第22話 サナ・イウィクティスという正義⑤

「失礼しま——え⁉︎ 」


 部屋に入った瞬間、桃色の何かが飛びかかってきた。


「うわっ⁈ 」


 咄嗟のことに対応もできず赤い絨毯じゅうたんに尻餅をつく。

 視界が桃色のサラサラとした何かで覆われる。

 これ……髪の毛?


 数秒かかって、ようやく自分に飛びかかって来たのが桃色髪の女の子で、自分は今その子に馬乗りにされているのだと分かった。

 顔に垂れる桃色髪の奥で、丸メガネをかけた女の子が楽しそうに笑うのが見えた。


「ちょっ! 君だ——ぐえ! 」


 女の子が体を密着させ、まあまあな力で私を羽交締めにし始める。

 腕、私よりふた回りは細いのに。なんでこんな力が出るの……⁈

 普段の習慣で投げ飛ばしてしまいそうになるのをどうにか自制する。


「きっ! 君誰なの⁉︎ 」

 

「……よぉぉこそぉ。待ってたよぉ」


 私の胸にぐりぐりと頭を押し付けていた少女がようやく顔を上げた。


「待ってたって…… えっ! まさか君がサナさん⁈ 」

 

「そぉだよぉ? 子供でぇ、驚いたかい? 」


「いや、子供なのもそうだけど。飛びかかって来たら。驚くよ、そりゃ」


「あっはははっっ、それはぁそうだねぇ。失念してたよぉ。失敬、失敬ぃ」


 鈴が鳴るようにカラカラと笑うと、ようやくサナさんが退いてくれた。

 サナさんが、部屋の中心の大きなテーブルに並んだ椅子のうち、1番奥の椅子に座る。


 テーブルの上にはカラフルなサラダや、ソテーされた魚などいくつかの料理が2つずつ並べられていた。

 周りに誰もいなかったら声を出して喜びたくなるようなご馳走。

 旅人の私がこんなに豪華な物食べちゃって良いのかな。

 カナタちゃんとナチャにもなんか悪いなぁ……


「さぁさぁ、そこにぃ座ってぇ」


 不自然なぐらいゆっくりと喋りながら、サナさんはテーブルを挟んで自分の反対側にある椅子に目をやった。


「あ、ありがとうございます」


 組み伏せられた時についた埃を軽くはたき落とし、サナさんの向かい側に、扉を背にして座る。

 落ち着いて向かい合うと、サナさんの見た目はその行動と同じぐらい奇抜だった。


 特徴的な桃色の髪は、複数の場所で編まれていて、なんだか中々よく分からない形でサナさんの腰まで伸びている。

 肌はカマナさんと同じぐらい……いや、もっと白い。

 降灰街の人にしても珍しい気がする。


 着てる服も今から朝食なのに何故か白衣の上、相当サイズが大きいみたいで手の先が袖から出てない。

 あれでご飯が食べられるのかな?


「まぁずはぁ、自己ぉ紹介だねぇ。僕はぁ、サナ・イウィクティス。ラチノアのぉ統括権のぉ大部分を握ってるぅ、リコリスっってぇ研究所のぉ所長だからぁ。実質ぅ、この街でぇ1番偉いっって思ってもらってぇ、問題ないよぉ」


 若干気が遠くなりそうな程ゆっくりサナさんが喋る。

 おかげで時間が出来たので、軽く深呼吸をしておく。

 ファーストコンタクトがアレだっただけに警戒したが、サナさんが喋り終わる前に随分落ち着くことができた。


「私は旅人のプロミです。個人的な理由で旅をしていて、補給と休息のためにラチノアに寄らせてもらいました。今日はお招きいただき、ありがとうございます」


「そんなぁ、硬い口調しなくって良いからさぁ。いやぁ、僕もぉ来てもらえてぇ嬉しいよぉ。私ぃ、生まれてから地上にぃ出たこと無いからさぁ」


 だからあんなに肌が白いんだ。

 あんまり外に出なすぎると病気になっちゃうと思うけど……流石に何か対策はとってるよね。


「そんなに面白い話はできないですけど…… 出来るだけ楽しませられるように頑張ります! 」


「うんうん。じゃあぁ、れっつ朝ごはんとぉ行こうじゃないかぁ」


 ゆっくりと腕を突き上げると、サナさんは手近なサラダにフォークを伸ばし始めた。

 どうやらもう食べても良さそうなので私も料理のお皿を近づけて白い葉っぱを口に運ぶ。


「……幸せ」


 瑞々しい食感。口いっぱいに広がる生の食材の風味。

 多分今、私の顔はダメダメにふやけてるだろうけど知ったことじゃない。

 ゆっくりと幸福を噛み締めながら野菜を1つずつ口に運んでいく。


 あぁ、普段は魚缶しか食べられないからこそ、こういう時の贅沢が余計身に染みて感じられる。

 しかも今日はただだなんて……はっ!


「すみません! つい食べるのに夢中に……」


 食欲に脳が支配される前に、話をするのが目的だったことをギリギリで思い出す。

 こんなに良いものを食べさせてもらうのに、話をしないなんて失礼が過ぎる。

 

「ふふふっっ、生のぉ野菜を食べるのはぁ久しぶりみたいだねぇ。ラチノアぁではぁ、大規模なぁウォータープラントがぁあるからぁ、思いっきりぃ食べてよぉ。話はぁ適当なぁタイミングでしてくれればぁ良いさ」


「そうですか……! ありがとうございます」


 サナさんの厚意に欲望の後押しをされ、サラダへの舌鼓を続行する。これを食べ終わったら何かサナさんに飛び切り面白い話をしないと。

 何が良いかなー…… そういえば、ついこの間もギンに旅の話をしたっけ。あの時は何の話が一番ウケたっけな……うーん。


「プロミはぁ、どうやってぇラチノアのぉことをぉ知ったんだい? 」


「え。あぁ、そうですね」


 何を話すべきか悶々もんもんと考える事数分。

 私のサラダたちが全滅してした事に気付いたのか、サナさんがゆっくりと尋ねてきた。

 ギンみたいに、センジュさんのことをサナさんが知ってたら本当のこと言うのはまずいよね。


「ここから北東にずっと進んだ先にペリメジアって灰露街かいろがいがあって、そこでこの街の噂を聞いたんです。それで、ダメ元で良いから行ってみようと思って」


「東の方からぁ来たんだぁ……ならぁ、途中でぇギンってオッサンにぃ、出会わなかったかい? 」


「あっ、ギンのこと知ってるんですか? 」


「もちろんだよぉ。ギンはぁリコリスのぉ実働採掘室のぉ室長だからねぇ」


 事もなげに言うと、サナさんはメインの魚をナイフで切り分け一欠片口に運んだ。

 街のトップのサナさんが知ってるってことは室長って意外と高めの立場なんだ。

 脳裏にヒョロリとしたギンの立ち姿と、無精髭ぶしょうひげだらけの子供のような笑顔が浮かび上がってくる。

 ギンには悪いけど、そんなに偉い人には見えなかったなぁ。


「ギンはぁ昔からぁ変わっててねぇ。あそこのぉ調査もぉ、部下を置いて行ってぇ1人でやってるんだよぉ。オッサンなんだからぁ、よせば良いのにぃねぇ」


「そうなんですか」


「まぁ、彼のぉ発見のぉおかげで街が助かったぁこともあるからぁ、私はぁ何も言わないけどねぇ」


 少し気怠けだるげに、それでもどこか楽しそうに話すサナさんは、まるでギンのお母さんみたいだった。

 年齢的には逆だけど。


「そういえばぁ、君がぁさっき言ってたぁペリメジアっってぇ街はぁ、どんな風だったんだい? 」


「ペリメジアですか? あそこはすごく良い街でしたよ。住んでる人たちが、助け合ってて、仲が良くて、あったかいんです」


「へえぇ。珍しぃい街もぉあるんだねぇ。灰露街なんてぇ、ただでさえ荒れることが多いのにぃ」


「はい。でもペリメジアの人たちは——えっ? 」


 背中を引っ張られるような謎の感覚に思わず振り向く。

 椅子の背もたれの陰に隠れるように、なぜかカナタちゃんが立っていた。


「⁈ カナタちゃんなんでここにいるの……⁈ あっちの部屋に居なきゃダメだって」


 カナタちゃんが困惑したように目を瞬かせる。


「……あれ? なんでわたしここに」


「どぉかぁしたのぉ? 」


 私の様子がおかしい事に気付いたのかサナさんが椅子から立ち上がり歩み寄ってくる。

 そして、椅子の後ろのカナタちゃんを見つけると、驚いた顔をしつつ笑った。


「あれぇ? その子はぁ、確かぁ外で待たせておいたぁ子じゃぁ無かったぁ? 」


「そうなんですけど……すみません。入ってきちゃったみたいで 」


 見つかってしまった以上仕方が無いのでサナさんに正直に謝る。ナチャったら。見ててって言ったのに。トイレにでも行ってるのかな?


「……面白い」


「え? 」


 突然ボソリとサナさんが呟いた。

 その声が今までの穏やかなものと打って変わって、妙に冷え切ったものに感じられて思わず聞き返してしまう。


「僕はぁ食事中ぅ、ずっとぉその扉がぁ見えてたぁ」


 サナさんが私の背後の閉じられた扉を指差す。

 私が扉を背にして座っていて、サナさんがその向かい側に座っていたんだから当然だ。

 嫌でも目に入る。あれ。でも、それだとおかしい。


「サナさんってさっき——」


「見てぇないよぉ? 扉が開いたのもぉ、閉じたのもぉ」


 穏やかにサナさんが言い切る。


「私はぁそのぉ扉が動いたのもぉ、その子がぁ入ってぇ来たのもぉ見てない。その子さぁ。どうやってぇ入ってきたんだろうねぇ」


 

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