第12話

   

「ハハハ……!」

 誰もいない実験室で、俺は両手を広げて歓喜にひたっていた。


 しょせん予備実験のたぐいだから、論文報告に使うデータとしては不十分。今後も繰り返したり、少し条件を変えたりして、細部を煮詰めていく必要があるだろう。

 本来ならば俺の仕事だが、俺がやらずとも、別の誰かが引き継いでくれるはずだ。


「ふう……」

 ひとしきり笑ったあと、一息ついて自分を落ち着ける。

 たとえ予備実験でも俺自身の確信には十分であり、次のステップに進むだけだった。

 新たな注射器を取り出して、実験台の上に置く。

 中に満たされているのは、誰にも秘密で、こっそり用意したもの。POG9を活性化しPOG4を抑制する因子だが、マウスに対してではなく、ヒトに対するものだった。


 秘密といえば、敢えてボスにも話していないことがある。

 例えば、わざわざ今日マウスを殺す理由。先述の「表向きの理由」も嘘ではないが、重要なのは、霊能遺伝子を操作した直後に幽霊になること。何日も何十日もかかるようでは不都合なのだ。

 また、霊能遺伝子の導入方法を検討した際にも、秘密の注意点があった。外科手術っぽい操作とか、胎児の段階での処理とか、脳内接種とかを避けたのは……。

 それでは自分に処置できないからだ!


「フフフ……」

 思わず笑みが溢れてしまう。

 死後も幽霊として現世に留まるのが生物の進化の結果ならば、その「幽霊」は怪談などに出てくるような、未練や怨念から作られる悪霊とは全く違う。むしろSF小説の精神生命体に近いだろう。高度に発展した文明において人類が肉体を捨て去る……みたいな話だ。

 ボスに説明した安楽死なんて、しょせん口実。「高度に発展した文明」の「精神生命体」なのだから、本当は「死」ではない。

 むしろ永遠の命を得る方法だ!


「『生』のための『死』! まさにアポトーシスじゃないか!」

 もう次の職を心配する必要も、衣食住のために稼ぐ必要もない。世間のしがらみからは解放されるのだ。

 恍惚となりながら、俺は自分自身に注射する。

 自分の中のPOG9を強制的に活性化すると同時にPOG4を徹底的に抑えて、霊体だけの存在となるために。




(「アポトーシスで永遠を」完)

   

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アポトーシスで永遠を 烏川 ハル @haru_karasugawa

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