第12話 勉強会
太陽の光も弱弱しく感じる11月下旬、放課後の教室にはシャーペンの音と小声で教えあう生徒の声だけが響いていた。
来週から期末テストということで、多くの生徒が放課後も残って勉強を続けている。
勉強グループを組んで得意な人が苦手な人に教えあうという、白石高校の伝統の習慣があり、僕らも川原と隼人と男子3人で勉強グループを作っていた。
理解科目が得意な僕と隼人、文系科目が得意な川原で弱点をカバーしながら、3人とも上位には程遠いが真ん中ぐらいの成績は取れていた。
「光貴、この問題はどうやって解くの?」
「その問題は加法定理を使って、三角関数の合成して……」
僕が川原に数学を教えていると、数学の教科書とノートを持ちながら友加里と紗耶香が近づいてきた。
「ねぇ、光貴。私たちにも数学教えてよ」
「二人とも、いつもはバレー部で勉強グループ作ってなかったけ?」
「うん、そうだけど。みんな数学の授業について行けずに脱落してね、数学だけは他の人に教えてもらおうってことになったの」
「そんなわけで、私たちにも教えてよ。ダメかな?」
断られることを微塵も考えていないような目で、紗耶香は下唇に人差し指を当てながら僕を見つめている。
紗耶香と一緒に勉強できるなら僕にも異存はない。
他の二人に視線を向けるが、歓迎ムードの笑顔を浮かべていた。
「それで、どこが分からないの?」
「どこって、全部。式を変形したら公式使えるのはわかるけど、変形のやり方がわからない。授業で習ったのはできるけど、数字がかわると全然ダメ」
「私も同じ。両辺をaで割るって、どこからaが出てきたって感じ」
数学が苦手な人特有の目的を理解せずに、過程のみを追っていくタイプだった。
川原も数学が苦手とはいえ、もう少しできる。骨が折れそうな感じだが、その分紗耶香と一緒に勉強できる時間が増えると思うと期待が膨らんだ。
「定期テストなんだから、習った公式のどれかは使うはずだから、使えるように変形していくだけだよ。この場合、この公式を使おうと思ったら、この形にならないといけないから……」
丁寧に計算過程を1行ずつ説明していった。
1行書き進めるたびに、紗耶香の表情を伺ってみる。
眉間にしわを寄せ怪訝だった表情が緩やかになっていくのをみると、理解できているようだ。
「ありがとう。数学得意な人ってそんな風に考えてるだってわかった」
「うんうん、同じ問題は解けるけどちょっと捻られると手が出ないもんね」
二人の尊敬するような眼差しをうけ、僕は心拍数が高まるのを感じた。
◇ ◇ ◇
結局紗耶香と友加里に数学を教えているだけで、今日の勉強会は終わってしまった。テストまであと3日しかないが、まだ古文と地理など文系科目は終わっていない。
それでも、僕の心は焦りよりも紗耶香と一緒に勉強できた喜びの方が勝っていた。
完全下校のチャイムが鳴り、勉強に区切りをつけ下校し始めた生徒で昇降口は混雑していた。
外履きのローファーに履き替えて学校を出ると、日も暮れて真っ暗だった。
「じゃ、私バスだからここで。今日はありがとうね。明日もよろしく」
友加里が手を振りながら、隼人と一緒にバス停の方へと歩いて行った。自転車通学の川原も「バイバイ」と言いながら駐輪所の方へと向かっていった。
「紗耶香は電車?」
「そう、光貴も?」
帰宅部の僕とバレー部の紗耶香、今まで一緒に帰ることはなく知らなかったが同じ方面の電車だった。
二人並んで駅まで向かうことになった。
周りには同じように駅に向かう多くの生徒がいるため、二人っきりという感じはしないが、それでも紗耶香と一緒に帰れるのが嬉しかった。
横断歩道の歩行者用信号が青点滅している。いつもなら走って渡るが、今日は悠然と見送った。
赤信号を前にして、二人並んで信号が変わるのを待った。
「だいぶん、女の子らしくなったね、その右肩にかけているカバンに添えてある左手の感じとかすごく女の子っぽい」
「ありがとう」
「スカートはもう慣れた?」
「ちょっとはね」
僕はこの赤信号がいつまでも変わらないで欲しいと思ったが、無機質な信号は青へと変わり、僕たちは歩き始めた。
ビルの間を抜ける風が冷たい。風が吹き始め思わずマフラーをギュッと締め直した。
「日が暮れると寒いね」
「手袋持ってないの?」
「うん、こんなに寒くなるとは思わなかったから」
紗耶香がそっと僕の左手をとり握ってくれた。手袋越しとはいえ伝わってくる紗耶香の体温が心地よかった。
この時間が一秒でも長続きするようにゆっくりと歩いたが、駅は目の前だった。名残惜しかったが、定期券をとりだすために改札の前で手を離した。
電車の中はピークは過ぎたとはいえまだ座れるほど空いてはおらず、ドアの近くに二人並んで立った。
憧れの紗耶香と二人きり、願ってもいなかったシチュエーションだが、実際になってみると何を話したらよいか分からない。かといって無言のままではいられないので、どうでもいいことが口から出てしまった。
「もうすぐテストだね」
「そうだね」
もう少し気の利いたことが言えない自分が腹立たしい。
「テスト終わったら、打ち上げ行かない?カラオケとかどう?」
「いいね、行こ行こ」
いつもなら冷静さを装うところだったが、紗耶香のいきなりの誘いに動揺した僕は内心を隠すことなく誘いに乗った。
僕の声で男だと気づいた周りの乗客が僕の方に視線を向けたが、気にならないぐらい僕の心は舞い上がっていた。
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