随徳寺をきめる

三鹿ショート

随徳寺をきめる

 この土地には、良い記憶など存在していない。

 だからこそ、戻ることを考えていなかったのだが、仕送りを停止すると脅されてしまっては、両親に顔を見せなければならなかった。

 呼び出された理由というものは、両親が離婚するということを伝えるためだったのだが、元々仲が悪かったことは知っているために、それほど大きな驚きは無かった。

 仕送りは今までと変わらずに行ってくれるということを知ること以外に大事なことなど存在していなかったために、私は即座に住んでいる街へと戻ろうとした。

 駅で電車を待っていたところ、私はその女性と出会った。

 この土地にしては珍しい派手な外見だったために目を向けていると、彼女と目が合った。

 その瞬間、彼女は眉間に皺を寄せた。

 不躾な視線に怒りを抱いたのだろうかと思っていると、彼女は私に近付いてきた。

 私が謝罪の言葉を吐こうとするのと同時に、彼女は私の名前を呼んだ。

 口ぶりから察するに、私の知り合いのようだが、眼前のような女性は記憶に無い。

 私が首を傾げると、彼女は己を指差しながら、名前を告げた。

 その名前を聞いて、私は血の気が引いた。

 彼女は、私が再会することを最も避けていた人間だったからだ。


***


 私と彼女は、周囲の人間と比べると、明らかに劣っていた。

 そのような存在の運命と言うべきか、揃って虐げられていたために、我々の間には仲間意識のようなものが存在していた。

 恋人関係というほどのものではないが、誰よりも親しい存在だったといえるだろう。

 その日も、我々は共に帰路についていた。

 顔面の傷に痛みを覚えていたが、彼女との時間は、その痛みを和らげるような効果が存在していた。

 このまま常のように自宅へと戻ると思っていたが、我々の前に、突如して男子生徒たちが姿を現した。

 彼らは私を虐げていた人間であり、私は追撃を加えられるのではないかと恐れたが、首領たる人間は彼女を指差すと、私の交際相手かと問うてきた。

 私は首を横に振り、友人であると告げると、首領は醜悪な笑みを浮かべた。

「彼女を我々に差し出せば、きみを虐げることを停止しようではないか」

 何を言っているのかと、私は首を傾げた。

 己が救われるために友人を差し出したところで、彼らの性格上、約束を守るとは限らないのである。

 この世界において、彼らは最も信ずることができない人間なのだ。

 私の表情からその思考を察したのだろう、首領は自身の胸に手を当てると、

「正直に言えば、同性であるきみを虐げたところで、愉しみは限られてしまう。ゆえに、異性の方が何かと都合が良いのだ。彼女を差し出してくれれば、きみに用事は無くなるのである」

 その言葉から、彼女は何をされるのかを想像したのだろう、青い顔で私を見た。

 己の尊厳と彼女との友情の、どちらを取るべきなのか。

 それは、決まっている。

 私は彼らに向かって彼女を突き飛ばすと、その場から走り去った。

 背後から、首領の感謝の言葉が聞こえてきた。

 それから私が虐げられなくなったことを考えると、意外にも首領は約束を守ってくれたということになる。

 私は平穏な日常というものを手に入れることができた。

 その日々に喜びを感じていたためか、もしくは考えることを放棄していたのか。

 彼女がどうなったのかを、私は知ろうとしなかった。


***


 私は即座に、彼女に対して謝罪の言葉を吐いた。

 彼女が何をされたのかは不明だが、変わり果てたその外見から、彼らに染められたのだということは容易に想像することができた。

 私の行動によって、彼女がどれほどの辛い目に遭ったのかを知るべきなのだが、私はそれを知ることを恐れた。

 彼女の苦しみを知ることで、その全ての原因が私であるということを知ってしまうからだ。

 場合によっては、罪の重さに耐えることが出来なくなってしまう可能性も存在するのだ。

 それならば、事情を知る前に謝罪をした方が良いのである。

 私が顔を上げると、彼女は口元を緩めながら、首を左右に振った。

「確かに、彼らの慰み者としての日々は辛いものがありましたが、その日々が存在したからこそ、私はこの土地において実力を持った相手と懇意にすることができたのです。学生という身分を失ってからの人生の方が長いということを思えば、結果的には良かったと言うことができるでしょう」

 そのように語る様子から察するに、彼女は私のことを恨んでいないということなのだろうか。

 私が問うと、彼女は首肯を返した。

 直接的な許しの言葉を得たわけではないが、それと同義だろう。

 私が安堵すると同時に、電車が近付いてくる音が聞こえてきた。

 電車に目を向けたところで、何時の間にか、私は線路に飛び出していた。

 何事かと思っていると、腕を突き出している彼女の姿を目にした。

 私の肉体が電車と接触する前に、私はその言葉を聞いた。

「それでも、私が苦痛を味わうことになった元凶を許すことはできません」

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随徳寺をきめる 三鹿ショート @mijikashort

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