幕間4 裕作君は〇〇らしい

「あの、裕作君!」


放課後。

掃除当番を終えた裕作が誰もいない教室で帰り支度をしていると、眼鏡をかけた女の子が話しかけてきた。


「ん? 確か君は……」

蜂野はちのです、あの、私、F組の図書委員で……」

「知ってるさ、蜂野舞香はちのまいかさんだろ?」


裕作は一度あった人間の顔と名前を覚える事が得意だ。

二、三度顔を合わせればしっかりのその人の特徴を記憶し、忘れることが無い。

故に、彼はこの学院内で知らない他人の方が少ない。


「どうした、なんかあったか?」

「いや、その……」


恥ずかしがっているのか、顔を赤く染め体を小さく委縮させる。

モジモジと体を揺らし、何かを話そうとしては喉奥へひっこめるを繰り返す。

じれったいその態度に苛立ちを覚える人もいるが、裕作は彼女が話し始めるのを穏やかな表情で待っている。


「えっと、その……」

「どうした?」

「あ、っと。その……」

「話しにくい事なら、どっか寄ってくか?」

「い! いえいえ! そんな!」


ワシャワシャと手を大げさに振り、全力で否定する。

彼女の声は裏返り、顔中から大粒の汗を拭き出して慌てふためいている。


「落ち着けって。ほら、深呼吸」


裕作がなだめるように話すと、鉢野はゆっくりと深呼吸を始める。

吸って、吐いて。

頭を上下に動かすたびに、地味な黒眼鏡が上下に揺れて「あわわ」と言いながら掛けなおす。

耳の先まで赤く染めている顔といい、ドジな所を踏まえてなんだか秋音に似ているなぁと心の中で思っていると。


「――裕作、君」


分厚いレンズ越し光る黒い瞳は、涙が流れてしまいそうなほど潤んでいる。

緊張が顔全体に滲み出ており、今にもどこかへ逃げ出しそうな雰囲気すらある。


裕作は今更ながら、彼女があまりコミュニケーションに長けた人間ではないらしい。

けれど、彼女は逃げない。


そう、彼女には聞いておかなければいけないことがあった。

殆ど面識のないクラスメイトに話しかける事など滅多にしない。

引っ込み思案で仲のいい友人も少ない。

目立つことも派手なことも嫌いな彼女は、本来であれば裕作に話しかける事などしないだろう。


だが、これだけは確かめておきたい。

これからの学院生活、いや、人生に大きくかかわる重要な事。


彼女は意を決して、裕作に思いを告げる。


「……って聞いたんだけど、ホント?」

「は?」


裕作は思わず高圧的な返事を取ってしまう。


――総受け。

どんな組み合わせをしても必ず受けになる人物の総称。

……つまり、全員から挿れられる可能性のある万能札。


「違うが? そもそも俺受けじゃないが?」


必死に否定する裕作を他所に、蜂野は鼻息を荒くしながら、

「いや、裕作君は受けでしょ」

強気な姿勢で反発した。


「沙癒ちゃんも、七海君も、精生君も。全員攻めでしょ」

「攻撃的すぎんか?」

「あ、でも秋音君は受けっぽいからそこは要相談ね」

「誰に相談するんだよ……」


沙癒も七海も攻め。

確かにまぁと納得しそう中、


――ん? ちょっと待て


裕作は一つとんでもない事に気が付く。


「精生……? 精生は関係ないだろ」

「え? あんなに仲良しなのにカップリングさせるなとか無理でしょ」

「今更だけど蜂野さんって想像力豊か?」


蜂野舞香はちのまいかはいわゆる腐女子と言われる部類の、妄想豊かな女の子。

男同士が組んず解れず行う行為が大好きな純粋な存在。


裕作はどんな人でも偏見を持たず接する懐の厚く、何事も受け入れる器の大きい性格をしている。


しかし、自分が受けであるという誤認だけは訂正しておく必要がある。


「あの、そもそもなんで俺受けになってんの?」

「ガチムチの受けは栄養素が高いんですよ」

「栄養……?」

「受けの無駄巨根とか最高じゃん」

「待って話勝手に進めないでお願い」


もう既に話の主導権を奪取された裕作は、慌てて彼女を止めようとする。


「後なんで精生も話に挙がってるんだ? あいつ女の子にしか興味ないだろ」

「あのさぁ……それがいいんですよ、裕作君の魅力に惹かれて『お前が俺を狂わせたんだぞ』って言って自分の部屋に連れ出して無理やり押し倒す。最初は裕作君も抵抗するけど精生君のテクニックで骨抜きにされてついにはヤッベ鼻血出てきた」


いよいよため口になった蜂野は、溢れる情熱を吐き出すように妄想を裕作にぶつける。


――彼女の談義はかれこれ三十分ほど続き、裕作はそれを聞き流す事しか出来なかった。


こうして、裕作は新しく変な友人を得るのであった。

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