2-7 収容所の怪 

 

1958年 ドイツ第三帝国 シュトラウツ収容所


 「総統閣下。準備ができましたので、下にあります実験室へお越しください」

 親衛隊員がルセフたちを呼びに来る。

 「承知した。閣下には私から連絡しよう」

 大尉がそう言って、奥に座るルセフへと足運ぶ。

 そこには、ルセフと記者の姿はなく、全国指導員と大尉が室内で待機しているだけであった。

 「総統閣下はどこに行かれたのかね?」

 「お手洗いに行かれております。病状が安定しているとはいえ、支えが必要な状態でしたので」

 全国指導員が入ってきた親衛隊員に報告すると、彼は訝しそうに二人を見た後に扉を閉める。

 暫くすると、記者に支えられたルセフと大尉たちが出てきた。

 彼らは、収容施設より少し離れていた場所にある開けた会場に、数台のトラックと即席の実験会場が設けられていた。

 「ハイル・ヒットラー!」

 バルトホッフと周辺の親衛隊員がローマ式敬礼で出迎えると共にシャイドルが深々と首を垂れる。

 「総統閣下。今回は、このような辺鄙な収容施設に足を運んでいただきありがとうございます。当施設一同、大変光栄にございます」

 ルセフが腰かけると共にバルトホッフが汗を拭きながら社交的な挨拶を再び行う。

 「総統閣下!今回は、私の研究成果を見に来てくださって、本当にありがとうございます。今日は、閣下にお喜びいただけるものと確信しております」

 「私も、君の成果を期待しているよ」

 シャイドルの気迫に若干押されながらも答える。

 「まずは、こちらをご覧ください」

 シャイドルは、後ろの研究員が持っていたアルミ製のカバンより一本のアンプル瓶を取り出す。

 「これは、筋肉強化材ともいうべき品物でして、一時的に身体能力の強化が行える品物となっております。これを使用すれば、肉体が未成熟なものであっても数人がかりで扱う迫撃砲などを持っていく事が出来ます」

 シャイドルが説明しながら硬骨な笑みを浮かべていると、目の前の実験会場には着々と準備が行われていた。

 数台の簡易ベットに拘束された人物と土嚢とSS守備隊の1部隊が機関銃を含めて展開していた。

 「それでは、先に話した成果をお見せいたしましょう」

 シャイドルがそう言って拘束ベットの横に立っていた白衣の者たちに号令をかける。

 号令を聞いた彼らは、一斉に持っていた注射器を拘束されている者たちの血管に押し入れる。

 注射を終えると白衣の者たちは、しばらく彼らの状況を確認した後に小走りでその場から離れていく。

 代わりに数人の収容者がおどついた様子で、ベットを押し上げる。

 ベットに拘束された被験者は、しばらくの間ガタガタと痙攣して体をゆすっているものの、徐々におさまりを取り戻していく。

 彼らの衣服が膨らみを見せ始め、段々とその繊維をほつれさせていく。

 顔は、次第に腫れあがり、口が頬周りまで広がっていき、耳や鼻は徐々に後退していった。

 「大尉。あれってやっぱり」

 横に居る記者が大尉に声をかける。

 「確かに似ているが、あの時の奴らより人間に近いようにも見える」

 大尉は、自分がウィーン見たものを思い出しながら、彼らとの違いを頭に思い浮かべる。

 バルトホッフは、展開しているSS守備隊に手を挙げて指示を出す。

 まずは、Kar98kにて被験者に撃ち込んだ。

 彼らが放った弾丸が被験者の皮膚を貫く。

 被験者の悲鳴が会場中に広がり、悲痛な呻きが耳の中をかき回した。

 しかし、酷い叫び声に反して被験者の肌には、傷がほとんど残っておらず、足元には変形した鉛球が落ちていた。

 「御覧の通り、わが軍が誇るKar98kの弾丸であろうと、この薬を摂取した者であれば耐える事が出来ます。皮の強度はボディーアーマーと同等程度となりますし、筋肉増強に至っては・・・・あっ」

 シャイドルがルセフに説明する口を止めて指で被験者を指す。

 被験者は、両腕を拘束していた革製の拘束具をちぎり、ベットについている鉄パイプを引き剝がした。

 そのままの勢いで、SSの守備隊が展開している土嚢陣地に突っ込んでいくと、据え置いているMG45が先ほどとは比べ物にならない発砲音を奏でながら被験者の肉を力強く引き千切っていく。

 「さすがに機関銃の前では、いかに化け物と変える君の薬でも耐える事は出来ないみたいだな」

 ルセフは、シャイドルの見せてくれたアンプルを叩く。

 「確かに、注射を使った接種であればこのくらいの結果になるでしょう。しかし」

 シャイドルがそう言って後方の研究員に目を合わせて呟く。

 研究員は、周囲に居るSS兵士と共に会場横に留まっているトラックに乗り込むと、会場内に輸送していった。

 「常に摂取して、肉体の変異を促進させた場合は、先ほどのようなものとは比べ物にならないものになりますよ。完成したものをご覧に入れましょう」

 シャイドルがそう言いながら、置いてある手旗を持ってい前に出る。

 彼が旗を頭上に挙げると、トラックのほろを剥がして中身をそこに居る者たちに公開させた。

 「!!」

 「これは・・・・」

 そこに居たものを見た一同は、驚いた表情を浮かべていた。

 それは、服装は違うもののウィーンにて一同を襲撃した「狼に盾」のエンブレムを持っていた部隊の兵士と同様の姿をしていたのである。

 顔や体つきは、多少違ったものの体つきや腕の長さなどは、まったく同じものであった。

 「驚かれましたか。これが『新人類』です」

 バルトホッフは、笑顔でその檻に封じ込められている化け物を紹介する。

 「なんとも・・・・しかし、見た目だけでは、どれほど性能か分からないからな」

 「ならば、お見せいたしましょう」

 ルセフの問いにバルトホッフは、笑顔で答えると、展開しているSS守備隊に発砲を命じる。

 SS守備隊は、先と同じようにライフルや機関銃にて攻撃を始める。

 しかし、檻の周囲ではじける金属音と共にボトボトと何かが落ちる音がしていた。

 「よし!射撃をやめさせなさい」

 バルトホッフがそう言って旗を降ろすと、SS兵士たちは怯えながらも手に持っている火器の発砲をやめるのであった。

 「どうでしょうか。見事な性能でしょう」

 バルトホッフが狂気じみた笑みでルセフの元に歩いてきた。

 「・・・・見事だ。是非とも今後の予算配分の参考としたい」

 度肝を抜かされたルセフは、そう言って後ろに居る記者に肩を借りながらコクの部屋へと戻るのであった。

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