第5話 燃える裏庭2

 翌日、学校に行くと、真知子が溜息を吐いていた。

「どうしました?」

雪子が聞くと、真知子は困ったような顔で答えた。

「実は、昨日親に新しいレコードを買ってもらったの。でも、蓄音機が壊れているのか、ちゃんとした音が出ないんです。聴くのを楽しみにしていたんですけど……」

 それは悲しい。

「……もし良かったら、うちに来ます?蓄音機、あるんです」

雪子が提案した。

「まあ、いいんですか」

真知子が、顔を輝かせた。

「では、今日の放課後、早速伺ってもよろしいかしら。家に帰ったらレコードを持って、雪子さんの家に行きますね」

「どうぞどうぞ」

「……あ、でも、堀宮さんといったかしら。あなたに勉強を教えているご近所の方、あなたが勉強しないとうるさいのでは?」

「形だけ勉強会をするという事にすればいいんです。あの人がもし家に来たら、教科書を広げればいいんです」

「そうですか……では」

そう言うと、真知子はくるりと振り向いて、側にいた桜子に話しかけた。

「桜子さん、あなたも雪子さんの家に一緒に行きませんか?」

桜子は、目を丸くする。

「ど、どうして私をお誘いに……?」

「形だけでも、勉強会をするのなら、成績優秀で頼りになる方にいて欲しいじゃありませんか。……雪子さん、桜子さんを誘っても良かったかしら」

「ええ、どうぞ桜子さんもいらして下さい」

雪子が笑顔で言うと、桜子は「では、お邪魔します……」と、遠慮がちに言った。


 放課後、自宅の雪子の部屋には、雪子と桜子だけがいた。真知子ももうすぐ来るはずだ。

「こうして桜子さんと話すのは、初めてですね」

「……そうですね」

沈黙が流れる。何を話したら良いのかわからない。

「……私、以前から、桜子さんの事を尊敬していたんですよ。勉強を頑張っていらして、すごいなって……」

「……うちは、親が厳しいですから……」

桜子さんが目を伏せた。そうこうしている内に、真知子が雪子の家に到着した。


 真知子が到着し、三人は早速音楽を聴いた。真知子は上品なイメージがあるので、クラシックでも聴くのかと思ったら、流れてきたのは軽快なジャズだった。

「良い曲ですね」

雪子が言うと、桜子も頷いた。

 しばらく音楽を聴いていると、不意に声が聞こえた。

「なんだ、友人が来ていたのか」

雪子が驚いて振り向くと、窓から正太郎が顔を出していた。

「出た」

「出たとは何だ。俺は幽霊じゃないぞ」

「こ、これは息抜きです。今、勉強会をしてるんです。そうだ、桜子さん、ノートを見せてもらえませんか」

「す、すみません。ノートを忘れてしまって……」

四人はしばらく騒いでいたがその内落ち着き、お互いに自己紹介をした。

 その後正太郎監視の下、本当の勉強会が始まり、あっという間に夕方になった。

「そろそろ女の子は帰った方がいいな」

正太郎が言った。

「やっと終わった……」

「息抜きするのもいいが、ちゃんと勉強しろよ」

「してますよ。昨日だってしてたでしょう?小火の第一発見者になったりして慌ただしかったけど」

「ええっ、雪子さんが最初に発見したんですか?……早めに学校に来たんですね」

桜子さんが驚いた。

「とにかく、真知子さんと桜子さんは俺が送っていく。二人共、家はどこだ?」

そうして正太郎は、真知子と桜子を送っていく事になった。


 次の日、また雪子は早めに登校した。すると遠目に、桜子と正太郎が一緒に校門をくぐるのが見えた。正太郎は女学校に用は無いはずだが、どういう事だろう。そしてその日、桜子は授業に出て来なかった。


「どういう事情だったんですか」

数日後の休日、雪子は正太郎の家に行き、事情を聞いてみた。正太郎は、渋い顔をしながらも、答えてくれた。

「……まあ、お前は口が堅いから、話してもいいだろう。……先日の小火や課題が無くなった事件は、桜子さんが引き起こしたものだったんだ」

「……え……」

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