七「生徒会の真実」②
忍田は縁側のお盆の上から、お茶を取り、音を立てず啜る。いつの間にか俺達は忍田と並ぶように座っていた。
「私達は物心ついた時から一緒だったわ。私の父が運搬業をやっていて、そのお得意様が一郎さんの家だったの。良く一緒に外で駆け回ったわね。村に遊ぶ施設なんて無かったし、山や野原が私達の遊び場だった。
一郎さんは、本当に真面目な人だったわ。困ってる人がいたら絶対に助けるし、ルールを破ったりすることもなかった。あの頃は、本当に楽しかった」
思い出を語る忍田の顔は、子どものようなあどけなさが蘇っているようだった。
「貴方のお祖母さん、優子さんも同郷なのよ。まあ優子さんはお嬢様で、私達とは一緒に遊んでいなかったけれどね。とても綺麗な顔をしていて、村中の人が噂してたわ」
そう言いながら忍田は金木の頭を撫でた。思わず金木も照れて頬を赤らめている。
「でも、戦争が全てを奪った」
突然、忍田が視線を落とす。さっきまでと変わって、冷たい目をしている。
「私達の村は焼け野原になってしまった。当然、一郎さんも戦争に行ったわ。私はどうか帰ってきて欲しいと、そう願うことしかできなかった。それに私も色んな所へ駆り出されてたから、心の余裕が無かったのもあるわ。
ある時、戦争が終わってすぐね。一郎さんが帰ってきたの。見た目には大きな怪我はなくて、ああ良かった、無事だった、って心底喜んだわ。でも、まるで無事なんかじゃ無かった。戦争で失った人やその時を思い出しては、夜中にうなされたり、暴れまわったりし始めたの。心が、病んでしまったのね……」
金木一郎は運の良い方なのかもしれない。だって五体満足で帰ってこれたのだから。だが、それでも心は病んだ。それだけ戦争は壮絶だったのだろう。歴史の教科書でしか知らない俺には、想像することしか出来ないが。
「みんながもう一郎は無理だって、段々周りから離れていった。諦めようって。……私も、我が身可愛さで離れてしまった。怖かったの、私の知ってる一郎さんじゃないことが。でも優子さんは違った。殆ど話したことも無いような一郎さんの事を、毎晩毎晩訪ねて、面倒を見ていた。どれだけ物を投げられようとも、どれだけ家族や本人に罵られようとも、優子さんは決して一郎さんを訪ねる事を止めなかった」
そう言って金木の祖母を語る忍田の顔は、金木一郎を語る時と同じく、大切な思い出を懐かしむようだった。
「そのおかげもあって、一郎さんは徐々に正気を取り戻していったわ。町を歩けるようになって、仕事を始めて……。終戦後一年経った時には、もう元の一郎さんだったわね。そして、その後すぐに、二人が結婚した……」
最初、俺はこの話は忍田にとって苦痛なのではないかと思っていた。何故なら金木の話では、忍田と金木一郎は元々は互いのことを好き合っていた筈だったから。なのに好きな人を取られた話など、本当は話したくは無いのではと。
だが忍田の顔を見るとそれはどうやら俺の杞憂だったらしい。忍田は金木一郎の話をする時も、金木の祖母の話をする時も、どちらもとても嬉しそうに話をしている。無意識かもしれないが、笑顔で話しているのだ。
「優子さんは本当に素敵な人よ。誰よりも一生懸命で、人の為に何かをしようとする。それこそ一郎さんのような人。だから二人が結婚すると聞いた時、お見合い結婚だろうと何だろうと、私は本当に嬉しかった。確かに当時は一郎さんへの想いはまだあったけど、それでも二人共本当に素敵だったから。私じゃ、優子さんに敵わないもの」
そう言って、忍田はまた金木の頭を撫でた。すると、少し照れた顔のまま、金木が忍田に言った。
「でも、おばあちゃんが言うには、お見合い結婚だったから愛し合っていたか分からないって……」
「そんな事ないわよ。一郎さんだけじゃなくて、優子さんもちゃんと一郎さんの事が好きだったはず」
そう言って、忍田はまた金木の頭を撫でると、少し思い出しながらポツポツと話し始めた。
「あれは……いつだったかしら。一郎さんがやっと普通の生活が出来るようになってすぐくらいね。優子さんの家が強盗に襲われたの。といっても、もう殆ど家の物は残ってなかったし、数ヶ月後には引っ越す予定だったから何も無かったんだけど。
その時ね、一郎さんが真っ先に助けに行ったわ。もの凄い形相だった。一瞬で強盗達を投げ飛ばして、そしてすぐに優子さんの安否を確認した。二人の性格だから、互いに助けてる時に下心なんて無いんだろうけど、それでも二人の間に何もなかった、なんてことはな無いと思うわ」
忍田はお茶を静かに啜り、フッと笑った。
「だからこそ、一郎さんの想いが優子さんに無かった、なんてのはあり得ないわ。一郎さんは絶対に優子さんを愛していたし、そんな不誠実な事はしない」
言い切る忍田はもう怒ってはいなそうだった。だがその代わりに、とても、哀しい顔をしていた。
やはり、俺の考えは何処かが間違っていたのかもしれない。全てではなくとも、決定的な何かが違ったのだ。
俺はゆっくりと立ち上がり、忍田の前に立った。
「今日はありがとうございました。貴重な話が聞けて良かったです」
俺は軽く頭を下げた。その俺に倣って金木と嵐士もそそくさと立ち上がると、頭を下げる。
「私からも、本当にありがとうございました。祖父母の話を聞けるのは本当に貴重なので、嬉しかったです! また聞かせて下さい」
「婆ちゃんありがとね! 今度はいつもみたいに将棋やろうぜ!」
二人が頭を上げたタイミングで、俺はもう一度軽く頭を下げてから、門へ向かった。
入ってきた時と同じ道で、同じ方法で家路を辿る。
不意に、学校の近くに来た時に金木に呼び止められる。
「ちょっと、ちょっと!」
俺は肩を引っ張られて振り返った。金木は不思議そうにこちらを見つめている。
「どうしたの突然? というか、おばあちゃんのことなんだけど──」
「ああ、わかってる」
「え?」
「それについて、ずっと考えたんだ。忍田さんは嘘をついてない。ボケてるようにも思えない。ならさっきの話は本当で、俺の考えは何処かが間違っていた事になる」
俺はジッと俯いた。
考えるんだ。金木一郎の残した『遺書』、金木一郎が綴った『恋文』、それの載っていた『生徒会月報 躍飛丸』、金木の祖父母の故郷の『写真』。必ずこの中に、本当の金木一郎の"想い"に繋がる何かがあるはずなんだ。
見逃すな。塵一つ。そして辿り着くんだ。本当の"想い"に。
────第七話② 完
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