第8話 S級冒険者が倒れている、ただの美少女のようだ

ミミィとの再会も充分に喜び合ったし、そろそろ行くか。

地上を目指しに。


「ミミィ、ちょっとこの中に入っててくれ」


俺は後ろポケットに入れていたマジッククロスを取り出すとバサァとミミィに広げ被せる。すると、たちまちにその姿は布の中へと消えていった。


……これで俺は、いつでもミミィをここから出して隠しエリアに逃げられるようになったわけだ。


保険があるとだいぶ心強いな。

俺はマジッククロスを再び畳んで仕舞うと歩き出す。

異階層のモンスターに気取られぬよう、慎重に。


……とはいえ、やっぱり全避けは無理かぁ。


さっそく目の前にミノタウロスの亜種。

不健康そうな紫色の肌をしたそのミノと通路の角でバッタリ鉢合わせてしまう。

一閃。


〔ゴォォォッ!?〕


出会った直後に振り抜いた剣が、ミノの斧を持つ腕を飛ばした。

驚きにのけ反るミノに、しかし対応するヒマなど与えない。

俺の剣(ベガァ)はしなる。

ミミックの舌となって。


バシンっ!

のけ反るミノの脚が払われる。

支えを失ったミノが仰向けに倒れるやいなや、俺はその喉ぼとけに剣を突き立てた。


「……ふぅ」


辺りを確認。

他にモンスターは無し。


「だいぶ手慣れてきたな」


1人での、いや、ベガァとの共闘がだ。

さっきまではミノタウロスとかの上級モンスターと正面から戦ったらチビってしまう、とか自分で思っていたのに。


……さすがにドラゴンとの一騎打ちが効いたよなぁ、これは。


なんていうか、アレを経験したら他との戦いが一気に楽になった気がするんだよな。いやまあ、ドラゴン以上の存在とかいないらしいし、当然といえば当然なのかもしれないけどさ。


俺はその先も時たま散発的に遭遇する異階層のモンスターを倒しつつ、上階への通路があるエリアへと向かう。

先ほど俺が、翔大に裏切られたあのエリアだ。


「こりゃあ……1人で突破は無理だな」


どこに目を向けても上級モンスターばっかりだ。

先ほどは十数体だったが、今は数十体、いや100体近くになっている。

さすがにこれだけの数相手じゃ勝ち目なんてどこにもないな……。


現に、死屍累々だ。

そのエリアの近くには他の冒険者たちの無惨な死体が多く転がっていた。

無理してここを強行突破しようとして、上級モンスターたちに蹂躙されたに違いない。


……別ルートが無いか探すしかないか。


仕方ない、引き返そう。

それで横道とかを徹底的に調べるしかない。


そして30分くらい練り歩いていた頃だろうか。

ふと気になった通路があって、そこを覗いてみた時だった。


「み、見つけちゃったよ……」


俺の目の前にあったのは上階へのルート、ではなかった。

その逆。

下の階へのルート。

それが意味することはつまり、


「異階層の入り口か……やばい」


退散退散、むやみに近づいちゃダメだ。

ただしっかりと脳内のマップにしっかりとマーキングしておく。

なにせ、異階層さえ消えればそこは地下6階へのルートになるはず。


「しかし、最初に俺たちがいたところからずいぶん近くにあったんだな……どおりで、さっきのエリアに異階層のモンスターがたむろしてたはずだよ」


本当に運が悪いったらありゃしない。

もうちょっと異階層の入り口が遠かったら、あるいは俺たちがもっと早く地上階に引き返していれば、俺たちは巻き込まれなかったのに。


……まあ、そんな"たられば論"を言ってたって何も始まらないけどな。


とにかく、今は足を動かさなきゃ。

ダンジョンは広い。

だから上階へと繋がる道もきっと1本じゃないはずなんだ。

実際、地下1階から2階に降りるルートは3本見つけてる。


「……ん?」


上級モンスターの死骸だ。

それが通路に転がっている。

いや、そのことは別に珍しくない。

この階層レベルの冒険者パーティーでも、一丸となれば倒せるはずだからな。

ただ気になったのはそこじゃない。


「すげぇ、首を一撃で刎ねて倒してる……他に傷がないってことは、まさか1人でやったのか? それがもう1体……いや、2体?」


今の俺だって剣(ベガァ)の力を借りて不意打ちをしてなお、2~3撃必要だというのに。

これは……よし!

希望が見えたぞ。


俺は急いでこの死骸の通路を進む。

死骸は1本の通路に点々と続いていた。

謎の冒険者……おそらくはS級だろうな。そいつがここを進んで、モンスターと遭遇するたびに瞬殺を繰り返したに違いない。

他の通路には目もくれなかったのだろう、そこに死骸は1つもない。


「やっぱり、進む道に迷いがない。この冒険者は上階へのルートを知ってるんだ……!」


これで上階へ行ける。

生還できる!

そう思って、点々と続く死骸に沿って通路を曲がった、その時だった。


「……!?」


その次の通路は、上級モンスターの死骸で埋め尽くされていた。

なんだ、コレ。

10体やそこらじゃきかないぞ?

死骸がバラバラになって判別がつかないが20、30は下らない。


……それに、何より、1番気になるのは【あの子】だ。


モンスターの死骸の海の中、壁に寄りかかるようにして倒れている1人の少女。

ダラリと投げ出されたその手には折れた剣。


……まさか、この子がこの壮絶な光景を生み出したS級冒険者だってのか……!?


艶のある栗色の髪、シルクのような肌、長いまつげ……一見すると国民的アイドルとかしていそうなただの美少女にしか見えないんだが。


「な、なあ……!」


声を掛けた。

返事はなかった。

それどころかピクリともしない。

顔面蒼白で、唇は紫に染まっている。

もう、死んでしまったのか……?


ぴくっ。


「……!」


少女の、長いまつげが少し震えた。

生きてるっ!?

慌てて駆け寄った。

その口に手を当てた。

わずかだが、呼吸は……ある。


〔ギュォォォッ!!〕


「っ!!!」


おいおい、今来るのかよ!

この通路の死骸の海を越えた向こう側には上級モンスターが数体、いやもっとか。

もしかして、この子を倒すための増援でも呼びに行ってたのか?


……とにかく、今ここでは戦えない!


俺は後ろポケットからマジッククロスを取り出す。

美少女に被せると、布の中にその姿が消える。

急いで畳み直し、俺は来た道を走って戻った。

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