【短編/1話完結】体育館の裏で話す2人

茉莉多 真遊人

本編

「あ、手紙をくれたのは君?」


「は、はい! 先輩のこと素敵だなって思いまして!」


 体育館の側、告白される先輩男子と思いきって告白する後輩女子。青春の1ページである。でも、この語り部である俺はこの2人のどちらでもなかったりする。


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 春。春と言えば、出会いの季節ということだが、出会いを求めていない人間にとっては、ただただ暖かくて過ごしやすい季節だなあ、とか、あー新たな出会いとか面倒だなあ、とか思ってしまう季節でしかない。


 かく言う俺も高校生1年という節目、入学式を経て、出会いなんかこれっぽっちも求めていなかった。地元で平凡な成績で入れる高校に、その中でも平均的な成績で入り、中学時代の友人もそこそこいるような新しい出会いなんてなくたって繋がりがあるもんな、という感じの緩い雰囲気で2週間が過ぎ去っていた。


 ちなみに、真新しい制服はブレザータイプでまだこなれた感のない着こなしに自分でも少し笑ってしまう。もう数週間くらいすれば慣れてくるだろう。


「あー、天気がいいなあ」


 昼休み、体育館の裏で俺は小さい頃から愛飲している紙パック飲料いちごみるくを片手にそんなことを呟いていた。学校の自販機にこれがある時点で俺の3年間はバラ色である。


 そして、今日日、体育館の裏に不良なんていない。そもそも、不良は学校に来ないのだ。仮に来てもわざわざこんな体育館裏まで来てたむろなんかしない。ダルすぎて教室で寝ているか、開きもしない屋上の入り口前の踊り場でのんびりダベっている。はず。少なくとも2週間はいなかった。これからも来ないでほしい。マジで頼む。


 そんなこんな他愛もないことを考えていると、近くで会話が始まったのか声が聞こえてくる。


「あ、手紙をくれたのは君?」


「は、はい! 先輩のこと、とても素敵だなって思いまして!」


 はい、ここ。ここが冒頭部分である。つまり、俺はなんか盗み聞きみたいな感じになっている赤の他人ということになる。ちょうど俺が体育館裏の端で、告白舞台は体育館横の端なのだ。だけど、俺の方が先にいたんだし、こっちまで来ないだろうから、まあバレても、最悪寝たふりでもしてやり過ごすか、とかくらいの気持ちしかない。


「あー、ありがとう。君みたいなかわいい子にそう言ってもらえるなんて」


「それで、もしよかったら私と付き合ってください!」


 ところで、スマホも持つようになる高校生にもなって、こんな風に呼び出して告白するというのは旧時代の話か、漫画やアニメの2次元的な話だとばかり思っていたが、古風なことをするやつもいるもんだなと感心してしまった。


 それとも、意外とそういうのは根強いものなのだろうか。恋愛のれの字も知らない……いや、れの字くらいは知っている……はずの俺にとって、この告白シーンを知ることができたのはとても貴重な経験だろう。


「あー、ごめんね。俺、好きな人いるんだ」


「あ、そうなんですね……」


 あー。見た目がタイプじゃなかったのか、いや、でもかわいいいって言っていたから、本当に好きな人一筋なのか。とりあえず、ストックという考えをしなかっただけ、告白された男の先輩は誠実な人間なのだろうな、と思う。


「あ、ご、ごめんね。そ、それじゃあね。嬉しかったよ」


「は、はい……」


 どうやら、後輩女子の方は涙目なんだろうな。涙声だし、男の先輩もなんかバツ悪そうにしてるしな。


「うっ……ううっ……嬉しいってなんなんだよお……だったらOKしろよおおお……」


 そりゃ、ただのフォローだろ。あ、マズい、なんか、足音近付いてないか。近付いてきた足音のリズムはふらついているのか、どうにも重いな。寝たふり、寝たふり。


「うわあああああん……うわああ…………ヴァ―」


「ブフッ」


 なんで急にマイ〇ラのゾンビみたいな声出すんだよ。吹いちまったじゃないか。


「やっぱり起きてたああああ」


 誘導だったのか。ちくしょう、まんまと引っ掛かっちまった。それもこの声、前にも聞いたことあるし。


あずまくんに見られてたあ、もうダメだあ、言いふらされるんだあああああ。1年目の春からフラれた女として見られるんだあああああ」


来田くるたさんだったのか。言わねえよ。あと、泣くのやめときなよ。なんかあったって、バレるぞ? 午後も授業あるんだから」


 女子の名前は来田くるた 美海みなみ。中学校が同じで何度か顔を見たことがある。


 身長は前から数えて1番であることが多く、同学年の中で断トツで小さい。逆に、髪は長くて、腰より少し上まで伸ばした栗色の髪が印象的だ。それに顔立ちは小動物感があって、美しいよりはかわいいという表現になる。



 接点はない。しかし、来田は中学時代に学年でも割と上位の顔の良さで実際にかわいい部類だと思うし、そういう意味である程度情報は入ってきていた。でも、色恋沙汰の話はたしかに聞いたことないな。


 そう考えると、先輩男子は本当に好きな人がいたんだろうか。


「来田でいいよ……ううっ……なんでフラれたんだろ……」


 やめろ、座るな、話しかけるな、そのまま午後の授業のために戻ってくれないか。とまでは、さすがに傷心状態の女子に言えるわけもなく、まあ、女子と話す機会なんて滅多にないとも思い相手をすることにした。


 それに、ブレザー姿のかわいい女子を見るのは中々に良いものだ。眼福である。


「俺も東でいいよ。それで、今まで喋ったことはあんのか?」


「え?」


 聞き取れなかったのか、来田が素っ頓狂な声を上げるので、もう少しゆっくりと喋ってみた。


「今までに、さっきの先輩と話したことはあるのか?」


「ないけど」


 まさかの告白が最初の会話だったんかい。これはまた面倒くさそうな話だな、とか思いつつ、顔にまでは出さないように気を付けて、とりあえず、優しく話しかけることにした。


「えーっとだな。なんで上手くいくと思ったんだ」


「友達から、先輩は穏やかで押しに弱いって聞いて」


 攻めポイントそこかよ。


「攻めポイントそこかよ」


 思わず口からツッコミというか本音が出てしまっていた。来田は俺の言葉を聞いて早速口を開き始める。会話のテンポはまずまず良さそうだ。


「だって、いいじゃん、付き合いたいと思ったんだもん」


「分かった、分かった。ちなみに、その先輩のことどんだけ知ってんだよ」


 まあ、あまり深掘りしても時間も足らないし、そこまで興味もないし、適当に会話をすれば、来田の気もまぎれるだろうから、ここは無難な感じで聞いてくしかないか。


 そう思って、無難な質問を展開していこうと考えた。


「サッカー部」


「で?」


「で?」


 なんで疑問形に疑問形で戻ってくるんだよ。思わず漫画ネタで切り返しそうになったじゃないか。というか、俺、そんな難しいこと聞いてないと思うんだけどなあ。


「えっと、サッカー部だとして、ポジションとか、あとは、知らないけど、サッカー部以外のそういった、なんだ、そう、プロフィールみたいなものだよ」


「2年生」


 俺は心の中で駄々滑りヘッドスライディングを華麗に決めた。来田との会話が一問一答インタビューのように感じてくる。というか会話をする気がないんだったら、俺に構わず教室に戻ってくれていいんだけど。って、来田ってクラス何組だ。少なくとも俺と同じクラスじゃないな。


「なんで単語で返ってくるんだよ。もっとないのか」


「かっこいい」


 顔かよ!


「顔かよ!」


「失礼な! がんばっている姿がだよ! 顔はそんなにかっこよくないよ!」


「お前が失礼だよ!」


 思わず来田のことをお前呼ばわりしてしまった。しかし、どう考えてもツッコミ待ちの返しだろ、それ。俺は見たことないけど、先輩が可哀想すぎるわ。


「うっ……失礼はそっちが先だよ!」


 苦しくなって、とりあえず、どちらが先か問題になったので、これへの論破は無駄だし印象も悪くなると感じ、素直に謝ることにした。別に印象を良くする必要もないけど、無駄に悪くする必要もないからな。


「まあ、そうだよな。すまん。つい思っていたことが口から出た」


「思ってたってことじゃん!」


「そうなんだけどさ。普通、かっこいいって言ったら見た目想像するだろ?」


「あー、まー、うーん……イケメンってなんか怖い。遊ばれそうで」


「ふーん」


「その反応、信じてないでしょ!」


 こんなテンポで話していたら時間がくるまで終わらねえ。とりあえず、一旦落ち着こう。


「悪かった。まあ、待て。俺は来田と漫才をする気なんかないんだ。えっと、それじゃ、あれか? 来田はよく分からないけど、サッカー部の練習か何かを見て、がんばっている姿がかっこいいと思って、思い切ってアタックしたと?」


「うん。東って、分析力、すごいね」


 こういう時の女子の短めで放ってくる褒めってすごく淡々としているんだけど、これ本当に褒められているのか。もしかして、若干、バカにされているのだろうか。


「そりゃどうも」


「…………」

「…………」


 しばしの沈黙。沈黙は金と言うが、この場合の沈黙は禁のような気もする。


「なんでフラ」


「さっきの感じだと、OKされる要素ほぼなかっただろ」


 永遠ループに入る前に断ち切った。被せるように食い気味な感じで勢いよく断ち切った。


「ほぼってことはOKされそうな要素あるってこと?」


「ポジティブだな。そうだな、顔かな」


「顔かよ! 失礼でしょ!」


「褒めてるんだよ! かわいいって!」


 正直、初対面の女子って考えた場合、見える範囲しかないからな。来田は顔が良い方だから、顔はあるよな。後は、ちょっと身長小さめだから小動物的な感じもあるし、仕草もどことなく小動物的な感じと聞いたことがあるな。でも、仕草はあの先輩には分からないか。スタイルは……これからに期待って感じである。


「えっ」


 やめてください。その目を丸くして驚いた顔をするの。どっち、どっちなんだ。嬉しいのか、キモいのか。漫画じゃねえんだから、トゥンク……とか、え“っ”……とか、みたいな分かりやすい表現は俺に見えないんだよ。


「ま、まあ、あと、今日初めて来田と俺って話したと思うけど、意外と話しやすいし、そういうところをアピールできれば、きっとOKされると思うぞ」


 俺はなんだかいたたまれなくなり、顔以外のアピールポイントを探した結果、意外と話しやすいという毒にも薬にもならないようなポイントを挙げてみた。これなら言ってもそんなに変な風には取られないだろう。


「東って、なんかガツガツしてないね?」


「ガツガツ?」


 来田の唐突な言葉に俺は面を喰らった。どういうことだ。思春期の男子は多少の差異はあれど、みんなガツガツしたウルフのはずだ。少なくとも、そんな枯れた感じじゃないはずだぞ。


「私、告白はよくされるんだけど」


 自慢かよ。


「自慢かよ」


「自慢じゃないよ!」


「すまん。また思っていたことが口から出た。話が進まないから気にせずどうぞ」


「えー……まあ、私、告白はよくされるんだけど、なんか、告白してくる人、みんななんだか怖くて……」


 あー、まあ、俺は告白まではしないな。健全な男子として、そういったことにまったく興味がないわけじゃないけど、俺もなんだかんだでフラれるの怖いし、傷付くのは嫌だしな。


「まあ、彼女が欲しくてアタックする奴らだしな」


「だから、こうガツガツしてなさそうで、かっこいいって思った先輩にしたの」


 そう考えると、来田ってすごいよな。ちゃんと流されずに自分なりに行動できているんだから。そこからの自分で作った流れとその結果はまあさて置いて。


「まあ、でもフラれちゃったのか。残念だったな」


「それはもうよくて」


 もういいのかよ。どういうこった。


「それで東って話してみると、ガツガツしてないって思って」


 ん? 待て、待て。なんか流れがおかしいぞ。いや、待て。たしかに、フラれるのが怖いから自分から告白はしないけど、今、好きなやつも実際いないわけで。だから、ガツガツしていないだけで。


 なんでこう思っているかって、後で、なんだやっぱり、みたいに幻滅されるのがなんだかんだで怖いからだ。


「待ってくれ。今はたしかにガツガツしてないけど、人並みにそういう欲はあるから、好きな人が今いないからそう見えるだけ。だから、来田が思っているような人間じゃないぞ」


「でも、今、怖くないから」


「今か。そうか」


「それに」


「それに?」


 まさか、目の前の俺に、まさか、言うんじゃないだろうな。


「イケメンじゃない」


 失礼だろおおおおおおおおおおおお! おおおおおおおおおおおおい!


「失礼だろ……おぉい……」


 ごめん。心の中ほど元気に返せない。辛い。


「いい意味でだよ?」


「イケメンじゃないにいい意味ってなんだよ……」


 ただし、イケメンに限る、なら星の数ほど聞いたことあるけど、ただし、イケメンじゃないに限る、なんて聞いたことないわ。


「なんか、ごめん」


「謝るなよ」


 俺の心、既にボロボロサンドバッグだわ。


「…………」

「…………」


 あー、なんか急にじっと見られ始めた。嫌な予感するなあ。いや、俺の自意識過剰か。あとで、来田に、そういうつもりで言ったんじゃないんですけど、みたいなこと言われたら傷付くだろうなあ、俺。


「私と」


「お断りします」


 と、まで出てきたので、もう自意識過剰と思われてもいいやと思い、早押しクイズ並みの早さで回答した。


「フラれたあああああ。なんでえ? かわいいって、話しやすいって言ってくれたじゃん」


 自意識過剰ではなかったようだけど、どうしたものか。本当は断る理由なんてないんだけど。いや、さっき思いきり傷付けられたな。


 まあ、それはよくて。なんか勢いよく近付かれるのが怖かった。距離感が急に掴めなくなって、急に目の前に現れてきたような感じ。


 あぁ、これが来田のいつも感じているものの一部なのだろうし、さっき先輩が感じただろう、日常に入ってきた異物感というか恐怖みたいなものなんだろうな、と経験して思った。


「来田は俺のことどんだけ知ってるんだよ」


 とりあえず、断った理由を取り繕わないといけないと思い、さっきと似たような質問をしてみる。


「同学年」


「だから、単語で返すな。一問一答じゃないんだよ」


「えっと、同学年で、身長が高くて、いちごみるくが好き」


「今の俺を見て言ってるだろ、それ」


 来田が目線をきょろきょろと動かしながら、言葉を続けているんだから、そう思うほかない。


「だって、話したことなかったんだもん。でも、たしかに、話しやすかったし、怖くなかった」


 なんとなく、来田が言ってくる理由が小動物的な感じだ。怖くなかった、と言われるのは良く言えば紳士的だということなのだろう。


「そうか、言ってくれて、ありがとう。とりあえず、もう授業も始まるから。また今度な」


「また今度?」


 俺は立ち上がって、いちごみるくを勢いよく飲み干す。立ってみると、やっぱり、来田の身長って小さいよなって思う。なんか、こう、守ってあげたくなるような感じ、と言えばいいのか。そう、庇護欲か。


「なんでもかんでもすぐに付き合う前に、お互いを知るために友達から始めればいいだろ? それでなんか違うなって思えば、それで離れられるしな。俺はだいたい昼休みはここにいるから好きな時に来ればいい。まずは話し相手くらいからどうだ?」


「それって! ……ほおほお、女の子をこんな人が来ない所に連れ込むんだ?」


 友達から始める、という単語をポジティブに受け止めたのだろう。来田の中で、東にフラれた、から、東とお友だちから始める恋愛、に書き換わったのだと俺は感じた。


 どちらかと言えばネガティブに受け止めやすい俺でさえも、そうポジティブに受け止められるくらいに、来田のニヤニヤとした笑顔が眩しかったからだ。


「じゃあ、もう来なくていいでーす。お次の方へどうぞー」


「待って! 分かったから! 毎日会いに来るから!」


「いや、彼女かよ」


「付き合ってほしいって、さっき言ってるんだけど!?」


 いや、言うの防いだから言えてねえけどな。まあ、そんなことはどうでもいいから返すこともせず、普通教室の校舎の方へと俺と来田は歩いていく。


「友達でしょ? 美海って呼んでいいよ」


「じゃあ、来田さんで」


「じゃあ、じゃないじゃん! さん付けに戻ってるし! ちなみに、私は東のこと、仁志ひとしくんって呼んでいい?」


「いや、彼女かよ」


「それさっきやったじゃん! もう勝手に仁志くんって呼ぶ!」


「はいはい。美海のご自由に」


「!」


 そもそも、なんで美海は誰かと付き合おうと思ったのだろうか、とか、いろいろ聞いてないこともあるけど、まあ、いずれ分かるだろう。そんなに深い理由ではなさそうだし。


 とりあえず、美海も俺も、本当の恋愛感情とやらを見つけられればいいと思う。


 これからもこの体育館裏で話をしていって。

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【短編/1話完結】体育館の裏で話す2人 茉莉多 真遊人 @Mayuto_Matsurita

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