第2話 おっさん、横から口出しする





「って!! 凪ちゃん先生は止めてください!!」



 僕が生徒たちに色々言おうとした直前に凪ちゃん先生が待ったをかける。


 えぇ? 今それ言います?


 でも待てよ。冷静に考えてみたら、これはチャンスなのでは?



「だって本名知らないですし。ちなみに僕の名前はひいらぎです。下の名前は伊舎那いざな。いわゆるキラキラネームですが、気に入ってます」


「あ、そ、そうですか。私は私立竜宝高校二年A組の担任、坂橋さかはし彩凪あやなぎです」



 よっしゃ、作戦成功!! 気になるあの子の本名が分かったぜ!!



「じゃあ坂橋先生。少し貴方の生徒たちに物申しても?」


「えっと、はい、どうぞ」


「どうも」



 僕は改めて生徒たちの前に立った。



「えーと、神崎くんだったね」


「は、はい」


「君の言う、『力があるなら困ってる人を助けるべき』という意見には概ね賛成だよ。弱者救済。知性なき獣とは違う人間は、かくあるべきだ」


「や、やっぱりそうですよね!!」



 神崎くんが頬を緩ませる。


 てっきりお小言を言われるとでも思っていたのだろう。


 僕の予想外の賛同に嬉しそうだった。



「でもね、神崎くん。それは君の意見だ」


「え?」


「他の皆の意見は聞いたかい? たしかに君たちのうち、半数は君に賛同しているようだけど、それは本当に彼らの意見かい?」


「それは、どういう……?」


「皆が『神崎くんがそう言ってるから』という理由で賛同していたら、それは良くないと思わないかい?」


「あ……い、いや、でも、そんなことは……」



 いや、そんなことはあるだろう。


 見ていたら分かる。

 人間は、カリスマ性のある人に無条件で従ってしまうものだから。


 そして、そのカリスマ性が神崎くんにはある。


 僕は生徒たちの方に視線を向けて、出来るだけ怖がらせないように語りかける。


 

「皆も少し冷静になって考えてください。ここは異世界だ。剣や魔法でわくわくするのは自由だけどね、根本的には何も変わらないよ。人は死ぬし、死んだらそれまで。戦争なんか一時の高揚に任せて参加するものじゃないと、おっさんは言っておきます」


「うっ、は、はい……。王様、少し時間をください!! 皆で話し合いたいので!!」


「う、うむ、分かった。部屋を用意させよう」



 こうして僕たちは一時的に謁見室を出た。


 王様の護衛と思わしき騎士たちの案内で会議用の部屋に案内される。


 その道中。


 ちょっぴり意外なことに、坂橋先生の方から僕に声をかけてきた。



「あの、ありがとうございました」


「ん? 何がです?」


「その、生徒たちを説得してくれて。私自身、まだ今の状況を飲み込めていなくて、どう説得すれば良いのか、分からなかったので」


「あー、まあ、そういうこともありますよ」


「……ふふっ」



 坂橋先生がくすっと笑った。おっふ、笑顔の破壊力がパネェっすわ。


 いかんいかん。冷静を装わねば。



「何かおかしいことでも?」


「いえ、なんというか、柊さんって頼れる人だなあって思って。私より先生みたいというか」



 お? なんか好感度高くない?



「そう言ってもらえると嬉しいですねぇ。しかし、どうなさるおつもりで? 生徒たちは話し合いをするみたいですが、もし戦争に参加したいと言い出したら?」


「……私は絶対に反対します。子供たちを、危険な目には遭わせたくないので」



 強い決意を宿した目で、坂橋先生が生徒たちを見つめる。


 ああ、これはテコでも動かない人の目だな。面倒なことにならなければ良いけど。


 僕はレジ袋から煙草を取り出し、ライターで火を付ける。



「……柊さん。急に煙草を吸うのはやめてください。迷惑です」


「おっと。すみません、ついクセで。不安になったりすると吸っちゃうんですよねぇ」


「もう。煙草を吸う人は苦手です」


「……禁煙、しましょうかねぇ」



 せっかくの好感度を溝に捨てるのは勿体無い。

 少なくとも、坂橋先生の前では吸わないようにしよう。


 それから二、三時間ほど、生徒たちは案内された部屋で今後のことについて話し合った。


 その結果は――



「先生。俺たちはやっぱり、この世界の人々のために勇者として戦いたいです」



 残念ながら、生徒たちの意見は参戦の方向で固まってしまったらしい。


 途中で王様の側近らしい大臣が来て「元の世界に帰る方法は魔王が知っている」とか言った影響も大きいだろう。



「……私は断固として反対します」



 当然、坂橋先生は首を縦に振らない。


 これには頑固というか、曲げられない信念のようなものを感じた。


 しかし、かと言って生徒たちも引き下がらない。



「先生が俺たちのことを心配してくれているのは分かります。でも、皆で決めたことなんです」


「何を言われようと、先生は貴方たちに危険が及ぶことを許容できません。どうしてもと言うなら、先生を納得させるだけの理由を言ってください」


「そ、それは、困っている人を救うために――」


「先生にとって大切なのは、貴方たちを守ることです。あまり言いたくはないですが、知らない世界の知らない人がどうなっても、私は何とも思いません」



 お、おお、随分とぶっちゃけるなあ。


 まあ、坂橋先生にとって大切なのは生徒で、見ず知らずの人間はどうでもいい、と。


 冷たいようだが、なるほど。生徒のことを考えている良い教師だ。



「先生!! お願いします!! 俺たちのことを信じてください!! 俺たちは誰一人として死にません!! 絶対に勝って、魔王を倒して、全員で元の世界に帰りますから!!」


「……」



 生徒たちの必死の訴えにも動じず、嫌われることを承知で首を縦に振らない。


 まさに膠着状態だった。


 その時、会議用の部屋の扉をノックして、誰かが入ってくる。

 王様の身辺警護をしていた近衛騎士だった。



「失礼します。国王陛下が、内密に話したいことがあると貴女をお呼びです」


「え、私ですか?」



 騎士が声をかけたのは、坂橋先生だった。



「……分かりました。すぐに行きます。神崎くん、貴方たちはここで待っていて」


「……はい……」



 僕は少し胸騒ぎがしたので、騎士に声をかける。



「すみません、僕も行っていいですかね?」


「なりません。陛下は彼女だけを呼ぶよう命じられたので――」


「そんな細かいことはいいじゃないですか。ね? お願いですよ」



 僕は騎士の目を真っ直ぐ見つめながら言う。


 すると、次第に騎士の焦点が定まらなくなって、僕のお願いに頷いた。



「はあ、分かりました。ではこちらへ」



 再び謁見の間に向かう途中、態度がおかしくなった騎士を見て坂橋先生がこっそり耳打ちしてきた。


 おっふ、耳に息が当たるでござる。



「あの騎士の人に何かしたんですか、柊さん」


「……僕が何かしたように見えました?」


「えっと、まあ、はい」



 これはこれは。



「まあ、そうですね。催眠術みたいなものです。目が合った相手と仲良くなれるんですよ。お願いを聞いてくれるくらいには」


「……冗談はやめてください。催眠術なんてあるわけないじゃないですか」



 ありゃりゃ。ま、信じてもらえないよねぇ。


 なんて話してるうちに謁見の間に到着。


 王様は先程と同様に高価そうな椅子にどっかりと座りながら、僕と坂橋先生を見下ろしていた。


 先程と異なるのは、その王様の横に金髪碧眼の美少女が立っていたことだろう。


 王様が美少女に向かって言う。



「む? 余が呼んだのは女の方だけだったはずだが……まあ良かろう。ついでだ。我が娘、カロリーナよ。この二人のステータスをそなたの鑑定スキルで視られるか?」


「はい、お父様」



 途端に不快感が僕を襲った。


 これは、鑑定スキルを使われた時に生じる特有のものだな。


 鑑定スキルは相手の情報を勝手に読み取るスキルだ。

 パーソナルスペースに土足で踏み込んで来るようなものだから、この不快感が生じるのである。


 ふむ、何の真似だ? いや、予想はしてるが、当たって欲しくないなあ。



「……お父様。このお二人はユニークスキルを持っていません」


「そうか。ユニークスキル持ちの勇者であれば殺さずに奴隷として使うつもりだったが、ただのクズか」



 あー、嫌な予感が当たっちゃったかも。



「ふむ。しかし、余は役立たずのクズにも優しい。このままこの国を去るか、あるいは兵士たちの娼婦になるか、選べ。どちらも選ばぬのであれば潔く死ぬが良い」


「え?」



 王様が右手を挙げて合図すると、騎士たちが一斉に剣を抜いて、僕と坂橋先生に切っ先を向けた。


 まったく、嫌になっちゃうよ。


 どうしてこうおっさん如きの嫌な予感は当たっちゃうのかねぇ。







――――――――――――――――――――――

あとがき

作者の思う理想のおっさん像

普段は物腰柔らかい、ヘビースモーカー、やる時はやる、お節介焼き。作者はこういうおっさんになりたい。


「面白い!!」「王様が思ったよりクズだった」「作者のおっさんのイメージは分かる」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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