【短編】公爵子息は王太子から愛する人を取り返したい

宇水涼麻

【短編】公爵子息は王太子から愛する人を取り返したい

「はあ! なんていいお天気なの! まさに私日和ねぇ。

この芳しい香り! 喜ぶあの子達の姿が目に浮かぶわ」


 牛フンをたっぷりと積んだ幌なし馬車の馭者台の上で手綱を握り、少女は鼻をピクピクとさせて嬉しそうに独り言ちた。

 のんびりと馬を歩かせ自宅への道を進む。


 若葉色の瞳の少女の髪はオレンジに近い金色。肩ほどの長さで緩いカーブがかかっているので、ふわふわとして柔らかそうだ。バンダナで髪が前に落ちないようにしてあって活発な印象を受ける。

 質素なクリーム色のワンピースに膝下まである焦茶色の編み上げブーツを履いている。装いはどう見ても田舎の村娘だ。それなのに、可愛らしい顔はシミ一つなく白磁の様な肌であるのは、決して大きな麦わら帽子のお陰だけではないだろう。


「ただいまぁ!」


 周りには家もなく人もおらず、まだ公道の途中であるにも関わらず、少女は声をかけた。辺りは薬草畑だ。


 少女がニコニコと薬草たちの様子を見ながら馬車を進めていると、後ろから蹄の音がした。数頭いるような音だったので、少女は後ろも振り向かず馬車を端に寄せて止まり、馬を駆ける人たちに道を譲ろうとした。


 しかし、その馬は馬車の脇で嘶きながら止まった。


 少女はその先頭にいる人物を見て小さく眉を寄せた。だが、怒った様子ではなく、呆れているような喜んでいるような微笑であり微苦笑いであった。


「フィア。やっと見つけたよ」


 先頭にいた青年が少女に声をかけた。銀髪を後ろで1つに纏め精悍な顔立ちをした青年である。青年が紫の瞳をキラリとさせた。


「はぁ! ラルド。こんなところまで来たの?」


 少女は今度は遠慮なく大きくため息をついた。だが、口角は上がっているし、目は喜びを隠せていない。


「さあ、帰ろう」


 ラルドと呼ばれた青年がフィアと呼ばれた少女に白馬の上から手を差し伸べた。ラルドは零れそうなほど満面の笑みである。絵本に出てくる王子様のようであった。


「え? 私は帰らないわよ。これで帰れるわけないでしょう?」


 目をキョトンとさせたフィアは自分の髪の裾をパサパサと手で前後させた。


「そんなのは些末なことだよ」


 ラルドは首を左右に振った。引くつもりはないようだ。目元は優しげに笑っていて口も大きな三日月の形をしており、嬉しさを隠そうともしていない。


「ご令嬢にとっては些末なことじゃないの。だから、ご令嬢には戻りたくないわ」


 フィアは可愛らしく唇を尖らせてプイッと横を向いた。だが、ラルドの反応が気になるらしく横目でチラチラとラルドを確認している。


「プッ!」


 ラルドはフィアのあまりの可愛らしさに吹き出した。フィアは恥ずかしさで本当にそっぽを向いてしまった。


 確かにフィアの髪の長さはご令嬢にしては短か過ぎる。ご令嬢らしくないと言わせるために切ったのだろう。半年前はどのくらい短かったのかと心配させるほどだ。


「ふぅ……」


 呆れたようなラルドのため息だがやはり目元はとても楽しそうだった。


〰️ 〰️ 



 半年前の事だった。


 ジノフィリア・マヤタール侯爵令嬢はこの国ボルゲルグ王国の王城にある王太子の執務室に呼ばれた。

 その席には、ユンクルト王太子の他に、ラルビード・ナッシード公爵子息とオリビアリヌ・ワーシャス公爵令嬢が待っていた。


 王太子執務室のソファーに、ユンクルトとオリビアリヌが並んだ上に膝をくっつけて座っていた。ラルビードはユンクルトの背後に背を正して立っていた。


「そちらへどうぞ」


 入室したジノフィリアをソファーの対面の席へと誘ったのは、ユンクルト王太子ではなくオリビアリヌだった。


 ジノフィリアは怪訝な顔もせず文句の1つも言わずに、誘われた席についた。

 メイドも下がらせているらしく、ジノフィリアにはお茶も出ない。だが、ユンクルトとオリビアリヌの前にはゆっくりと湯気を上げる紅茶が出されていた。ジノフィリアはそれにも顔色は変えない。


「マヤタール嬢。何も言わずにこれにサインをしてくれ」


 やっとユンクルトが口を聞いたが書類を出したのはオリビアリヌだった。

 ジノフィリアがそれにしっかりと目を通す。


「ユンクルト王太子殿下。これは貴方様とわたくしの婚約破棄の書類ですわね」


 現在の着席状況と書類上の状況は全く逆であるのだ。現在、ユンクルトの婚約者はジノフィリアである。

 それなのにこの着席状況にジノフィリアは何の感情もなかった。


「しかしながら、こちらにサインすることはできませんわ」


 ジノフィリアは淡々と答え書類をオリビアリヌの方へと押し返した。


「は? なぜだ?」


 ユンクルトが顔を顰めた。


「わたくしの有責にて婚約破棄となっているからですわ」


「チッっ! 小賢しいなっ。ここにあるようにお前の能力では王妃に向かぬからだ」


 ユンクルトはジノフィリアを睨みつけた。それでもジノフィリアが戸惑うことはない。


「そうだとしても、家に多大な迷惑がかかるようなものにはサインできませんわ。

それに本当の理由を知る者は多いと思いますわよ」


 ジノフィリアは、ユンクルトとオリビアリヌの触れ合う膝を見下すように目を細めた。


「なっ!」


 オリビアリヌが小さく怒りを口にする。


「両陛下が隣国へ赴いているスキに事を進めたいのでございましょう? それでしたら、少しは泥を被ってくださいませ。わたくしは、婚約解消が嫌であると言っているわけではないのですから」


 ハキハキと答えたジノフィリアが小悪魔のようににっこりと笑った。

 ユンクルトはこれまで見たことのないジノフィリアの態度に心の中で驚愕していた。ジノフィリアはいつもおどおどしており、何を聞いても無難な答えしかせず、話も面白味がなく、学園の成績もパッとせず、社交的でもなく、洒落者でもない。顔は少しは可愛らしいが、それだけの少女であった。

 …………はずだ。


「オリビアリヌ。そちらの書類を出せ」


「で、でも……」


「よい」


 ユンクルトの押し切りにオリビアリヌは嫌々と別の書類を出した。

 それには、ユンクルトとジノフィリアが互いに婚約解消を望み、互いにわだかまりなく婚約解消する旨が書かれていた。

 ジノフィリアはそれを読んでにっこりとした。


「わかりました。では、ユンクルト王太子殿下からお先にどうぞ」


 ユンクルトが頷き、それにサインをした。ジノフィリアもユンクルトの下にサインをした。ラルビードが恭しくお辞儀をし、それを持ってユンクルトの後ろに再び立った。


「では、わたくしはこのまま王都を離れますわ。噂の的になるのも煩わしいですしね」


 ジノフィリアが妖艶に笑う。


「学園はどうするのだ?」


 ユンクルトは眉根を寄せた。今日のジノフィリアには心を乱されまくっていた。


「昨日、卒業試験を受けましたわ。テストの内容は皆様と同じになるのでここでは申せません。

半年後の皆様の試験と一緒に採点されるそうですわ。

単位は足りておりますのでご心配には及びませんわ」


「単位が足りている?」


 ユンクルトとオリビアリヌは目を見開いた。


「ええ、去年からユンクルト王太子殿下のお手伝いが減りましたので、卒業認定分は取れましたの。

オリビアリヌ様。本当に助かりましたわ」


 後ろに立つラルビードがユンクルトに見えないように眉をピクピクさせた。ジノフィリアはそれをチラリと見たが、無視した。


 ジノフィリアは、ユンクルトの生徒会長としての仕事も王太子殿下としての仕事も手伝わなくなったので、学業に専念できたのだ。

 手伝わなくなったのは、ユンクルトがオリビアリヌを生徒会室にもはたまた王太子執務室にも呼び、逢瀬を楽しんでいたからだ。ユンクルトはその場にジノフィリアを呼ばないくらいの配慮はしていた。


 その分ラルビードの仕事が増えたはずだが、当のラルビードはジノフィリアにだけわかるように眉を動かしただけで、ユンクルトに抗議することもなかった。



〰️ 〰️ 



 ジノフィリアたちが十三歳になる年であった。第一王子であるユンクルトとの交友を図るという意図で王宮にてお茶会が開かれた。そこには公爵家と侯爵家の子女が招待され、側近候補と婚約者候補が選ばれることになっていた。

 子供たちはそんなことは知らないが、大人たちはわかっている。そんな大人たちの打算や戦略とは離れた目で子供たちを見たいという両陛下の言葉により、会場に大人たちは入ることを許されなかった。


 その時、なぜかジノフィリアは両陛下に大変気に入られ、婚約者候補ではなく婚約者に選ばれたのだ。各公爵家から問い合わせは相次いだが、鶴の一声とばかりに国王陛下が黙らせた。マヤタール侯爵はジノフィリアを王家に嫁がせたくはなかったが、高位である公爵家たちが黙ってしまったので泣く泣く同意した。

 しかし、『本人たち両方が嫌だと言えば、婚約は白紙にする』との約定だけはなんとか取り付けた。

 とはいえ、侯爵家から嫌だとは言い出せるわけもなく、両陛下は『ユンクルトさえ抑えておけば大丈夫だ』と考えていた。


 ユンクルトは王子としての勉強が忙しかったこともあり、ジノフィリア以外の女の子と接点はほぼなかった。さらに、まだ幼い二人でのお茶会は気不味いだろうと、いつも王妃陛下が同席していた。なので、話はいつも王妃陛下が中心となる。ユンクルトにとってつまらない話が主であった。


 ジノフィリアは王宮で王妃教育を受けているはずだが、ユンクルトは様子を見に行くこともなかった。


 

〰️ 〰️


 ここボルゲルグ王国には貴族学園があり、十五歳から十八歳になる貴族子女が通う。成績順に四クラスにクラス分けされる。各クラスは三十人ほどである。


 ユンクルト、ジノフィリア、ラルビード、オリビアリヌは、成績優秀なAクラスであった。ユンクルトは学園入学とともに王太子になった。


 そして、入学して一回目の試験では、ラルビードが首席であり、ユンクルトは次席。オリビアリヌは十五位ほどで、ジノフィリアは二十五位ほどであった。


 ユンクルトは『ジノフィリアは優秀な娘だから』と両陛下に聞かされていたので、少々がっかりした。

 さらに、学園では他の女子生徒との接点もでき交流していった。すると、ジノフィリアの事が大変つまらなく感じてしまった。


 二年生になっても成績順は大きな変動はなく、成績優秀者で生徒会役員が選ばれたが、それはそのままユンクルトの側近候補たちだった。その頃、ユンクルトの王太子としての執務見習いも始まった。

 ジノフィリアは生徒会役員にはならなかったが、王妃陛下の一声で生徒会も王太子の執務も手伝うことになった。

 しかし、ジノフィリアはユンクルトの前ではほとんど仕事をしなかった。いつでも、おどおどした顔ですぐに帰ってしまっていた。


 こうして、ユンクルトがジノフィリア以外の女子生徒、つまり、オリビアリヌ・ワーシャス公爵令嬢に興味を持つことになった。

 オリビアリヌは公爵令嬢侯爵令嬢の中では成績優秀者であった。二人ほどオリビアリヌより成績優秀なご令嬢はいたが、伯爵家の者であったため王妃候補にはなりえなかった。

 ユンクルトはジノフィリア以外の女子生徒に興味は持ったが、王太子としての責任についても考えられる者ではあった。



〰️ 〰️ 



 ジノフィリアはユンクルトとの婚約を解消するとその日の内に王都から消えた。


 一週間後に帰城した両陛下は激怒し落胆した。急いでジノフィリアの行方を探したが、手がかりは全くなかった。


 一月後、侯爵家に届いた手紙には、『隣国で元気にしているから気にしなでくれ』というものだった。



〰️ 〰️ 



 そして、あれから半年。あと一月で卒業式となる頃、ラルビード―ラルド―はやっとジノフィリア―フィア―を見つけ出したのだった。


 ラルビードは自分の馬を護衛たちに託し、馭者台のジノフィリアの隣へ座り手綱をとった。護衛たちは話が聞こえない程度に離れた。


「まさか、俺の領地にいるとはなぁ。ははは」


「灯台下暗しっていうでしょう」


 ジノフィリアもラルビードも楽しそうに笑った。


 ここは、ラルビードの家のナッシード公爵領の最西であった。ラルビードはこの半年、マヤタール侯爵領と隣国と飛び回ってジノフィリアを探していたのだ。

 ジノフィリアはジノフィリアを真剣にそして諦めずに探すのはラルビードだけだと考えていた。なので、あえてのナッシード公爵領であった。


「毎日楽しいか?」


「うん! 好きな事ができてるよ」


 ジノフィリアは愛おしそうに薬草畑を見回した。


「そうか」


 ラルビードはジノフィリアの笑顔を見て、探した苦労は吹っ飛んだ。


「あっちはどう?」


 ジノフィリアはさほど興味はないが、なんとなく聞いてみた。


「さあ? 俺もすぐに休学したから手紙でしかわからない」


 ラルビードも興味はなさそうだ。


「そうなの? 卒業できるの?」


「なんのために首席だったと思っているんだよ?」


 ラルビードはニヤニヤして自慢した。


「私が本気ならラルドは首席じゃなかったわ」


 ジノフィリアは鼻を上げてツンとした。


「そうかぁ? それでも俺が上だと思うけどなぁ」


「まあ! 卒業試験結果、見せてあげるからねっ!」


「プッ! ワッハッハ! 楽しみにしているよ」


「二十五位を狙うって大変なのよっ! 首席を目指した方がずっと楽だわ」


 ジノフィリアは頬を膨らましてまたしてもプイッと横を向いた。それでもラルビードはとても楽しそうだった。



〰️ 〰️ 


 ラルビードとジノフィリアは領地も王都のタウンハウスも隣同士で幼なじみだった。仲は大変によく、二人がこのままなら結婚させようという話も出ていた。だが、お互いに国のための結婚もありえる立場だったので、早急な婚約はしていなかった。どうやらそれが裏目に出た。


 ジノフィリアがユンクルトの婚約者になってしまったのだ。国のための結婚ならしなければならないが、安定している現況で王族との結婚は無理にしなければならない結婚ではない。困窮している貴族を守るための結婚の方が納得できるほどだ。


 ジノフィリアが婚約者候補に選ばれたら、ラルビードとジノフィリアを婚約させようと思っていた両家にとって、まさか即座に婚約者に選ばれてしまうとは、大変な痛手だった。


 両家にとってより、本人たちにとっては、もっと痛手だった。特にラルビードにとって。


 ジノフィリアはどうにかしてユンクルトから婚約解消してほしいものだと、常々ラルビードに相談していた。

 そんな時、ラルビードは父親から『ジノフィリアは優秀すぎて両陛下に気に入られてしまった』と説明を受けた。


 そこで二人は、学園ではジノフィリアの成績を悪くしようと考えたのだ。かといって、Aクラスから落ちれば父親から追加の家庭教師が与えられてしまうので、あまりにも手を抜くわけにはいかない。

 ジノフィリアは二十五位くらいと考えた生徒と話をしてレベルを測った。そして、その者と同程度になるように解答したのだった。

 そして、予定通りに二十五位ほどとなった。


 ユンクルトには訝しんだ顔をされたが、それさえもおどおどした表情でくり抜けた。


〰️ 


 生徒会や執務を手伝うようになった初めの頃は、両陛下がジノフィリアも参加しているかを気にしていたが、ジノフィリアの働きに満足して、ジノフィリアが参加しなくなる少し前にその監視の目を緩めてしまっていた。ジノフィリアは両陛下が納得するくらいは働いていたのだ。あまりにも優秀だったため、自分の担当分はすぐに終わらせてしまっていただけだ。

 ラルビードも本当は同じくらいに終わらせていたが、ラルビードは他の者たちのフォローや指導をしていたので、ジノフィリアが帰ってしまった後でも残っていたにすぎない。

 そんなことは知らないユンクルトは、ジノフィリアを仕事をしない者だと判断した。


 ユンクルトが生徒会室にも執務室にもジノフィリアを呼ばなくなったが、ジノフィリアがしていた分の仕事をオリビアリヌがするわけはない。だが、『ジノフィリアがいなくなったら仕事が滞ったとユンクルトに思わせると、ジノフィリアが仕事ができる者だとバレてしまう恐れがある』と、ラルビードは考えた。なので、ラルビードは黙ってジノフィリアの分もこなした。その分、ラルビードに手伝ってもらえなくなった他の者たちは、仕事の時間が多少増えた。元々優秀な者たちなので、慣れてきたこともあり多少の時間増加で済んだ。だから、ユンクルトはそれを執務仕事が増えたからだと考えた。

 彼らはユンクルトとオリビアリヌが優雅にお茶をしているのを横にしながら、仕事に励んでいたのだ。


〰️ 〰️ 


 ラルビードがジノフィリアを見つけて一月後、学園に成績表が張り出された。満点が二名おり、同点首席だった。


 その一週間後、卒業式を翌日に控え、ラルビードとジノフィリアはそれぞれの王都のタウンハウスへ戻った。その日の夕方、ジノフィリアは両親とともに王城へ呼ばれた。

 その席には両陛下とユンクルトだけだった。


「ジノフィリア。息災か?」 


「はい、国王陛下。元気でやっております」


「そうか。時間もないので率直に言う。ユンクルトとの婚約解消はなかったことにしてくれ」


 ユンクルトはびっくりした。そんな話は聞いていなかった。


「父上! それはあまりに非常識です。それに、俺とジノフィリアはお互いに気持ちがないことは確認しました」


 ユンクルトの言葉を両陛下は目を瞑って聞いていた。


「お前は国王になるのだ。お前の気持ちなど何の価値もない」


 静かな国王の言葉にユンクルトは息を飲んだ。そこへマヤタール侯爵が口を開いた。


「陛下。申し訳ございませんが、娘はすでに婚姻いたしました」


「「「は??」」」


 両陛下とユンクルトが口をあんぐりと開けた。ジノフィリアは頬を染めた。


「この半年滞在しておりました隣国で、素晴らしい殿方と出会ったらしく、我々も知らぬ間に婚姻しておったのです」


 マヤタール侯爵は眉根を寄せ、マヤタール侯爵夫人は涙を拭いた。


「なっ! ま、真か?」


「はぃ……。熱烈にプロポーズされましたので、お答えしました。わたくしはすでに十八になっておりましたので、滞りなく婚姻を認められました」


 ジノフィリアは消え入りそうな声で照れながらそう言った。


 それから雑談を少しだけして、ジノフィリアとマヤタール侯爵夫妻は国王陛下の執務室を後にした。


 両陛下はソファーの中に落ちるようにがっかりしていた。ユンクルトは全く納得いかなかった。


「なぜ、そこまでジノフィリアに拘るのですかっ? オリビアリヌの方が優秀です!」


「お前は卒業試験の結果を見ていないのか?」


「あ、あれはマグレです! でなければ、不正かもっ!」


 ユンクルトは初めて三位となり、ショックを受けていた。自分のショックを緩和するため、いろいろと理由を考えていたのだ。


「愚か者……。不正など、あの学園ではありえぬ。奴らはお前より半年も前に試験を受けたのだぞ。半年前にはすでに今のお前を越えていたということだ。

それを不正などと、外で言うでないぞ。厚顔無恥だと罵られ、不興を買うだけだ。

王族として、謙虚であるように見せることは必要だ」


 ユンクルトは下唇をギュッと噛んだ。


「で、でも、オリビアリヌも優秀です……」


 ユンクルトはオリビアリヌの名前を出すが、それはオリビアリヌを選んだ自分を認めてほしいからだった。


「そうね。オリビアリヌでも、今の国政を維持していくことは充分にできるでしょうね」


 王妃の言葉にユンクルトはホッとした。


「だがな、我が国の発展が五十年、いや、百年遅れることになったろうな」


「何年遅れることになったかなど、比べられる物がありませんもの。それだけが救いですわね」


 ユンクルトは両陛下の言葉の意味がわからなかった。

 しかし、王妃の言葉を嘲笑うかのように、二十年後、比べられる物が現れることになる。


〰️ 〰️ 


 翌日の午前の卒業式では、ラルビードが首席代表として卒業生の答辞を行った。同点首席であった少女のオレンジゴールドの髪が短いことには誰も言及しないが、注目はされていた。


 ラルビードとジノフィリアは午後の卒業パーティーには参加せず、その日のうちに王都からいなくなった。


〰️ 〰️ 


 卒業式から二十年後、ボルゲルグ王国の隣国であるナッタール自治国は目覚ましい発展を遂げていた。ボルゲルグ王国としても無視できる存在ではなくなり、ユンクルトとオリビアリヌの息子となる王太子が婚姻する際、ナッタール自治国の自治首相夫妻を招待することになった。


 そして、ユンクルトと前両陛下は、その夫妻を見て気が遠くなるのを感じていた。


 ナッタール自治国の発展は、ひとえに、銀髪の自治首相の手腕だったのだ。銀髪の自治首相の傍らには、オレンジゴールドの髪を背中まで伸ばした最愛の妻が寄り添っていた。


 国王は公爵たちに『騙したのか?』と聞いたが、『我々も後で知りました』と言い切り、国王も今更だと追求はしなかった。



〰️ 〰️


 卒業式の一月前、再会を果たしたラルビードとジノフィリアは、ジノフィリアの小さな家でたくさんの話をした。


 ラルビードがジノフィリアを見つけるまでに調べたことはほぼほぼ事実であった。


 ジノフィリアは三年ほど前から隣国の自治区で『フィアノ』と名乗り住民登録して、商売を始めていた。

 主に薬草関係の商売で、薬草から作り出した化粧水が飛ぶように売れていた。その薬草を栽培していたのはマヤタール侯爵領でも最西でナッシード公爵領に面した場所だった。あの半年は、そこから馬車で二時間ほどのところにジノフィリアは住んでいた。

 マヤタール侯爵家は薬草をその自治区に売るという形を取っており、ボルゲルグ王国にはキチンと税金を払っていた。さらには、その化粧水の買付販売をしているという形もとっていた。すべてはジノフィリアの優秀さを隠すためだった。


 ラルビードはそれらを調べ上げ、その上でどうしたらジノフィリアと婚姻できるかを日々考えていたのだ。


 そして、ラルビードはその自治区で『ラルド・ナッタール』として住民登録をし、その日のうちに『フィアノ』と婚姻した。

 その婚姻届けには、ナッシード公爵とマヤタール侯爵のサインがしてあった。マヤタール侯爵夫妻は、両陛下の前では、娘に知らないうちに婚姻された悲しい親を演じていたのだった。


 ラルビードは『ご令嬢には戻りたくない』と言ったジノフィリアをナッタール夫人にしてしまったのだ。


 ラルドとフィアノの商売は大繁盛し、それを自治区に還元していった。自治区が自治国になる時、当たり前のようにラルドが自治首相に選ばれた。

 ラルドは、首相としての手腕をいかんなく発揮し、自治国はメキメキと発展していった。それらは、もちろん、フィアノと話し合って決めていった政策であった。


〰️ 〰️


 そして、卒業式から四十年。ナッタール自治国はとうとう経済的にもボルゲルグ王国を追い抜いた。ラルドとフィアノは、息子たちに政府の仕事も商売の仕事も譲っていたが、相談役はしていた。


〰️ 〰️ 


「我が国の発展が五十年、いや、百年遅れることになったろうな」


 前国王ユンクルトは、父親の言葉を思い出すたびにため息を漏らしていた。


〜 fin 〜

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