第16話 街の名はラチノア⑥

「ずいぶん長く引き止めちまったな」

 

 夜明けの薄明はくめいの中、申し訳なさそうにギンが頭を掻く。プロミと手を繋ぐ寝起きのカナタが大きな欠伸あくびを1つした。

 少し寄るだけの予定が、まさか一晩中話し続けるとはな。プロミはともかくとしてこの男もよく眠らなかったものだ。


「楽しかったから全然良いよ。遺物と、ラチノアについても色々教えてくれてありがとう」


「俺も色んな旅の話を聞かせてもらったからな。お互い様だ。俺にも旅人の気持ちが少しわかったぜ」


 白い息を吐き、ギンが笑った。

 

「いっそギンも旅人になっちゃえば? 」


「がははっ。無茶言うな。俺みてぇなジジイに流石に旅はもうキツイぜ。お前さんだって分かってんだろ? 」


「……うん。分かってる」


 プロミが微笑み、静かに目を伏せた。

 考古学者は、地下の採掘のために灰を常に吸い込み続けるため、普通の人々と比べて平均寿命が短く、4、50代にはその多くが呼吸器系が原因で命を落とすそうだ。

 ギンだけがその例から漏れるという事はないだろう。

 

「そう暗くなんな。寿命が長かろうと短かろうとやる事は大差ねぇよ」


 ギンが胸を張って長い腕で空を指差す。


「俺は俺の命の日が消える日まで、お前さんらが旅する世界が少しでも美しくなるよう頑張るだけさ。だから笑え。俺のちっぽけな人生に意味を持たせてくれんのはお前さんらの笑顔だ」

 

「……ふっ、ふふふっ。そうだね」


 プロミが小さく笑う。

 それを見たギンも、その細い体の何処からと思うほど、豪快ごうかいに笑い始める。


「がっははは、しんみりした挨拶もなしだ! 元気に行こう。またなプロミ! 」


「またね、ギン! 」


 大きく別れを告げ、カナタの手を引きながらプロミがまた東方へと歩き始める。

 数倍の年齢差のある2人の、ほんの数時間でつむいだ小さな繋がりは、それでも別れにこれ以上の言葉を必要としないようだった。


 早朝特有の、暖まり始めた夜の冷気に首をすくめる。

 灰雲かいうんの隙間から覗く星々の瞬きが、私たちの行先を青白く照らしていた。


    ●

 

 プロミの背中が小さくなっていくのを見送る。

 

「いいヤツ、だったな」


 遺物について、こんなに楽しく人に話せたのなんて、いつぶりだろうな。

 歳を食って、いろんな人間に触れちまうと中々人と純粋に会話が出来なくなってくる。

 裏のないプロミだからこそ楽しかったのかもな。


「よいしょっと」


 部屋に戻り、プロミ達の座っていたソファをずらし、その下の電信室の蓋を開ける。

 地下へと降りながら自分の薄汚さに少し嫌気がさす。


 自分だけじゃない。

 案外プロミにも何か裏があったのかもしれない、とも思うが、そう思ってしまう自分が余計穢けがれて思えるだけだった。


 掛けておいた受話器を外し、ボタンを押す。


 チリチリチリ チリチリ——チンッ


「どーーだったぁ? 」


「お前さんの言った通りだ。一晩中話したが、プロミはこの間の火柱について一切触れなかった」


 1週間ほど前からここら一帯で、数日間に渡り上がっていた無数の火柱。

 同じ方向から来ておいてアレを全く見逃したとは思えない。つまり、プロミは意識してアレの存在に触れなかった可能性が高い。


「捕まえてはぁ、ないのぉ? 」


「……確定じゃない。それに、俺1人だと取り逃がす可能性があったからな…… 」


 苦しい言い訳だ。

 恢復人むかえびととしては、プロミを直ぐにでも取り押さえてしまうべきだった。


 もし万が一にも火葬人おくりびとでなくとも、何という事はない。

 どうせこれから先に会うこともない相手なのだから、適当にあしらえばそれで良かった……


「……まぁ、君のぉことだぁ。そんなことだろぉとは、思ってたよーー。後はこっちでぇやるから、君はぁ、発掘を続けててねぇーー」


 ガチンッと音を立てて通話が途切れる。

 余計な気を起こすな、と釘を刺されたような気分だった。


「そんな元気のあるジジイじゃねぇよ」


 電信室でんしんしつふたを閉じながら、思わず苦笑してしまう。

 ガキの頃の自分が今の俺を見たらどう思うだろうか。

 世界を救う事を、単純な善と信じて疑わなかったあの頃と、俺は大きく変わった。

 いや、逆か。何も変われていないのか。


「幾つになっても煮え切らねぇ意気地なしだな。お前さんは」

 

 外に出る。

 プロミ達の2列の足跡がフラフラと、それでも真っ直ぐと東へと伸びているのが、うっすら見えた。

 朝の空気が、再び少し冷えた気がした。

 

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