第19話後半 一年A組所属 新海七海

人を騙す事が何より苦手な裕作は、嘘を付くの事も絶望的に下手くそだ。

だから、彼の挙動は傍から見れはすごく不自然なものだった。


身振り手振り身体を動かしている上、言動は滅茶苦茶で視線は明後日の方向を見つめている。


七海ななみとその周りにいるファンの方々、彼らの関係性を考慮しなるべく穏便に済む選択肢を取る必要がある。


彼らの関係を悪化させるくらいなら、自分が悪人になる方が何倍もマシだ。

それに今ここで変なことを吹き込んだ場合、後ろで嫉妬の眼差しを放つ彼女達に、後で何をされるか分かったものではない。


「いやその、踏んじまって、その、そうなった」


慣れない行動、そして周りからの恐ろしいまでの視線。あらゆる要素が重なり、絶望的に不自然な口調になってしまった。

沙癒や秋音にはその癖を知られているため、直ぐにバレてしまう下手くそな嘘。

しかし、裕作の事を知らない彼にはバレることは――


「いや、噓ついてるでしょ」

「へ?」

「先輩、もしかして嘘下手ですか?」


二秒でバレてしまった。


「いや、その。……はい、嘘つきました」

言い訳もする訳にもいかず、素直に裕作は謝った。

バレてしまったのは仕方が無いと割り切り、本当の事を伝える事にする。


「ほんとは拾った時にはこうなってた」

「拾った時……あー、なんとなく察しました」

七海の方も理解したようで、面倒くさそうに頭を掻いていた。


彼はこの学院ですさまじい人気を獲得し、周りには多くのファンがいる状態が続いていた。

一般的に見ればそれは羨ましい光景かもしれないが、七海自身は面倒で仕方が無いと感じている。


常に誰かに見られている気がする上、何かをある度にそれに便乗してくる者もいる。

行動の自由が制限されているような感覚に陥り、逃げても逃げてもどこまでも追いかけてくる。


彼は早くも、今の立場にうんざりしているようだった。


「はぁ……まぁしょうがないですね」

どこか諦めた様子でため息を吐く七海に対し、裕作は申し訳なさそうな表情を見せる。


「でも、これに関しては俺にも責任がある」

元を辿れば裕作が彼とぶつかったことが原因だ。

直接的な原因ではないにしろ、それを引き起こした者としてここはしっかり謝る必要があると感じた。


「…………」


七海は真剣な表情で手に持った生徒手帳を確認する。

ボロボロになった表面を指でなぞったり、パラパラと中身を捲って状態を調べる。


「まぁ、特に問題は――」

穏便に事を済ませようと思った七海だったが、申し訳なさそうにこちらを眺める裕作の顔を見て、

「あーあ、新品だったのになー」

七海は少し、先輩である裕作を弄りたくなってしまった。


「す、すまん! 弁償するから」

裕作は両手を合わせ勢いよく頭を下げる。

許しを請う先輩に対し、生意気にも後輩の尋問はさらに加速する。


「弁償っていっても、これ非売品ですよね?」

「そ、それは……そうだ! 俺のと交換するか? ほとんど使ってないから新品同然だぞ?」

「いやいや、先輩の持ってても意味ないでしょ」

ニヤニヤと面白い玩具を見つけた子供の様に笑う七海とは対照的に、裕作の顔色はどんどん色を失っていく。


「そ、それもそうか……なら、なんでも言ってくれ! この筋肉で何でもするぜ!」

制服越しに上半身に力を込めて筋肉を発動させようとするが、七海の追撃は止まらない。


「へぇ~ じゃあ、僕の生徒手帳新品に直してください」

「え! それは」

「自慢の筋肉さんで、何でもするんでしょ?」

「筋肉じゃ、解決でき、ないですはい」

裕作の筋肉にはあいにく、そういった機能は搭載していない。


いよいよ打つ手が無くなった裕作は、身体を萎ませるように落ち込んでしまい、肩をガックリと落とす。

百九十センチを超える巨体が体を丸め、本気でため息を吐いている姿を見た七海は、我慢が出来ずに噴き出した。


「あはは! 冗談ですよ! ホントは気にしてないです」

「ほ、ほんとか?」

「ええ。なんか落ち込んでる先輩見てたら弄りたくなっちゃって」

七海は「ごめんなさい」と言い小さな舌をペロッと出して、可愛らしく頭を掻いた。

その姿は見た周りの学生たちはすさまじい歓声を上げて大喜びしていた。


今の行動は天然によるものか、それともわざとなのか。

それは、彼にしか分からない。


「ははっ。先輩、面白い人ですね!」

「――面白いか?」

「えぇ! それはもう!」

満足したのか、彼は生徒手帳を何事もなかったかのようにズボンのポケットにしまい、そのままわざとらしく大きな声で独り言を言う。


「さー無くした物も届けてもらったし、そろそろ帰ろっかなー」

すると、周りにいたクラスメイトの一人が「私も!」と声を荒げた。

それに感化されたようにクラス中の人間が一斉に帰りの支度は始め、教室どころか渡り廊下までドタバタと慌ただしく動き始めた。


「あ、でもね」


二人の様子など誰も気にしていられないこの状況を作り出してから、七海は裕作にだけ聞こえるくらい小さな声で耳打ちをする。


「どうしても気になるって言うなら、今度ご飯でも奢ってください」


彼は口元に人差し指当てて、可愛らしくウインクをする。

そしてそのまま、大騒ぎになっている教室の中へ入っていき、人の波に消えていった。


「……ありゃ、人気出るわなぁ」


彼は顔も良ければ、融通も利き、そして茶目っ気がある。

それが早乙女学院高等部一年、新海七海しんかいななみなのだ。

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