神に挑む狐 壱
——配信待機中 しばらく全裸でお待ちください
きゅうび:ゲリラ配信?
ユッキー☆:昨日の獄激辛の後日譚では
トリニキ:ははーん、さてはお手洗いで地獄を見たな
隙間女:その割には待機画面長い気がする
だいてんぐ:なんか様子が違う気が。音声入ったね
MIKU♡:公開収録?
オカルト博士:てかなんで幽世組コメントないの?
がしゃどくろ:ほんまや
キメラフレイム:なんだろ……
サニー:旅行先から配信してるんでは?
ペガサス:なんか不穏……?
見習いアトラ:えっ、ほんとに何?
すねこすり:あ、映った
カメラが映したのは、神社街である。
神社や塔が無数に並ぶ場所で、数えきれない鳥居が佇立している。常闇之神社に近いが、総本社はここまで壮麗ではない——というか、復興が進んでない。
しかし、現世ではない。それもまた確かだった。
と、画面右下にスワイプ画面が割り込んできた。そこに映るのは、蕾花である。
「あー、あー。あー。はい、はい。……ま、思い立ったが吉日とはよく言ったもんですね。柊も夜葉もせっかちだし、俺もやるなら電光石火が好きなので」
きゅうび:? やる?
ユッキー☆:ワイ、電撃的天啓を得る
MIKU♡:これもうそういうことでしょ
だいてんぐ:なるほど、確かにあとぐされないもんなあ
「さすが、察しがいいっすなあ。そういうこと。幽世版ドリームマッチ、世紀の対決を今回配信しまあす!」
トリニキ:!
キメラフレイム:やべぇよやべぇよ……
サニー:観戦用のコーラ、バッチェ冷えてますよ
ユッキー☆:対戦カード発表あくしろよ蕾花ニキネキ
「妖怪はせっかち。はっきりわかんだね。対戦カード……まず、現世のみんなは誰だと思う?」
きゅうび:燈真さんと大瀧さんとか?
MIKU♡:鬼神と雷神の対決は確かに気になる
隙間女:案外蕾花さんがもうスタンバイしてるとか? 相手は、それこそ常闇様とか
ユッキー☆:アカン(アカン)
「俺ではないけど、常闇様は正解。まあ、あくまで夜葉として戦うらしいけど」
MIKU♡:伝聞でしか幽世を知らないんだが、夜葉って方は強いのかい?
きゅうび:大瀧さんが秒殺されるくらいだそうです
ユッキー☆:不死身の蕾花さんが完全敗北する相手です
トリニキ:ファッ
オカルト博士:きゅうびあんたそんなところに遊びに行ってるの……!?
だいてんぐ:これで僕たちが一般人や一般術者の渡航を制限してる理由がわかったでしょ
隙間女:大妖怪の子孫や、実戦経験でそれに勝るユッキー☆で最低ラインなんですねえ
キメラフレイム:僕とサニー、ひょっとして本当に危なかったのでは
サニー:まさかとは思うけど真鶴姉さんもめっちゃつよい……?
「真鶴さんはああ見えて強いよそりゃあ。戦国武将の孫娘だし。ちょっとね、セッティングに手間取ってるっていうか……ちょっと待っててください」
きゅうび:ワイ夫婦、ゴールデンウイークの昼間からのんびり観戦できて幸せ
オカルト博士:惚気ないで(真摯な怒り)
トリニキ:人妻だからなきゅうびくん。イケメンな旦那さん自慢したいんやろ
ユッキー☆:まあ実際きゅうびニキそんな感じだしな、ワイは特に否定意見なし、と
がしゃどくろ:ビール持ってきた。よかった、二度寝しなくて
だいてんぐ:がしゃどくろニキから漂う苦労妖感
すねこすり:昨日がしゃどくろニキとオフしてきたすねこすり君ですよっと
見習いアトラ:しれっとリスナーがオフする常闇之神社チャンネル草
隙間女:あ、セッティングって〈庭場〉のセッティングですかね
キメラフレイム:前のコロシアムの比じゃないゾ
サニー:誰の〈庭場〉なんだろう
ペガサス:無限の妖力があるっていう蕾花さんでは?
「あ……はいはい。はーい」
音声が、蕾花の誰かとのやりとりを流していた。
彼は手早く印を結び、カメラには映っていないが、彼の前方にある何かをいじる。
MIKU♡:印? うちの可愛い甥っ子でもやらんぞ?
ユッキー☆:可愛い弟妹もやらない
きゅうび:惚気ないで(真摯な怒り)
「えーっと、俺だけじゃなくて、燈真と椿姫と大瀧さん、あと善三さんっていう柊の旦那さんの力も借りて〈庭場〉を形成してるんですねこれ。俺と燈真が妖力供給、椿姫、大瀧さんがディテール形成、んで善三さんが予防策として結界張ってんの。ぶっちゃけ善三さん一人で充分だけど」
だいてんぐ:善三さんっていう方はなんの妖怪ですか?
「人間。ド純粋な人間。結界術だけで平安時代最強の術師に成り上がったバケモンです」
きゅうび:裡辺地方怖すぎる
隙間女:純粋な人間が武闘派規模の術を使える世界、気になります!
だいてんぐ(行っちゃ)だめです
トリニキ:なんで隙間女ネキは異世界転移を散歩ついで感覚で言うの……?
オカルト博士:隙間女姉貴単独で可能なのかどうかはわかんないけど、幽世のワンステップ踏めばワンチャンいけるんでは?
ユッキー☆:いうて幽世ってそういうことしないんすよ あそこはあくまでもよそ様への因果に関しては、理の外っていうポリシーみたいですし
「お、そろそろみたい」
トリニキ:それで、夜葉さんの対戦相手は誰なんだろうか
見習いアトラ:あ、柊と夜葉がせっかちって、そういうこと?
きゅうび:となると実質アクション映画なんだよなあ
だいてんぐ:世界の法則は違えど、参考にできる点はあるかもね
キメラフレイム:なんか真似できたら最強雷獣待ったなしやな!
ペガサス:アーカイブも見直そう!
サニー:えぇ
MIKU♡:雷獣の技はちゃんと時が来たら教えるからね
トリニキ:雷獣の英才教育やんけ
がしゃどくろ:ワイ、戦闘タイプではないので高みの見物
すねこすり:同じく
「じゃ、改めまして——」
蕾花が大写しになった。
それは幽世でも同様である。
定点設置してある水晶や、飛翔する非生物型の式神が撮影する映像が、幽世のモニターや空中投影された投影術に表示されていた。
その映像の真ん中で、気づけばタキシードに着替えていた蕾花が朗々と言い放つ。
「レディース・アーンド・ジェントルメーン! 思い立ったが吉日! ほんとにきっかけは昨日! 私と大瀧さんがスリップダメージで苦しんでいる真っ最中に決まったのです!」
余談だが、そのとき蕾花は何をトチったのか燈真の角を触ろうと取り憑かれたように迫っていた。
それはさておき。
「稲尾柊対夜葉! 現世最強の妖狐と幽世最強の主神! このドリームマッチをお届けすべく、私も部下の揚羽も分身をフル動員! サービス残業扱いです!」
控えめに笑いが起こった。コメント欄も、社会妖が多いので苦笑とも悲鳴ともつかない内容が流れる。
「その鬱憤は観戦で晴らしましょう! 開幕は、
きゅうび:本当に始まるんやな……
ユッキー☆:サービス残業って幽世にもあるんやな
がしゃどくろ:つらすぎる
だいてんぐ:サラリーマンの悲哀
隙間女:まあうちの職場はホワイトですから
「俺はその、研究センターの内情には突っ込めないけど……」
と、その時である。
五重塔、その頂上で妖気が爆ぜる。
微かに、一閃。次の瞬間、対面の塔を二つぶち抜いた光が炸裂し、空間そのものをぶっ叩くような衝撃が駆け抜けた。
それが、開戦であった——。
×
稲尾柊は大和時代に生まれた。裡辺地方の、とある霊山——のちに魅雲連山浄界と呼ばれる霊山だ。
彼女は一尾、あるいは二尾として生まれ、順番に尾が裂けたわけではない。生まれた時から九尾だった。
ごく普通の赤毛のリヘンギツネから生まれた、アルビノではない、生物種としての白い九尾。
誰よりも最強、誰よりも気高く、故に孤独を味わい、誰よりも情に深い狐となった。
我が子の前では見栄を張りたい、それが柊の行動理念である。
故に、初撃から全力全開。
五重塔の屋根の上で、妖力を練り上げる。湧き出し続ける、その妖力を留め置く器自体が存在しない、本当の意味で無限の妖力。そこから放つ、基礎術。
「
薄いガラスを砕いたような澄んだ音がした。
光が一閃、塔を二つ横切る。狙いは、眼で捉えた先——岩の上で座る余裕綽々の夜葉のにやけヅラ。
次の瞬間、空気が裂けた。妖気が大気中のあらゆる物質を消しとばし、真空状態にしたのだ。直後激しい吹き戻しが起こる。塔は、まるで収縮するように内側に潰れ、抉れ、圧壊し砕け散った。
着弾点で巻き起こったのは、その数倍の爆裂である。
真空になった場所へ空気と塵が吸い上げられ、キノコ雲が生成される。
ただの妖力の塊を撃っただけで、これだ。
「柊怒らすのやめようかな俺」
きゅうび:これは作り物の映像でしょ(断言)
だいてんぐ:術にしては大味だったから、妖気爆発の派生系かな?
MIKU♡:雷ではなかった 炸裂音が違いすぎるし、分子に接触して軌道がブレる様子もなかった
隙間女:あ、雷なら多少ジグザグ軌道だしなあ
トリニキ:なんでこいつら冷静なんや
キノコ雲が、爆発したように弾け飛んだ。
宙に当然のように浮遊する夜葉の周りで、数百もの槍が渦を巻く。
妖力だけで、無から生成した槍だ。柊は冷静に、術式を選ぶ。
「今のは、良かった」
「無傷のやつに言われてもって感じだ」
槍が射出される。音を置き去りにする速度で。
ソニックウェーブがあたりの杉を粉砕。柊は無手でそれを弾いた。手の甲で、軌道を逸らしたのだ。明らかに音の数十倍の速度の槍を。
それを、繰り返す。数百発の、現代兵器の究極系とも言えるレールガン——それをゆうに上回る破壊力を素手で弾く。それたやりは隕石が激突したような轟音と共にクレーターを穿ち、やはり柊も無傷。
が、彼女らは安定が嫌いだ。
戦うからには勝つ。勝つくらいなら、圧勝する。
柊が塔から動いた。
宙で悠然と霊剣を構えた夜葉に、己も太刀を空間の断層から引き抜く。
その太刀にまとわりつくのは、雷。
(呪具の効果じゃないわね、あれ)
夜葉は霊剣を振るい、太刀を受ける。接触した瞬間、因果を反転させる術が発動。雷の侵食という因果を反転、さらに効果対象を幾重にも絞り、選択し、雷自体を無効化しようとするが——。
直後、柊そのものが雷と化す。
雷速で駆け抜け、真後ろから心臓を貫かんと突進。夜葉は四本腕のうち上部の左右を背後で交差させ、小太刀で防いだ。無論、万物反転の術で、だ。
雷は接触の瞬間、五つに分かれた。
(自律型分身と大瀧家の雷術の併用……脳味噌が焼き切れそうなことを平気でするわね)
五つの雷が、さらに分裂。そこからさらに分裂。天空に上がった、数百とも言える雷。
それは。
ユッキー☆:あ、これ!
MIKU♡:マジか
キメラフレイム:うそやん
「郷愁の飛梅——!」
夜葉が歓喜とも取れる声を上げた。
それは現世で大瀧蓮と園田三國が最終局面で見せた一幕。
八尾の雷獣・三國が行った大業。空から幾筋もの雷を落とす、陣地を超えた術だ。
雷雨が降り注いだ。
それ自体が独立し意思を持つ分身だ。互いにぶつからぬように地面で跳ね、社を蹴り、空へ戻り、また落ちる。独自のアレンジを加えた、術の模倣。
万物反転による効果発動までのインターバルを埋める弾幕。夜葉の体が、みるみる傷つく。
黒ずんだ血が滲み始めた。
「柊の術は、模倣。模倣対象の血肉を取り込むことが条件だから、あの術は完全なコピーじゃないんだ。柊が力技で真似たにすぎない」
オカルト博士:ってことは柊様は全部の妖術が使えるってコト⁉︎
きゅうび:九尾はチート、はっきりわかんだね
ユッキー☆:いやいやいや、狐が雷獣の専売特許とったらマジであかんでしょ
隙間女:夜葉さんが傷つくってことはあるんですか?
「ない。二〇〇年前に俺が本気で戦った時、夜葉……っていうか常闇様は完全無傷で俺を爆散させた」
トリニキ:幽世ってこんなのがゴロゴロいるってきゅうびニキから聞いたが……?
だいてんぐ:それだけなら渡航禁止にはしないよ。問題は、そんな彼らでさえ脅威と認定する魍魎や呪術師がいるからだね
隙間女:なるほど、それで私が魍魎を食べるとみんな驚くのか……
見習いアトラ:天敵の天敵やん
サニー:飛梅が終わりますよ!
雷が収束した。分身が解け、柊が雷化を解く。
「あれはいい技だった。蓮のやつも、あれくらいできるようにならねばな」
「ふ……ふふ。そうね、もうすぐパパだもの」
夜葉は見るも無惨な姿である。なんとなれば、動画の規制を考え幽世側が視覚規制の黒塗りをかけているのだ。
柊は、己が与えたダメージが浅いことを訝る。
皮膚が裂け、筋肉が焼け、肉が弾け飛んでいる。
だが、術で防ぎきれない攻撃を数百万回も浴びてこの程度。夜葉は、常闇様としての力なんぞ解放していないはず。
そこで、柊はハッ、と笑った。
「そういう規約ではないか」
「ええ。誰も夜葉のままの出力で戦うとは言ってない。小手調べは、お互い様」
夜葉の体がどろっと解けた。
分身だったのだ。
柊の眼を持って誤魔化し切るほどの。
(ち、因果そのものを書き換えて妾に本体と誤認させよった……妾の眼は、菘と違って嘘を見抜けん!)
柊は、人を見る目で嘘を見抜く。瞳術の効果ではないのだ。
(探せ、不意打ち一発でも喰らえば妾とで無事では済まんぞ)
ゴゴ、ゴゴゴゴ、と地面が揺れ始めた。
ハッと顔を上げると、拝殿から飛び出す影。
威容——まさしく、人外。
四つの足に、人の胴体。四本腕に、額に三つ目の瞳を見開く異相。豪奢な装身具に身を包み、美しく均整の取れた乳房には布切れしか巻いていない。
蠍の尾のように伸び、上からこちらを睨むのは二股に刀身が分かれた剣だ。
「ハァーイ。みんなの神様でぇす」
夜葉が——常闇様の分霊顕現体が、まるでアイドルがそうするように手を振った。
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