第3話 おっさん、美人女教師に感動する




「な、なんの真似ですか、これは!!」



 坂橋先生が王様に食ってかかった。


 しかし、騎士たちから向けられる初めての殺気というものに青ざめている。


 王様は坂橋先生を見下ろし、ただ一言。



「余は王として、国をより豊かにせねばならん。だから勇者には魔王を打ち倒してもらわねば困るのだよ。魔王国の豊富な資源を手に入れ、魔族を奴隷にすれば、我がアトランティス王国は数百年の安寧を得る。そなたのような使えぬクズに口出しされては困るのだ」


「なっ、ふ、ふざけないで!! さっきと言ってることが違うじゃない!! この国は魔王軍に侵略されてるって!!」



 坂橋先生が王様を指差して言う。僕はその横で、ボソッと呟いた。



「大方、侵略しようとしたら反転攻勢を受けたってところでしょうねぇ」


「え?」


「ほう? ユニークスキルを持たぬクズの割りには頭が回るではないか」



 坂橋先生が首を傾げ、王様がニタリと気持ち悪い笑みを浮かべる。


 僕は煙草一本を取り出して、火を点けた。



「え、今、どうやって火を……?」



 隣で坂橋先生が目を瞬かせるが、僕は構わず王様に向かって言った。


 流石に言いたいことがある。



「貴方ね、王様がいくら偉いからって人のことをクズクズ言うのはやめてください。僕みたいな社会に貢献しようともしないゴミニートにだって人権はあるんですよ!!」


「え、ちょ、柊さん? どこに怒ってるんですか!?」


「いえ、まあ、この際です。僕がゴミクズニートなのは百歩譲って良いとしましょう」


「良いんですか!?」


「ですが、坂橋先生は立派な人だ。急に異世界に拉致されても、教師としての使命を全うしようとしている。僕の恩師である山田先生並みに尊敬できる人です!!」


「誰ですか、山田先生って!!」



 坂橋先生のツッコミが何度も炸裂する。


 おお、隙を見てはツッコミを入れるとは。ツッコミの才能がありますね。



「ふん。そなたらはユニークスキルの価値を分かっておらん。ユニークスキルは、その者のみが持つ唯一無二の絶対的な力。それを持つ者が一人いるだけで、国は凄まじい力を得る。それを持たぬ貴様らなど、クズ以外の何物でもない」


「っ、その、ユニークスキルとやらが凄いのは分かりました。でも、だからって生徒を騙して戦わせるなんて、許されると思ってるんですか!!」


「ほう? 面白いことを言う。誰が余を許さぬと言うのだ? 余はアトランティス王国の王。余を罰することなど、天上の女神にしか出来まい」



 王様が椅子にふんぞり返って言う。


 ああ、これは何を言っても響かないタイプの人種だな。

 自分が人間ではなく、王という生き物だと思っているタイプだ。



「さて、答えを聞こう。ここを去るか、兵たちの性奴隷になるか。あるいは死ぬか」


「っ、そ、それは……」


「まあ、どちらを選ぼうと、そなたには奴隷紋を施し、今後何があっても勇者たちに余計なことを言えぬようにするがな」



 奴隷紋。

 施した相手を隷属させる魔法の一種で、相手を意のままに操れる代物だ。



「っ、わ、私、は……」


「どうします、坂橋先生? 早く決めてもらわないと、この人たち本気で僕たちを殺す気ですよ」



 坂橋先生は答えない。答えられない。


 教師としての使命を放り出す選択肢は、彼女の中にはない。

 ここで死ぬという選択肢も同様だろう。


 ならば選ぶべきは、兵たちの慰み者。


 しかし、普通ならそんな屈辱的な選択肢を選ぶことはできない。


 そう、普通なら。





「分かり、ました。性奴隷に、なります」





 耳を疑った。僕は坂橋先生に横から問いかける。



「坂橋先生、いいんですか?」


「生徒たちを放って一人逃げるなんて、私にはできません。別に、死ぬわけではないですし」



 身体を震わせながら、坂橋先生は言う。


 自分の身に起こることを想像して怯えてはいるが、それを勇気と覚悟でねじ伏せている。


 生徒のためなら迷わず自分の身体を差し出すと言ってのけた。


 その覚悟が目の前の王という生き物に響くわけがないのに。


 普通じゃない。頭がおかしい。イカれている。


 ……でも。



「最高にカッコイイですね、坂橋先生は」


「柊、さん?」



 でも少なくとも、僕の心に響いた。


 生徒のためなら兵たちの慰み者になることすら厭わない。


 何という覚悟、何という精神。おっさんはとても感動した。



「そうか。ではそなたは生かしてやろう。男の方は殺せ」


「なっ、や、約束が違います!!」


「余はそなたが頷いても男の方を助けてやるとは一言も言っておらん。どうした、騎士団長。早く其奴を殺せ」


「はっ!!」



 王様に騎士団長と呼ばれた大柄な騎士が担いでいた大剣を抜いて構える。



「悪く思うなよ。国王陛下の命令なんだ。せめてもの慈悲として、痛みを感じる間もなく死なせてやろう」


「社畜は大変ですねぇ。上司の命令に逆らえないから」


「ふん!!」



 騎士団長が僕の首を目がけて剣を振るった。



「ダメッ!! 柊さんッ!!」



 坂橋先生が心配したように僕に手を伸ばすが、騎士たちに阻まれる。


 そんな彼女に向かって僕は笑顔で一言。



「あ、ご心配なく」



 ガキーンッ!!


 まるで金属と金属がぶつかるような音と共に、何かがヒュンッと床に刺さった。


 それは、半ばで折れた騎士団長の大剣だった。



「「「「「「「え?」」」」」」」



 王様も、お姫様も、騎士も、騎士団長も、そして坂橋先生でさえも状況を理解できず、その場で固まる。


 僕は首を撫でながら感想を呟く。



「うーん、もう少し痛いと思って覚悟してたんですが、微妙ですねぇ」


「な、え? お、俺の剣が……」


「ああ、よく見たら魔剣じゃないですね。道理で痛くないわけだ」



 普通騎士団長と言ったら、魔法で鍛えられた強力な剣を持っているもの。


 しかし、見たところこの騎士団長はそれに類するものを持っていない。


 僕のことをユニークスキルを持たないカスだと思って侮っているのか、はたまた持っていないだけか。


 どちらにせよ。



「じゃ、今度はこっちの番です。加減はしますが、骨の一本や二本は覚悟してくださいね?」


「え? ――ッ!!!!」



 一撃だけ。


 一撃だけ拳を騎士団長の胴体に叩き込む。


 その次の瞬間、騎士団長は派手にぶっ飛んで壁に激突し、めり込んだ。



「げほっ、ごぼっ、がぼっ」


「あ、ありゃ? 骨どころか内臓まで行っちゃいました?」



 騎士団長が兜の隙間から赤黒い液体を吐き出す。


 まあ、こっちの世界には治癒魔法とかあるし、死にはしないだろう。


 僕は王様をちらりと見る。



「な、何をしておる、そ、その男を殺せ!!」


「あー、お話の邪魔をされると面倒ですね。ちょっと眠っててください」



 僕は剣を片手に向かってきた騎士たちの首を手刀で殴り、気絶させる。


 加減を間違って何人かの首の骨を折っちゃったけど、まあ、大丈夫だろう。多分。


 ……大丈夫じゃなかったらごめんね。 



「さて、と。これでゆっくりお話ができそうですね」


「ば、馬鹿な、我が国の精鋭たちが……。カロリーナ!! あ、あやつはユニークスキルを持っていないクズではなかったのか!!」


「は、はい!! た、たしかにそのはずです!!」


「ん? ああ、気になるならもう一度見ても構いませんよ。今度は【偽装】のスキルを切っておくので」


「え? ――ひっ!!」



 お姫様が短く悲鳴を挙げ、絶叫する。



「いやあああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」


「カロリーナ!? ど、どうした!? 何を視た!?」 


「ば、化け物っ!! 人間じゃない!! こんなの人間であっていいはずがない!! いや!! いやあああああああああッ!!!!」



 半狂乱になって叫ぶお姫様。


 ありゃりゃ、せっかくの美人が台無しだねぇ。



「お、落ち着くのだ、カロリーナ!!」


「お、お父様、あれに、あれに逆らってはいけませんッ!! 滅びます、滅ぼされます、私たち皆、抵抗することもできずにこの世から、あ、い、いや、誰か、だれかたすけてぇっ!!」


「人を『あれ』呼ばわりはやめてくださいよ。地味に傷つきますから。あと甲高い声はやめていただけると。耳がキンキンして痛いので」


「ひいっ!!」



 そして、お姫様は泡を吹いて失神した。


 その場に残されたのは、不安そうな表情の王様がただ一人。



「き、貴様は、何者なのだ?」


「ああ、僕ですか? 僕の名前は柊。柊伊舎那と言います」



 僕は吸い終わった煙草を捨て、もう一本煙草を取り出し、火魔法で着火する。



「すぅー、ふぅー。――元勇者のおっさんですよ」


「な、なん、だと?」



 お、今の台詞はキマったな。僕の脳内語録に記憶しておこう。






――――――――――――――――――――――

あとがき

剣が折れた騎士団長はショックで三日寝込んだ。



「覚悟ガンギマリ先生で草」「美少女なお姫様が錯乱するの良いよね」「脳内語録ってなんだ」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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