第11話 街の名はラチノア①

「よし。これだけあれば2ヶ月は歩き続けられると思うぞ。若干じゃっかん飽きるかもしれないが、それは我慢してくれ」


 センジュが袋に食糧をまとめてプロミに手渡す。

 上からのぞき見ると、中には包装された白い粉と、紫色の小さな錠剤のようなものが入っていた。


「白いのは加工したヒガンバナの球根だ。湯と一緒にこねてだんご状にして食ってくれ。それと、紫のは俺特製の栄養剤だ。団子だけだと栄養が偏るからな」


「へー」


「なるほどな」

 

 プロミと共にセンジュの解説に素直に感心する。

 これならば長期保存も効く上にかさばらない。

 いつもの缶詰と合わせれば飽きもしばらくは来ないだろうし、当面とうめん食糧には頭を悩ませなくて済むかもしれない。


「助かるぞ、センジュ」


「ナチャさんには恩ができちまったしな」


 センジュが目を細める。


「恩と言われるほどのことはしてないのだがな。私は単に感想を言ったまでだ」


「ナチャさんからすりゃそうでも俺は救われちまったんだよ。恩にきさせてくれ」


「……まぁ、好きにしろ」


 なんとなく居心地悪くセンジュから顔を逸らす。

 そういうのは私の担当ではない。プロミの性格上言えなそうだった事をプロミに害が及ばないように言っただけだ。


「ねぇねぇ。私たちがいない間に何でそんなに仲良くなってるの? 」


 プロミが不思議そうに、私のほほを人差し指でつんつんとつついてくる。

 

「特に何もない」


「ちぇー」


 プロミが頬を膨らませてむくれたような表情をした。

 見ていたセンジュが苦笑して頬をかいた。


「わ、わたしのくつも! ありがとう! 」


 カナタがセンジュから貰った、黒々としたナレットブーツを両手に抱え、頬を染めてぴょんぴょんと跳ねた。

 それを見たセンジュが微笑み、かがんでカナタの頭を優しく撫でる。


「俺のガキの頃のお下がりだがな。カナタにも迷惑かけちまったし、ほんのおびだ」


「ナレットブーツなんて街に着くまで手に入らないかと思ってたから凄い助かるよ」


 プロミが貰った食糧の袋をバックにしまいながらカナタの持つブーツを見る。


 ナレットブーツはプロミも普段から愛用する、とある企業の作る、灰の中を歩く専用のブーツだ。

 この世界を覆う灰は柔らかく、非常に足を取られやすい。雨が降った後などは尚更なおさらだ。


 だがこのブーツは、底に施された特殊な加工により、どんな状態の道だろうとまるで舗装路ほそうろのように歩くことが出来るのだ。


 どういうわけか見つけた時カナタが履いていたのは普通のブーツだったために、カナタの少ない体力を考慮してここまでプロミにおぶられてきてもらっていた。

 だが、これでこれからはカナタも歩いて移動することが出来るというわけだ。


き方は分かるか? 」


「うん、なんとなく」


 そう言ってカナタが足を入れるハッチの留め金を外していく。

 記憶喪失になっても、通常の記憶とは別の脳の領域で保管される行動的な記憶は残ることが多いそうだが、カナタもそのパターンのようだな。


「よい……しょ」


 ブーツに足を入れる。


 キチキチキチキチキチキチッ


 硬質こうしつな音を立てて、カナタの足よりも少し大きかったブーツが隙間なく締まった。

 カナタが少し部屋の中を歩き回る。

 

「うん、ぴったり…… 」


「そうか、よかった」


 センジュが胸を撫で下ろした。


「それじゃ、私たちはそろそろおいとまさせてもらうよ」


 プロミが振り返り家の扉を開ける。

 開かれた入り口から、少し暖かな微風そよかぜが吹き込んできた。

 花畑の外へと続く小道へと一歩踏み出す。

 半歩遅れてカナタも小屋の外へと出た。

 

「あんたら、これからはどうする予定だ? 」


「ここまでと同じように、カナタちゃんの家を探すよ。ただ、流石にあの思いの炎の柱は燃え尽きちゃっただろうから…… 」


 プロミが腕を組んでうーん、とうなった。

 やむを得なかったとはいえ、あの火柱を追えなかったのは痛いな。


「流石にカナタちゃんもどこかの街には寄ってきてるだろうから、近くの街で聞き込みでもしようかな」


 そうか、とセンジュがうなずいた。


「なら近くに街のある場所を知ってるから、そこに行くと良いと思うぞ。行ったのは2、3年前だから、まだあるはずだ」


「近くに街があるのか? 」


 予想外だな。

 センジュがここに居座っていることや、身寄りの無い様子からセンジュは街の場所を知らないと思ったが。


「……ここに土が残ってるってバレたら何かと面倒の元になりそうだから、俺は本当の非常時以外は行かねぇことにしてるんだ。俺が襲った奴らが逃げ込む先でもあるから、盗みをしてるって事もバレてるかもしれないしな」


 聞く前に、私の意図をんでセンジュが答えた。


 賢明けんめいな判断だ。

 一掴みの土壌には、万金ばんきん以上の価値がある。センジュと違い、人間に目をつけられれば何が起こるか分かったものでは無いだろう。


「方角は? 」


「こっから真東に、2日ぐらい進んだ先にあるはずだ。途中にはろくな目印がねぇから辿り着ける確証はないがな」


「東……火柱の方角と同じだね。分かった。そこに行ってみるよ。ありがとうセンジュ」


 プロミが微笑み、足先を花畑の外へと向ける。


「あぁ……それじゃあな」


 一瞬、何かを迷うような表情をしたセンジュが、それを誤魔化すように笑って別れを告げた。

 プロミが足を止め、振り返り、不思議そうにセンジュの顔を見つめる。


「またね、でしょ? 」


「……!」


 センジュが目を見開く。

 だが、その一言はセンジュの内心の、何かを払ったようだった。

 数秒目をつぶったのち、今度は迷いなくセンジュが言った。


「そうだな。また、どこかで」

 

「うん! またね」


 満足げにプロミが頷いた。


「好きに生きよう。お互いにな」


「あぁ。またな、ナチャさん」


 私を肩に乗せたプロミが、今度は振り返らずに花畑の外へと歩き出す。


「ま、またね。センジュさん」


 恥ずかしがりながらも、別れを告げるカナタの黒髪を、センジュが再び優しく撫でた。


「カナタも、家が見つかると良いな。応援してるぞ」


「うん! ありがとう」


 挨拶ができて満足したカナタが、きびすを返し、私とプロミの元へ小走りで駆け寄ってくる。

 センジュも振り返り、家の中へと戻っていった。


 花畑を抜け、見飽きた灰の海に出る。

 振り返れば、花畑の小さな小屋がもう随分と小さく見えた。そして名残惜しさを感じながらも、私たちは彼岸ひがんの花園を後にした。


    

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