湯を沸かしてカップ麺を食べたのかも?
気にはなったが、深入りせずに道中を続けていると、時々同じような違和感を感じる店があった。
そして、ニーヨンロクに入って20kmぐらい。大々的に荒らされている店を見つけた。
カップ麺と缶詰の棚がずいぶんと空いている。コーンフレークとかお菓子の量もかなり少ない気がする。ペットボトル飲料も。
発注ミスとか普通に売れたんで少ない可能性もあるが…… 値札は普通だな。特売じゃない。
そしたら食べかすを見つけた。空いたカップ麺の容器、レトルト食品の容器、空のペットボトル、空き缶。量が半端ない。被災前の営業中にこんなに散らかすわけがない。さすがに不自然だわ。
さらにカセットガスの空き缶の量。肉とかタレの実演販売やってたとも思えない。
その周囲の店も調査してみた。スーパーマーケット、コンビニエンスストア、ホームセンター、個人商店などなど。
明らかに破壊された扉もあった。被災前に壊れたとか、台風で飛ばされてきたものがぶつかって壊れたとか、そんな感じじゃないんだよな。鍵の近くが小さく壊れているとか、俺が建物に侵入するときと同じ感じだ。
間違いなく居たな。生き残り。
俺はその街に3日滞在した。誰かに出くわすんじゃないかと、期待と不安を抱いて慎重に街を探索した。
そして結論を出した。
確かに被災を免れて意識を保っていた人がいた。1人か複数人かは解らないが。
その人、達? は自炊をしないようだ。インスタント食品とか缶詰はなくなっているが、米とか調味料はたくさんある。
そしてそいつ(ら)は、もうココには居ない。どこかに行ったようだ。
ココに居た期間はそんなに長期間じゃないだろう。早い時期、多分被災後1ヶ月とか数ヶ月ぐらいだ。他の生き残りを探すとか、住みやすい場所を探すとか、そういう目的で旅に出たのかも知れない。
ココが出発点なのか、長めに滞在した中継点なのかは解らないが、生き残った奴(ら)はニーヨンロクを使って都心に行ったんじゃないかな?
俺は多摩から南下してきてニーヨンロクを途中から西へ歩いているが、生き残りの奴はきっと東へ、都心まで行ったんだろうな。
逆って可能性もあるか?
明らかなことは、あの意識を失う災害を免れたのは、俺1人じゃなかったってことだ。
もし、都心に向かうのが自然な考えだとしたら、関東地方にいるかもしれない他の生き残りもみんな都心に向かうんだろうか?
都心に向かったらそいつらと合流するんだろうか?
確かめるか?
いや、被災直後ならまだしも、あの震災の後だ。生き残りが集まっていたとしたら関東大震災に巻き込まれてるんじゃないかな? あれからもうすぐ4年だ。
都心行きは却下だ。さらに西に行く。
その街を離れると、荒らされていたり、違和感を感じる店はなくなった。やっぱり、生き残りはあの街からニーヨンロクを使ったんだろうな。逆ならば、あの街辺りで道を変えて山か海に行ったかも。あるいは悲観してどうにかなってるかも知れんがな。
小田原に着いた。小田原は草木に埋もれつつあるが、まだ人類の遺産がたくさん残っている。この先、伊豆に拠点を築いた後も、時々小田原に遠征して物資を調達しようと思う。
そんなわけで小田原に1ヶ月ほど滞在した。公民館とか商店街で見つけたローカル情報を基にして地域を探索した。そして、書店で手に入れた詳細地図に、使える物資がある場所を書き込んでいく。
観光ガイドは役に立たなかったな。グルメ情報とか、まったく。食べられる加工食品なんて残ってない。
ショッピングモールとホームセンターがあるので、衣類や日用品などはまだまだ使えるものは手に入りそうだ。ホームセンターは多摩で住んでいたところの系列だ。なんとなく懐かしい。
そうそう。小田原の店はどこも荒らされていなかった。あの街にいた奴はこっちには来なかったんだな。やっぱり都心都心方面に行ったんだろうか?
書店に入って無線雑誌の広告を調べて、周囲のアマチュア無線専門店に行った。そして、久しぶりに144MHz帯と430MHz帯のハンディ無線機を手に入れた。あと、アンテナとかバッテリーとかも。
俺の他にも生き残りがいる可能性がある。最近は誰もいないと思い込んでまったくエアチェックしていなかったが、改めて実施する必要がある。
他の生き残りと合流するため、じゃない。避けるためだ。
俺は今の暮らしが気に入っている。誰もいない1人の世界。もう10年以上だ。
義務もない。世間体もない。ストレスもない。
不安と言えば不安だが、他人との関係を構築したり維持したりする必要が無いっていうことがとても楽だ。
この環境を維持するために、人の活動を探知したい。
アマチュア無線を使う人が居るかどうかは解らないが、改造して警察や消防、自衛隊の通信もチェックしていれば結構探知できると思う。
ま、ホントに生き残りがいれば、だがな。
俺みたいな筋金入りの負け組でひねくれ者はそうそう居ないだろう。並の人間ならとっくに悲観して……
やっと伊豆に着いた。
真鶴とか湯河原辺りでも良さそうだったけど、せっかくだから温泉で有名な熱海まで来た。何がせっかくなのかな?
生活拠点はまたホームセンターにした。ホームセンターというか、ショッピングモールというか、雑多な感じだが便利だ。
津波とか崖崩れとかが怖いんで、役所にあったハザードマップを参考にして、高台の地盤が安定していそうな店舗を寝床にした。店内にはまだまだ使えるものがある。
ホームセンターの一角を大掃除して、寝床を作った。布団や衣類を調達して消毒して虫干しした。
非常用の太陽光発電パネルと蓄電池はまだ使える。蓄電池の方は経年劣化で容量が減っているが、太陽光発電パネルは未使用だったからか、発電量は十分だ。他の店舗からも調達して、ちょっとした家電は使えている。
音楽を聴いたり、ポータブルDVDを見たり、少量のお湯を沸かすとか。昔やったグランピング風サバイバルのようにはいかないがな。
バリカンで髪の毛を刈って、シェーバーでヒゲを剃って、温泉で身を清めて、新しい服に着替えたら心機一転。ホームレスから、一見まともな人間に変身だ。
念願の温泉だが、温泉宿とか公衆浴場は設備が止まって全く使えない。直し方も解らない。
だが、街の中には自然に噴出している源泉があった。観光案内に『枯れた』と書かれていた間欠泉跡地に行ってみると、なぜか勢いよく温泉が噴出していた。どこの源泉も湯量が増えているみたいだ。人が汲み上げなくなって10年以上経つて地下水が増えたってことかな。
そんなわけで、源泉の近くに湯船を作ってお湯を張り、程よい温度に冷めるのを待って入浴している。街中でフルオープンだ。
さすがに家にしているホームセンターまで温泉を引くことはできないが、時々、って言うかほぼ毎日通って入浴している。満足だ。
近くの農家で井戸を見つけた。そのまま飲むのは危ないが、浄水器と煮沸で大丈夫だろう。台車にポリタンクを積んで、時々汲みに行っている。
海岸近くに釣りのための拠点を作った。と言っても元釣具店だ。道具の保管と補充、手入れをする。この裏手には山が迫っていて、階段があるから津波が来ても早めに気がつけばすぐに高台に上がれる。なかなかの好立地だ。
道具と言えば釣り糸はすごいぞ。全然劣化していない。流石は環境破壊の第一人者だ。
釣りの腕前は大分上がった。釣具店のDVDを見て、海釣りの基本をマスターした。
高給な刃物店から高そうな包丁を調達して魚をさばいて、たき火や炭火で焼いて食べてる。美味いよね、これは。
でも、アニサキスが怖いから刺身は食べてない。
海に入って、貝とかウニとかも採っている。残念ながらエビとカニは食べられそうな奴がいないんだよね。皆ちっちゃくてさ。
イカとタコはいる。いるんだけど、上手く捕まえられない。蛸壺とか作ったら採れるんだろうか? 要研究。
陸の上も探すと元果樹園がある。
「来年も実ってくれますように」
って、声かけながら、少しずつ採取している。
だけど、うっかりしていた。熱海には畑が無い。田んぼもない。家庭菜園の跡が少しあるだけだ。
豆類と芋類もない。思ったより偏ってるな。豆は結構保つから、状態が良いスーパーに行けばなんとかなるな。米も玄米なら古くても食べられるだろう。
でも、秋になったら遠征して米、豆、芋を確保しなきゃ。来年は芋と大豆の栽培でもするか。
毎日毎日、食料探しばかりだが、これはこれで楽しいな。もう車に乗るとかいう楽しみはできないから、野山を歩いたり、海に行ったりして食料調達そのものを楽しむしかない。
雨が降ったら読書とか音楽鑑賞ぐらいしかやることがない。晴耕雨読っていうか、晴採雨読って感じだな。
やっぱり嫌いじゃないんだよな。俺。こういう生活。
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