第3話 New Prologue, With Overflowing Another Memory.

「……ハメられた……」


 映画館の指定席チケットが四人分あると誘われ、五月最後の日曜日、バイトの先輩の大学生二人とやって来た。入館して指定の席を探してみれば、二席づつ離れた位置にあり、一方を先輩二人が選んでしまった。必然残りがあたしともう一人の割当てになって。座して待つことしばし、やってきたのはバイト同僚の生島いくしまとおるだった。


「文句言ってくる!」

「映画始まるよ。迷惑だから後にしよーよ」


 腕をつかまれ諭されては、あたしも腰を下ろす他なかった。


   ◇◆◇


 正直映画の内容が入ってこない。頭の中でリフレインする過去の記憶。


『庄子ってめっちゃ足速くてチョー力強いのな。カッコイイじゃん』


 小学5年の二学期に行われた運動能力テストの後、生島が何気にあたしへ言った言葉。女子に言う言葉ではないと思う。けど彼をお気に入りな女子たちが、あたしをゴリラ女と呼び出すほど、その言葉は友好的で。


 あたしは時季外れの転校生だったから、同じ教室の子から空気のように無視され。それにゴリラ女が加わり、あたしへの嫌がらせは次第に悪化し――ウソ告白をくり返される異常事態になった。


 一連の出来事は洋一アイツとの出会いに継がる。だから洋一アイツと共に生島のことを――嫌がらせを受けるあたしを気に掛けてくれた男の子への感情を――封じて――


  ◇◆◇


『後は二人でごゆっくり』


 映画が終わってスマホを見ればグーサイン付のメッセージが来ていた。先輩たちの席を見れば二人の姿は既になく。イラつくまま足早に映画館を出て。生島は容易く付いてきて人気の減った辺りで声を掛けてきた。


「先輩たちを怒らないでやってくれ。庄子が俺を避け気味だから気づかってくれたんだし」

「だからって欺くのは――」


 生島とギクシャクしてバイト先の空気を微妙にしてたのはあたし。出来るなら素直になりたい。けど、生島は洋一アイツに至る道の始まり。洋一アイツを思い出したくなくて生島を避けていた。


 生島への口撃が始まりかけたその時、横手の路地からあたしたちに声がかかった。


「そこにいるの、咲依? それと生島?」

「……小町……」

「よっ、おそよう」

「何々? もしかしてデートしてたん?」


 路地から出てきたのは春宮。生島と一緒にいる姿を見られて気不味くて、あたしは春宮の名前をつぶやくだけ。でも、春宮と同じ教室のためか、生島のあいさつは気安いもので。それを呼び水と思ったのか、ニヤニヤした顔で春宮がからかってきた。あたしがで返そうとした時――


「小町、知りあい?」


 洋一アイツの声が聞こえて。路地からひょっこり顔を出し、あたしたちの姿を認めた洋一アイツは体を硬直させて。不意の出会いだから――だけじゃなく、その路地の先がホテル街と呼ばれるから。洋一アイツは春宮と行ってきたばかりなのだと思う。何せ二人から強めの香りが同じくするから。


 この二人と何を話せばと、あたしがぐずぐずしてることを察したか、生島が春宮の問いに答えていた。


「そうそう、俺たちデートしてたんだ。ちょうど映画を見てきたんだぜ。なっ、咲依?」


 生島はあたしにだけ見えるように顔を向け、ウインクしてきた。話を会わせろ――だと思う。とっさの名前呼捨てに不快――感はなかった。


「あ、うん。あの人気の恋愛――」


 とにかく話を合わせようと映画の内容を語り始めた。一先ず、生島と口論になりかけたことは悟られなくて良かった。何とか語り終えたところで、洋一アイツがあたしに向けて声を出し――


「えっと、ゴールデンウィークのあの時はごめん。オレが――」


 洋一アイツが謝罪したくて会いたがってると、春宮から伝えられていた。けど今なのかと思う。何も生島のいるところで――あたしが渋い顔をすると、生島は洋一アイツの口上を遮っていた。


「あー、悪い。俺たち、映画をハシゴするんだ。さっきのはオゴリでな、と見たかった映画じゃなくてな。そっちは別の映画館だから急ぎたいんだよ」


 生島は畳み掛ける最中、あたしの手を取り、いわゆる恋人つなぎをしてきた。あたしは生島の手の感触に頼もしさをなぜか感じ取っていて、振り解こうとなんて思いもしなくて。


「春宮もソイツとデート中だろ? 次の予定があったんじゃないか?」

「そうそう。お腹が空いたからご飯行くところだったんだよね。ねぇ、洋くん?」

「……あ、うん」


 生島は昔より口が上手くなっている。洋一アイツに話の続きをさせないよう会話のペースを握り、春宮と洋一アイツの外出目的を引き出していて。春宮が甘えるように洋一アイツに寄り掛かり、その左腕を胸に抱きしめたことで、洋一アイツは謝罪したいという意気込みを失ってしまった。


「じゃー、そっちも急いだほうがいいな。そろそろ正午を回るし、飲食店が混むぜ? うし、また今度、一緒に遊ぼうぜ。行こうぜ、咲依」

「あ、うん」


 お互いに急げと話をまとめた生島。再会を、一応約束して。けど、良いのだろうか? あたしたちは付き合っているわけでもなく。生島にとってのあたしは何なのだろう。そんなことが急に気になりだして。


「またな!」

「またねー」


 すれ違い様、小町と生島が別れのあいさつをして――あたしは洋一アイツの顔色を伺う必要性も感じぬまま、生島の横顔を見つつ、洋一アイツの横を抜けた――


  ◇◆◇


「いやー、庄子すまねー」

「何を謝っているのよ?」


 別の映画館の入口前にたどり着き、後ろを返り見て気配を確認した生島は、あたしに謝罪してきた。けど、何を謝ってるのか、あたしは疑問に思ってしまい。


「呼捨てと――手を握っちまったことさ」


 生島に言われるまで、あたしは忘れていた。それどころか生島の手の温もりを心に刻んでいて――あたしのチョロさに気づかされて耳のあたりに熱を感じた。


「別に――イヤじゃないよ? 生島こそ見られたら困る人、いないの?」

「残念ながら」


 気恥ずかしさを隠す意味も込めて、生島に問い返した。両手を上げた、おどけたポーズを取ろうと、手を放そうとするから――


「手、放しちゃうの?」

「えっ?」


 生島の驚いた顔に、あたしは笑みを浮かべ。あの日より頼もしくなった生島への――封じた感情と同種の――好奇心を、今、解き放とう――


   ◇◆◇


 後日、高校にて――


「また映画に行こうぜ!」

「タイトルは?」

「俺の彼女は筋肉がスゴイ!」


 あたしは生島の額にグーパンを決めていた!

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