不完全令嬢の運命劇③

 私は叫んだ。


 余りにもお約束が過ぎるというものですが、普通に考えてもみればこんな女が部の代表者という事実に周囲の人間たちがついて来れず、退部者が続出したに違いありません。


 かく言う私もこの女と話しているだけでも、精神的疲労を覚えているのですから、一刻も早くこの女から物理的距離を置きたいのが正直なところです。


「……部費か何かのバックアップでも必要なのですか?」


「あぁ、いえ違います。そもそも演劇部は廃部しましたので、部として認められていないので、部費と言う概念がありません」


「……では、どうしろと……」


「ですから! お姉様が演劇部に入ることによる華麗な復活劇を是非とも! お姉様がこの復活劇の総監督兼主演女優になると思うと、あぁ! 胸が高ぶります……!」


 夢見る瞳でそんな事を宣う彼女に対し、私はとても冷めきった目で見ていた。


 どうして、彼女はそんな目が出来るのですか。

 どうして、そんな目を私に向けてくるのですか?


 ――見ないで欲しい。


 私を、京歌・エークルンドとして、見ないで。


「言っておきますが。私は演劇を辞めましたの。もう二度とすることはありませんわ」


「それは知ってます。最近のお姉様の演技はあまり面白くなかったので引退するだろうなとは何となく」


「……むむむ……言ってくれますわね……」


「なので、


「……は?」


「ですから、お姉様を助けたお礼に演劇部が復活するまで入れ替わってはくれませんか? それがお姉様に望むお願いです」


「そんなの却下ですわ。ありえない。そんなこと……」


「このお礼を認められないというのなら、チャットアプリや学校の掲示板など様々な方法で今回の入れ替わりの件をばらまきますよ。お姉様の従妹です。真実をお話ししますと」


「……っ! それは卑怯では……!」


「どうするんですか。するんですか、しないんですか。私の夢を叶えてくれるんですか、叶えてくれないんですか」


 真剣な瞳で彼女は私を射抜こうとする。

 彼女の瞳に映る私は怯えているようにも見えて、酷く滑稽に思えてならない。


 ……何に私は怯えているのでしょう?


 そんなのは決まっています。

 今の私が目の前の女が抱く『理想の私』からかけ離れている事実に、私は酷く怯えている。

 

 彼女が思い描く『私』なら、私はこんな感情を浮かべやしないでしょうに、そんな感情を抱いている『今の私』に対し、彼女は酷く落胆しているよう思えて、それが私の考えすぎであって欲しいと願わざるを得なかった。


 だからこそでしょうか、私は彼女の話を聞いてやる事で理想の自分を演じてやろうとでも思ったのでしょう。


「……話だけ聞きますわ。するかどうかは私が最後に決めます」


「助かります。では、まず演劇部の現状を話そうと思います。というのも、3年の先輩方が引退したことで部員が1年生の私だけになってしまいまして」


「……なるほど。詰まる所、数の埋め合わせということですわね」


「御明察の通りです。ですので、お姉様が表舞台に立って活動してもらう……というのは起こり得ません。まぁ、活動方針の話し合いから小道具制作、脚本の執筆などと言った裏方のお仕事を頼むかもしれませんが」


「演劇で活動するのは京歌・エークルンド本人ではなく、京歌・エークルンドに扮した貴女である訳ですのね」


「こういうのも何ですが、こうしてスマホでお姉様の名前を検索すれば余裕で出てくる以上、クラスの皆にも演劇部に入るに違いないと思われるのではないでしょうか」


 そう言って彼女はスマホで何かしらを手入力してから画面を見せてくださいました。


 スマホで何を検索したのかは想像するまでもありません。

 何なら、『き』と入力しただけで京歌・エークルンドという文字が予測変換に出ていて、薄ら寒い感情を覚えざるを得ませんでしたが。


「付け加えて言わせて頂きますと、来月の月末には学園祭があるのです」


「学園祭?」


「えぇ。桔梗祭という文化祭と体育祭を合併させた学園祭があります。そして、1年生は出し物として市民文化センターを貸し切っての演劇をクラスごとで行うというのが恒例行事です」


「……演劇、ですか。しかも、クラスごとに……」


「えぇ、今の時期に留学してきたお姉様はまさしく鴨が葱を背負ってやってきたと言えるでしょう。幸い……いや不幸にも主役級の配役に抜擢されてしまうのは想像に難くない」


 彼女の言う通り、私が所属されるクラスに多少は左右されるだろうが、演劇をするにあたって、演劇業をしていたというアドバンテージをクラスメイトが見逃すはずもないでしょう。


 ……私は周囲の生徒たちから絶対に頼りにされてしまう。


 普通に考えたら気持ちいいのでしょうけれど、今の私にとっては気分が重くなることこの上ない苦痛そのものでした。


「性別の垣根を超えて各々文化祭での出し物で最優秀賞を狙う。青春ですね」


「私、青春という言葉がこの世で一番嫌いでしてよ」


「お姉様もですか。私もなんですよ。気が合いますね」


「こんなのと気が合いたくもありませんが」


「ともあれ、今のお姉様は絶賛休業中にして絶不調。なのでこの提案は双方得る事ばかり。関係がバレてしまった時のデメリットは存在しますが、それはバレてしまえばの話。私達の演技力があれば、この学校の関係者全ての人を騙すことなんてそう難しいことではありません」


「……何を馬鹿げた事を。そんなことが許される訳がないでしょう。普通に考えればこんなの犯罪ですわよ」


「犯罪ですね。しかし、物語において登場人物が入れ替わるだなんてあり得る展開ですよ。日本でもそういうお話ありますよ」


「……ですか。似たような話にもありますが、そのどちらも架空の話。現実世界の話ではありませんのよ」


「しかし、そんな馬鹿げたことをお姉様のお父様に頼まれましてね」


「……はぁ?」


 何故、ここで私の父のことが出てくるのでしょう。

 どうせ、こんなのは口から出まかせと言うヤツで、私の興味を引く為の嘘に過ぎないのは普通に考えれば分かることですが、彼女の眼はどうにも嘘をついている様には見えなかった。


 ……まさか、本当に?

 いや、そんな事は絶対にありえない。


 ……何で?

 なんで本当にありえないと思うのか?


 次々から湧き出てくる疑問に疲れてしまった私は目の前の女からすぐさま立ち去ろうと素っ気ない態度を取る事を選んだ。


「……馬鹿馬鹿しい。どうせを嘘をつくのならもっとマシなものをご用意して頂けませんこと? 仮に私と貴女が入れ替わったとしても、そんな分かりきった嘘をつく替え玉に私の人生を委ねたくはありませんわね」


「確かに嘘だと思いますよね。じゃあ、仮に……仮にですよ? これが本当のことでしたらどうでしょう?」


「……しつこいですわよ」


「おやおや? まさかまさか? 演劇に芸能界、様々な業界を天才的演技で乗り越えてきたあのお姉様ともあろう方が? こんな小娘の言う事の真偽すらも見破れないと?」


 彼女にしては珍しいことにやけに好戦的な態度を取ってみせた。

 彼女の性格はまだよく分かってはおりませんが、どうも彼女は私の事を盲信している訳ではなさそうでした。


 そう言えば、先ほど彼女は昔の私の演技を面白くないと評しておりました。

 あの時は思わず聞き流していたが、もしかすると、彼女は好きなものが理想からかけ離れているのが気に入らないタイプなのでしょうか?


 演劇をしていると、こういう場面であっても他者の感情や性格をついつい分析してしまい、その分析結果を自分の糧にしようとする自分がいる。


 もう演技なんてしないのだから、この悪癖は治すべきなのですけれど。


「……安い挑発ですわね。実にくだらない……」


「……いや、そうですよねぇ。普通に考えてみればそうですよね」


「やっとお分かりに――」



「――――――――は?」


「そうでしたそうでした。自分よりも演技が下手な人間になり代わるよりも、演技が上手な人になり代わるだなんて普通に考えても嫌ですよねぇ? 屈辱ですよねぇ? 私だって嫌ですもの」


「……言いましたわね……? 私に向かって……? よりにもよって……? 演技が下手……?」


 深く深く、何度も呼吸を繰り返す。

 大丈夫です、落ち着きなさい、何ともありません。

 こんな暴言に近いことは何度も言われてきたではありませんか。


 観客に、同業者に、先輩に、監督に、自分自身から。


 演技が下手だなんて、演劇をやっていれば何度も聞くような単語でしかありません。


「……私が強靭な理性を備えていて助かりましたわね。正直言って殴ってやりたいところですが我慢して差し上げます。感謝なさい」

 

 何度も何度もそう言う事を言われ続けてきた。

 だから、私には多少の免疫が付いております。


 今の私は落ち着いている。凄く落ち着いている。えぇ、すっごく落ち着いているのです。


「いいですか。演劇の世界においては自身の感情をコントロールする技量は基本中の基本。ですので、貴女も私を見習って感情をコントロールする術を身につけてその杜撰な演技力を向上させるように――」


「え? そんなこと言えるんですか? 演技が下手になったからこんなド田舎の延岡まで逃げてきたのに?」


「――上等ですわよこのクソ女ッッッ!!! えぇ⁉ 誰の演技が下手クソだと⁉ 私を誰だと思っておりますの⁉ 最年少でアカデミー賞を獲得した正真正銘の大天才女優、京歌・エークルンドですわよ⁉」


「お? 喧嘩買いますか? お買い得ですよ」


「えぇ! 買ってやりますわよ! そもそも手元のスマホから父に確認をとればいいだけの簡単な話ですわ! 楽勝ですわ! 圧勝ですわ! 死に晒せですわ!」


「構いません。で、もしそれが本当であったのならお姉様はどうします?」


「本当だったら!? はっ! そんなことあり得ませんがいいでしょう! 貴女みたいなクソ女と入れ替わって差し上げますわ! そんなことあり得ませんが!」


「……あの、それ言質ですけど大丈夫ですか?」


「えぇ、いいですわよ! 何ならボイスレコーダーで録音しても構いませんわよ! もっとも! 貴女なんかと入れ替わることなんてあり得ませんが! 今から父と電話をしますので、少々お待ちなさいな? すぐにやってきますわ。貴女の敗北が! それはそれとしてスマホを家に忘れたので借してくれません!?」


「はい! 喜んで!」


「ちょっと待って、なんでもうお父様の電話に掛かっておりますのよこれ――ッッッ!?」

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