第11話 カフェ

 朝の冷え込みが強いが、体は温かく汗もかき始めている。

 日曜朝の公園は人もまばらで、ジョギングするにはこの時間帯が一番良いと前を走る遥斗は言っていた。


 紗耶香とカフェに行けることを楽しみにしていた僕は、試合は12時からだというのに6時に起きてしまった。

 トイレのため部屋から出たところで、ジョギングに行くという遥斗につかまり一緒に行くことになってしまった。


「遥斗、ちょっと、休憩しよ」


 膝に手を当て呼吸が乱れている僕に対して、遥斗は涼しい顔で腰に手を当てていた。


「光貴も運動しないと太っちゃうよ。これから、日曜日だけでも走ろうよ」


 顔を上げて改めて遥斗の姿を見てみるが、背筋がきちんと伸びているためか細身でありながら華奢で弱弱しい感じはしない。


「まあ、そうだね。これから、そうするよ」


 見た目完璧な女子高生になっている遥斗だが、そうなるためには隠れた努力が必要のようだ。


 公園からの帰り道、疲れ切った僕に合わせて遥斗はペースを落としてくれた。

 おかげで徐々に呼吸も整ってきて、会話もできるようになってきた。


「バレー部のコーチ、高校時代の同級生と付き合ってそのまま結婚したんだって。ハクジョ男子でも女子と付き合ったりするの?」

「うん。クラスの男子、私も含めてだけどみんな彼女いるよ」

「えっ、お姉ちゃん、彼女いるの?」


 驚く僕とは対照的に、遥斗は何でもないように話している。


「いるよ。今の子とは付き合って3か月ぐらいかな」

「今の子ってことは、その前もいたの?」

「うん、その前のことは半年ぐらい付き合ったんだけど、夏休みに別れちゃった」


 遥斗に彼女がいたなんて気づかなかった。休みの日に遊びに出かけているのはみたが、まさかデートとは思わなかった。


「女子にしてみれば、ハクジョ男子だと服とかメイクとか話も合うし、なにより手近だしね」

「ずいぶん、冷静に分析してるね」

「付き合ってみて分かったけど、女子が私たちハクジョ男子に求めているのは疑似恋愛だね。ほとんど女子校みたいなもんだから、本気の恋愛というより寂しさを紛らわせたり、将来のための経験を求めてるだけだね」

「ふ~ん、そうなんだ。お姉ちゃん、それ分かってて付き合ってるの?」

「まあ、こっちも同じ理由だからね」


 家の前に着いたが遥斗はすぐには家に入らず、整理体操を始めた。僕もそれに付き合いながら、ハクジョ男子は意外とモテるという希望と、女子が本気ではないという絶望を心の中で整理しようとした。


◇ ◇ ◇ 


 目的のカフェ『ロテュス・シュクレ』は、学校の最寄り駅の近くにあった。

 午後の陽光がオープンテラスを照らし、木目調の家具が明るい空間を演出していた。店内に入ると8割がた席が埋まっており盛況ぶりを感じさせたが、席間に余裕を持たせてあるため、混雑している印象は受けない。


 案内された窓側の席に座り、写真入りのメニュー表を店員さんから受け取った。


「どれも美味しそうだね。パンケーキもいいし、チーズケーキも美味しそう」

「試合の後でお腹すいてるから、両方食べちゃおうかな」

「石川さん、試合中エナジーバー3本ぐらい食べてなかった?あとバナナも」


 友加里は交代中やセット間などベンチにいる間中、なにかしら食べ続けていた。


「あんなもん、おやつよ。試合ですぐに消費しちゃう。それに、名字で呼ぶのやめよ。仲良くなったんだから、下の名前で呼び合おうよ」

「わかったよ、友加里。そっちの方が読者も楽だしね」

「光貴、いきなりのメタ展開は読者が困るぞ」

「隼人、ごめん」


 あれもこれも食べたい友加里の希望で、パンケーキ、チーズケーキ、フォンダンショコラ、モンブランと4つ注文してシェアすることになった。


「試合勝てて良かったね。友加里のスパイクすごかったね」


 隼人が褒めると友加里は嬉しそうな笑みを浮かべた。


「紗耶香のトスが正確だからよ。タイミング合わせてトスしてくれるから打ちやすい」

「紗耶香の1セット目の中盤ぐらいのところでの相手の隙をみて、ツーアタックもかっこよかったね」

「細かいところまで見ててくれてありがとう」


 僕も紗耶香のことを見ていたことを伝えたかった。紗耶香にもその気持ちが通じたみたいで、僕も嬉しくなった。


「お待たせしました」


 店員さんがテーブルに、鮮やかなケーキが並べていった。どのお皿もまるでアートのような見事な盛り付けで、シンプルな木目調のテーブルと良いコントラストを生み出し、見た目でも楽しめる。


「わ~、きれい」


 友加里と紗耶香は写真を撮り始めた。構図を変えたり、自撮りして自分の姿を入れ込んだりと何枚も写真を撮り続けている。

 まだ食べられるのは先だなと思い店内を見渡していると、入り口のドアが開き二人のお客さんが入ってきた。


 そのうちの一人が本田先生であることに気付き、僕はあわてて視線をそらした。

 学校ではきれい目な服装をしていることが多い本田先生だが、今日は休日とあってすこしカジュアルなチェック柄のスカートだった。

 もう一人連れの女性は、本田先生より小柄で仲良さそうに話しながら、カウンター席に二人並んで腰かけた。


 先生と言えどもプライベートでは生徒と絡みたくないだろう、そう思ってあえて気づかぬふりをしてやり過ごすつもりだった。


「あれ、本田先生じゃない?」


 写真を撮り終えた、友加里が本田先生に気付いた。


「プライベート邪魔しちゃ悪いよ、って友加里」


 僕が引き留めるのも間もなく、友加里が席をたち本田先生のもとへと向かった。

 一言、二言先生と友加里が話した後、友加里と先生は連れの女性と一緒に空いていた僕たちの席の隣に座った。


「こんにちは、バレーの試合の帰りだってね」

「すみません、先生の休み邪魔しちゃって」

「いいのよ。気にしなくても」

「先生、そちらの方は?」


 隼人が遠慮がちに先生に尋ねた。


「ごめん、紹介してなかったね。こちら、私のパートナーの下田さん。雄ちゃんもうちの卒業生よ」

「下田雄介です。白石総合病院で看護師やってます」

「雄介ってことは、男なんですか?」

「友加里、声が大きいよ」


 紗耶香に注意されうるさかった友加里はバツの悪そうな顔をしている。

 下田さんは、小柄でかわいらしい顔には似つかわしくないちょっと低めの声だが、言われないと近くで見ても男であることには気づかなかった。

 友加里が驚くのも無理がない。


「彼、いやもう彼女か、手術して今戸籍変えようと申請しているところなの」

「だって、そうしないと圭ちゃんと結婚できないでしょ」


 下田さんの照れながらのろける姿がとてもかわいらしい。


「お待たせしました。カフェラテです」


 先ほどの店員さんとはちがう、別の店員さんが本田先生たちのカフェラテを運んできた。


「佐藤さん、こんにちは」

「あら、本田さん、学校の生徒も一緒にきてたの?」


 佐藤さんと呼ばれた長い黒髪が美しい店員さんは、カフェラテをテーブルに置いた後、僕らの方を見て笑ってくれた。


「あ、いや、偶然このお店で会ってね。

うちのクラスの生徒たちなの。奥の二人はハクジョ男子よ」

「どうもはじめまして、ここのオーナーの佐藤蓮です。ハクジョ男子なら、サービスするね。若いからプリンぐらいまだ食べられるでしょ」

「はい、ありがとうございます」


 僕たちへのサービスなのに友加里が先にお礼を言った。

 プリンをとるために、佐藤さんはいったんキッチンへと戻っていった。


「佐藤さんね、私の同級生なの。クラスは違ったんだけど、同じハクジョ男子同士で仲良くなったの」

「あんなにきれいなのに、男なんですね。仕草もすごく上品だし」


 紗耶香が感心したようにつぶやいた。


「テキストの女性らしい仕草とか振る舞い方は、佐藤さんに監修してもらったの」


 プリンをお盆にのせた佐藤さんが戻ってきた。白糸のような美しい手でプリンをテーブルの上においた。

 改めて佐藤さんの顔を眺めてみる。高い鼻やシャープなあごのラインなどに男の片りんを感じるが、全体的な印象は男前の美人。

 仕草も一つ一つが丁寧で惚れ惚れしてしまう。


 僕の視線に気づいたのか佐藤さんが僕に視線を向け、慌てて視線をそらした。

 同性だとわかっていても惹かれてしまう。

 本田先生と仲良く談笑する佐藤さんを、僕はプリンを食べながら見つめた。

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