第55話 王家主催の社交界に出席しました

「く、苦しいです! もう勘弁してください!」

「あらあら~、もう少し締められそうですよ。我慢してくださいね」

「いやあああーー!」


 王家主催の社交界当日。ジュエルソープ店からは陽葵ひまりの悲鳴が響き渡っていた。


 陽葵を苦しめているのは、ウエストを締めるためのコルセット。この国では、ウエストは細ければ細いほど美しいと信じられているようで、陽葵は内臓が圧迫されるほどに締め上げられていた。


 コルセットを締めているのは、ジュエルソープ店の店主カリンだ。カリンはどこか楽しそうに、ぎゅうぎゅうとコルセットを締め付けていた。


 フラフラになりながらも、次はドレスを持たされる。


「では、こちらを着てくださいね。明るいヒマリさんのイメージにぴったりなイエロ―のドレスをご用意いたしました」

「ふぁ、ふぁい……」


 陽葵は促されるままに裾の広がったイエローのドレスに袖を通した。その一方で、既に仕度を終えた面々は陽葵の惨状を眺めていた。


「あんなんで大丈夫か? 社交界でぶっ倒れでもしたら大騒ぎになるぞ?」

「ヒマリさん……苦しそうですね……」

「あまりに苦しそうだったら私が緩めてあげますの」


 ティナ、リリー、ロミの三人はテーブルを囲みながらこそっと打ち合わせをしていた。三人とも社交界にふさわしい華やかなドレスをまとっている。


 ティナが着ているのは夜空を思わせるような濃紺のドレス。落ち着きのある色合いがクールなティナの雰囲気によく似合っていた。


 リリーは淡いグリーンを基調としたドレス、ロミはオレンジを基調としたドレスを着ている。


 この二人までめかし込んでいるいる理由は他でもない。社交会には陽葵とティナだけでなく、コスメ工房の仲間たちも招待されているからだ。


 聞く所によると、ドラゴン再封印の功績を称えて勇者御一行も招待されているらしい。つまり、会場に行けば聖女ルナにも会えるということだ。ついでに勇者ネロにも。


 コスメ工房の仲間とお得意さんが大集結する一大イベントにも関わらず、陽葵は開始前からグロッキーになっていた。すべてはコルセットのせいで。


「ティ、ティナちゃん、助けて~」


 なんとかドレスに着替えた陽葵が、ティナに助けを求める。その姿がよほど哀れだったのか、ティナはカリンにはバレない小さな声で呪文を唱えた。


「パラドゥンドロン」


 その瞬間、ウエストの圧迫から解放させて楽になった。


「おお! 楽になった。何をしたの?」

「コルセットを少し緩めただけだ」


 至って単純な方法で助けてくれた。


「そんなの魔法を使うまでもないですの」


 さっそくロミにツッコまれていたが、ティナは何も聞こえないふりをしていた。


「ヒマリさーん。まだお支度は終わっていないですよー」


 途中で逃げ出した陽葵を、奥の部屋から呼ぶカリン。その声で慌ててカリンのもとへ戻った。


 ジュエルソープ店で支度をしているのは、カリンにドレスを着せてもらうためだ。社交界に出席するとなれば、それなりの格好をしていかなければならない。


 ドレスを持っていない陽葵がロミに相談したところ、カリンに相談してみたらどうかと提案された。カリンは町のドレスショップのオーナーと親しいこともあり、社交界当日にドレスを貸し出してくれるように手配してくれた。


 そうした事情から、社交界が始まる前にジュエルソープ店に立ち寄ってドレスを着せてもらっていた。


 最終チェックを終えると、陽葵はようやく解放される。どっと疲れながら待っていた三人と合流した。


 ドレスに着替えた四人を眺めながら、カリンはふわりと表情を和らげた。


「みなさんとても可愛らしいですね! まるで色とりどりの花のよう」

「そ、そうでしょうか?」

「ええ。みなさん、社交界を楽しんできてくださいね」


 四人はカリンに見送られながら王宮へと向かった。


~*~*~


 王宮に到着すると煌びやかな衣装をまとった紳士淑女で溢れ返っていた。社交界に初めて参加する陽葵は、その時点で緊張が走る。


「こ、これ、私達、場違いなんじゃ……」


 王家主催の社交界なんて明らかに貴族の集いだ。一介の商人が足を踏み入れて良い場所ではない。気おくれする陽葵だったが、ほかの面々も似たような反応だ。


「お、落ち着け。私達は招待されてここにいるんだから堂々としていればいい」

「魔女様……。手が震えていますよ……」

「み、皆さん、きょろきょろするのはやめましょう。浮いてしまいますよ」


 緊張しているのは自分だけではない。そう分かった瞬間、肩の力が抜けた。


 煌びやかなホールに足を踏み入れると、再び緊張が走る。四人は小さく密集しながら、壁際でひっそりと佇んでいた。


 華やかな空気はどうにも落ち着かない。ソワソワしていると、見知った人物を発見した。


「ルナさん!」


 ホールの中央には、ラベンダーカラーのドレスをまとったルナがいた。和やかに談笑していたルナだったが、陽葵の声を聞いて話を中断した。そのままふわりと花が綻ぶような笑顔でこちらに近寄ってくる。


「あら、コスメ工房の」


 ルナが「コスメ工房」と口にした直後、周囲にいたご令嬢たちの目の色が変わった。こちらを見ながらひそひそと会話をしている。


「コスメ工房ですって?」

「まさかあの?」

「嘘、こちらにいらしてるの?」


 一斉に注目されて陽葵は縮こまる。


(もしかして、平民が紛れていることが知られて気を悪くしたんじゃ……)


 不安に駆られているうちに、四人はあっという間にご令嬢たちに囲まれてしまった。つまみ出されるっ……と身構えていたところ、彼女たちは陽葵の想像とはまったく異なる反応をした。


「コスメ工房の化粧品、いつも使わせてもらっているわ」

「私もよ、いつもメイドに買ってきてもらっているの」

「こうして開発者とお会いできるなんて光栄だわ」


 ご令嬢たちは尊敬の眼差しを向けている。そこには陽葵たちを排除しようとする意志は一切に滲んでいなかった。


「も、もしかして、うちの化粧品をご愛用いただいているんですか?」


 おずおずと尋ねると、ご令嬢たちは一斉に頷いた。


「ええ、ラバンダ化粧水はいつも使っているわ。使い始めてから肌が綺麗になったのよ」


「私はクリームファンデーションを使っているわ。そばかすを隠せるようになったおかげでこうして社交界にも堂々と参加できているの」


「私なんて口紅を塗って社交界に出席したら、意中の殿方から婚約を申し込まれたのよ」


 幸せの報告が次々と寄せられる。そのきっかけにあったのは、コスメ工房で開発した化粧品だった。コスメ工房の化粧品が役に立っていることを知り、胸の内が熱くなった。


「おい、大丈夫か?」


 黙り込む陽葵を見かねて、ティナが心配そうに肩を叩く。陽葵は泣きそうになるのをグッと堪えながら笑顔を浮かべた。


「ティナちゃん、私ね、いまとっても嬉しいの。自分のやってきたことが、たくさんの人の役に立っていたなんて、これほどまでに嬉しいことはないよ」


 もとの世界にいた頃は、誰かの役に立っている実感なんてなかった。だけどいまは違う。異世界で化粧品を開発したことで、たくさんの女性たちに笑顔と勇気を与えられた。


 こんな自分でも誰かの役に立てると思えたことは自信に繋がった。


「みんなの役に立てて良かった」


 陽葵の言葉を聞いたティナは、フッと息をつきながら頬を緩める。


「ああ、そうだな」


~*~*~


 その後、陽葵とティナは国王陛下から感謝状を頂いた。大勢の注目を集めながら表彰されるのはとても緊張したが、何とか失礼のないように事を済ませられた。


 国王陛下と目が合ったときに、目尻に深いしわを刻みながら「よく頑張ったね」と砕けた口調で激励されたのが印象的だった。こんなことを思っては失礼だが、お爺ちゃんに褒められたような気分だった。


 拍手喝采に包まれた後、ホール全体に弦楽器の音が響き渡る。すると紳士淑女は手を取り合って会場の中央に躍り出た。


「何が始まるの?」


 陽葵が周囲の様子を伺いながらソワソワしていると、隣にいたルナが教えてくれた。


「ダンスが始まるんですよ」

「ダンス!?」


 おとぎ話で登場するシチュエーションが目の前で始まると知ってワクワクした。するとルナの隣にいたネロが跪き、手を差し伸べた。


「ルナ、どうか僕と踊ってくれませんか?」


 ダンスのお誘いをしているようだ。ルナはその手を迷わず取る。


「ええ、喜んで」


 難なく受け入れてもらえたことで、ネロは安堵したように息をついた。その直後、陽葵を見て勝ち誇ったように笑ったのも見逃さなかった。


(さすがに横取りはしないよ)


 ネロの背中を眺めながら、陽葵はフフっと小さく笑った。


 次々とペアが出来ていく中、ティナはそろりそろりとホールの隅へと移動していく。なんだか居心地が悪そうだ。そんなティナの手を陽葵が捕まえた。


「ティナちゃん! 一緒に踊ろう!」


 にっこり笑ってお誘いすると、ティナは不思議なものを見るように目を丸くした。


「踊るって、私とか?」

「うん」

「私はダンスなんて踊れないぞ」

「私も踊れないから大丈夫」

「それ、全然大丈夫じゃない」

「こういうのって、曲に合わせてクルクル回っていればなんとかなるでしょ。邪魔にならないように隅で踊っていれば平気だって。行こっ!」


 陽葵はティナの手を引きながら輪の中に飛び込んだ。


 ワルツの音色に合わせて二人は踊る。見よう見まねで踊っているものだから優雅さとはほど多い。


 相手の足を踏んだのも、ドレスの裾を踏んだのも、一度や二度ではない。それでも二人は、手を取り合って楽しそうに踊っていた。

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