2章 始まりは、夢の終わりから

第14話 夢の終わり、その後の話

その時、僕の中にある何かが壊れた。


投げたはずのボールが目の前にあって、僕を見つめるように静止している。


痛みは何も感じない。

駆けつけたチームメイトが何を言っているのか分からなかった。

でもその時、僕の中学最後の夏が終わったことだけは理解した。


そのあと病院に運ばれて、医者にこう言われた。


――もう野球はあきらめた方がいい。


僕の人生を真っ向から否定されたような感覚に陥った。

今までの努力が全部、あの一瞬で無価値になった。

好きで始めたものを奪われ、僕は空っぽの人間になった。

その後、僕は悔しくて悔しくて、嗚咽が止まらない日々を過ごした。


泣いて、泣いて、泣いて。


――そして涙が枯れた時、ようやく僕は、自分がもう投げられない身体である事を受け入れた。


それから僕は野球部を辞めた。

野球を辞めてから今日に至るまでの半年間、僕はハッキリとした記憶が無い。

クラスメイトの激励の言葉も、両親からの慰めの言葉も。

全部、靄がかかったように濁っている。


けれど、病院で聞いたあの時の言葉は、気持ちが悪いくらい鮮明に覚えている。


「……学校、行かなきゃ」


僕は毎日のようにあの夏の出来事を夢に見る。

苦しくて、見たくないのに見てしまう悪夢。

そして目が覚めると、悪夢よりもタチが悪い現実が待っている。


ここ最近熟睡した覚えがなく、夢か現実かわからない白昼夢の世界で生かされている。

あの球を投げ切れていれば、僕の人生は変わっていたかもしれない。

着替えるのは学校の制服じゃなく、ユニフォームを着て朝練に出ていったかもしれない。


毎日が、生きてるって実感出来ていたかもしれない。


そんなありもしないことを考えて、僕は洗面所に向かう。

今日も倦怠感が強く、体が思うように動かない。

半年間この調子で、高校生になった今でもずっと変わらない。

もしかしたら、このまま一生……。


「――それは、嫌だなぁ」


ようやく洗面所についた僕は、ふと鏡に映る自分を見る。

目の前に映る僕の顔は、とても気味が悪いものに映った。

肌が荒れているわけでも、寝不足にでもない。

いつも通りの顔つきのはずなのに、自分の顔じゃないような錯覚に陥る。


他の人から見たら、それほど大きな変化はないのと感じるかもしれない。

だけど、泥だらけになるくらい野球の練習をしていたあの頃に比べてると、今の僕の顔は腐っているように見える。


今の自分の顔は嫌いだ。

覇気がなく、醜い。

こんな顔、誰にも見られたくない。


「――嫌いだ」


鏡に向かって言葉を吐き捨てると、鏡の中にいる僕が涙を流した。

そしてすぐ、僕が泣いているんだと気が付く。

何も悲しくないはずなのに、身体が言うことを聞いてくれない。


こうなったら、しばらく涙は止まらない。


「……くそ、今日も遅刻か」


朝は嫌いだ、昔の事を思い出す。

学校は嫌いだ、何も楽しくない。

自分が嫌いだ、もう、何もかも。


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