第18話 日焼け止めクリームを作りましょう
リリーの案内のもと、
入口の扉にかけられた看板を見ると、既にクローズの文字に切り替わっている。随分長い間ほっつき歩いていたせいで、店じまいの時間になってしまったらしい。
チリンチリンという鈴の音と共に扉を開けると、ぐったりしたようなティナの声が聞こえた。
「きょ、今日はもう店じまいで……」
お疲れ気味のティナだったが、陽葵の姿を見た途端、カッと目を見開いた。
「おいヒマリ! 店をほったらかしにしてどこをほっつき歩いていた! 私一人で大変だったんだからな」
「あははー、ごめん、ごめん。原料調査をしていたら、森で迷子になっちゃって」
「迷子って、子供じゃないんだから」
「そんなことよりさ、私エルフちゃんを見つけたんだよ!」
陽葵はリリーの手首を掴んで引き寄せる。その瞬間、リリーは「ひゃうっ!」と悲鳴を上げた。
その光景を見たティナは、ギョッとしたように陽葵を凝視する。
「お、お前まさか……エルフ狩りをしたわけじゃ……」
「エルフ狩り?」
陽葵は不思議そうに首を傾げる。手首を掴まれた状態のリリーは怯えたように、陽葵とティナを交互に見た。その反応でティナの疑惑が確信に変わった。
「いますぐ森に返してこい!」
「返してこいって、そんな捨て犬みたいに……」
「エルフなんてうちじゃ面倒見切れない!」
「そんなぁ。私ちゃんとお世話するよ? お散歩だって連れてくし」
「そんなの最初だけだろ!」
「あ……あの、私、お散歩とかは自分で……」
「だいたいお前、エルフが何年生きると思ってるんだ? 2000年以上生きるんだぞ? 面倒見切れないだろ!」
「2000年!? すごーい、ティナちゃんより長生きじゃん。ちなみにリリーちゃんはいまいくつ?」
「え……えーっと、150歳です」
「まだ若いじゃん。ティナちゃんよりも若い」
「いちいち私と比べるな!」
激しい言い合いで、ティナはぜいぜいと息を切らす。そんな様子を陽葵は面白そうに眺め、リリーはおろおろと見守っていた。
「冗談はさておき、リリーちゃんにはここまでの道案内をしてもらっただけだよ」
「道案内?」
ティナがギロっとリリーに視線を送ると、リリーは怯えながらもコクコクと頷いた。
「ヒマリさんの言う通りです……。私はエルフ狩りに遭ったわけじゃなくて……」
「まあ、可愛いから攫っちゃいたくなる気持ちも分かるけどね」
「ひえっ!」
「おい!」
「冗談だって」
リリーから怯えたような視線、ティナから咎められるような視線を受けるも、陽葵はへらっと軽く笑って受け流した。
「あとはさ、ここまで案内してくれたリリーちゃんに日焼け止めクリームをプレゼントしてあげたいなって」
「日焼け止めクリーム?」
聞きなれない言葉にティナは眉を顰める。そこで陽葵は、日焼け止めクリームの役割を伝えた。
「日焼け止めクリームはね、紫外線から肌を守る化粧品だよ」
「紫外線ってなんだ?」
「あー、そこからかぁ。紫外線っていうのは、ざっくり言うと太陽の光のことだよ」
それから陽葵は二人にも理解してもらえるように、紙と筆を使って説明をした。
「太陽光は波長の長さによって、紫外線、可視光線、赤外線に別れるんだけど、その中でも注意しないといけないのが紫外線。紫外線を長時間浴び続けると、肌にダメージを与えるんだよ」
「太陽の光が毒ってことか? そんなわけないだろ」
「もちろん悪影響ばかりじゃないよ。紫外線を浴びることでビタミンDっていう身体に必要な成分も生成されるからね。だけど、紫外線を長時間浴びると、肌が赤くなってピリピリしたり、黒くなったりするんだ。この状態を日焼けっていうの。ほら、こんな風に」
「え……え……?」
陽葵はリリーの腕を引っ張り、ティナの前に差し出す。そのままワンピースから肩口をぺろんとめくって露出させた。
「な……何を……!」
「ほら、赤くなってるでしょ?」
肩のみならず、顔まで真っ赤にするリリーとは裏腹に、陽葵は何食わぬ顔で日焼けした肌をティナに見せた。
「本当だ。炎症を起こしたように赤くなってるな」
ティナからもまじまじと肌を見られると、リリーはさらに顔を赤くした。
「や、やめてください!」
リリーはワンピースを正しながら、二人から距離を置いた。そこでようやく、非礼を働いたことに気付く。
「ごめん、リリーちゃん。ティナちゃんに日焼けの状態を知ってもらいたかったから協力してもらっただけなの。別にセクハラしようってわけじゃないから」
「せく……はら?」
「あー……分からないならいいや。忘れてー」
この世界にはセクハラの概念もないらしい。それなら訴えられる心配もなさそうだ。陽葵は都合のいいことまで知ってしまった。
「とにかく、日焼けしている状態だとピリピリして痛いだろうし、そのまま浴び続けたらシミとかしわとか肌の老化を引き起こすの。だから、紫外線から肌を守る化粧品を作ろうってわけ」
「なるほど、理屈は理解した」
ティナも陽葵が何をやりたいのか理解してくれたようだ。相変わらず理解が早くて助かる。
「よーし、さっそく日焼け止めクリームを作ろう!」
「いまから作るのか?」
「善は急げだよ! 明日だって私たちは紫外線に晒されるんだから、一日でも早く作って肌を守ろう」
陽葵はガッツポーズを浮かべながら意気込む。その姿を見て、ティナはやれやれと頭を抱えた。
~*~*~
「日焼け止めクリームを作るったって、どうやって作るつもりなんだ?」
陽葵たちはアトリエに移動した。ティナな訝し気に腕を組み、リリーは部屋の隅でオロオロと視線を巡らせている。
そんな二人を見つめながら、陽葵はフフフっと得意げに笑いながら伝えた。
「日焼け止めクリームの基本的な作り方は、この前作った乳液とほとんど同じなんだよ。そこに紫外線を吸収したり散乱させたりする粉を入れるイメージかな」
「ほう、そんな粉がどこに……」
何気なく尋ねたティナだったが、陽葵からのじーっと圧のある視線を向けられて意図を察した。
「魔法でどうにかしろということだな」
「さっすがティナちゃん、話が早い」
本来日焼け止めクリームには、二酸化チタンや酸化亜鉛を配合する。それらは化粧品原料では紫外線散乱剤と呼ばれており、紫外線を反射させる働きがある。
紫外線散乱剤と同じ働きをする成分を乳液に混ぜれば、日焼け止めクリームが完成するというのが陽葵の推測だった。
「ティナちゃんの魔法で紫外線を反射させることってできるかな?」
「まあ、できないこともないが、乳液そのものに魔法をかけるとなると大掛かりになるから、何か媒介するものがあるといいんだが……」
ティナは腕組みをして考える。アイディアの種になればと、陽葵は口を挟む。
「紫外線散乱剤は細かい粉だから、同じようなものが作れればいいんだけどー……」
「ああ、それなら良いものがある」
ティナは何かを思い出したかのようにアトリエにある棚を漁る。植物の入った瓶をかき分けながらごそごそと漁ると、大きな瓶を取り出した。その中には、細かなベージュ色の粉が入っている。
「それなあに?」
「星の砂だ」
「星の砂? 空に輝く星の?」
「本物の星の砂というわけではない。ここから遥か東にある砂漠で採れる砂だ。特定の地域で取れる魔力の籠った砂を星の砂と呼んでいる」
「へー! 砂漠なんてあるんだー」
この世界がどれくらい広いのかは分からないが、遥か遠くに砂漠が広がっているほどのスケールはあるらしい。この世界の地理にも興味が湧いてきたが、いまは地理のお勉強をしている場合ではない。ひとまずは日焼け止めクリーム作りに集中することにした。
ティナはベージュ色の砂を匙で取り出しながら説明する。
「星の砂だったら少量の魔力を宿すだけでも効果が現れる。その昔、冒険者は星の砂に魔法をかけてもらってから旅に出たそうだからな」
「へー、どんな魔法をかけてもらったんだろう?」
「無事に故郷に帰れるように、だ」
その話を聞いて、きゅんと胸の奥が切なくなる。
「それは一番叶えたい願いだね」
「ああ、昔はいまほど平和な世界じゃなかったからな。冒険に出ても無事に故郷に帰れる保証はない。だから魔法をかけて冒険者の無事を祈っていたんだろう。まあ、永久に続く魔法ではないから、効力が切れた頃にはただの願掛けみたいなものになるけどな」
「そうだったんだぁ……」
そういえばティナからは、かつてはこの世界にも魔王がいたと聞かされた。きっとその頃の話なのだろう。
「平和な時代になってよかったね」
目を細めながらしみじみと感想を漏らすと、ティナはフッと小さく笑った。
「まあ、それも勇者様のおかげだな」
「あ、やっぱり勇者が居たんだ」
「ああ、とっくの昔に死んだみたいだけどな」
「そっかぁ……」
勇者が現れて魔王を討伐する。そんなファンタジー小説の王道のような物語がこの世界にもあったのかと感心してしまった。よもやその勇者は異世界転移者だったのでは……とも勘ぐってしまう。
「まさかね」
そんな都合のいい話はないかと、陽葵は笑った。
この世界の歴史にも興味が湧いたが、いまは歴史のお勉強をしている場合でもない。再び日焼け止めクリーム作りに集中した。
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