第6話 生徒会長はよく聞いている(2) 

「だからオカルトですか?」



 紺鉄は憮然とする。

 それを察した青淵あおぶちは、声のトーンを上げて言った。



「すくなくとも事件を人間の非合理のせいにして理解したふりをしなくてすむ。

 最近、気になるオカルト話があるしね。」



「どんな?」



「中務白月の幽霊の目撃談があがってる。それも複数だ。」



「……」



「目撃されたのはどの場合も夜の校内。場所はバラバラ。ちゃんと二本の足で歩いていたそうだよ。」



「……」



「目撃者の中には幽霊に声をかけた猛者もいた。

 中務白月の幽霊は振り返って微笑んだらしいが、その笑顔に目撃者は悲鳴を上げて逃げてしまった。なぜだと思う?」



「……さあ」 



「幽霊の体の中から無数の虫が湧き出していたらしいんだ」



「……」 



「あはは、いま君がどんな顔をしているかよく分かるよ。

 電気変換された音声は肉声より雄弁だ」



「……」



「そう、君の想像通りだ。

 幽霊は実際の中務白月の死に際の姿とよく似ていた。

 違うのは燃え……」



 ガヂャン!



 紺鉄は受話器を叩きつけ、固く目を閉ざした。

 叩きつけた音がいつまでもホールに残響しつづけている。

 学校中が文化祭の準備で賑わっているのに、玄関ホールは静かすぎた。



 後ろから、ついついと袖が引かれた。目を開けると斗鈴が紺鉄を見上げていた。



「たべていい?」



「だめ」



 紺鉄は頬を膨らませた斗鈴の頭を、髪の艶を確かめるように撫でた。



 ジリリリン、ジリリリン……。



 ピンク電話が鳴った。



 ジリリリン、ジリリリン……。



 紺鉄はピンク電話を睨み、しっかりと受話器を持ち上げた。



「もしもし」



「すまない、無神経だった」



「……いいですよ。要件は俺にそれを言う事ですか?」



「いいや。ここからが本題だ。単刀直入に言おう。

 君にはこの件から手を引いてもらいたい。」



「手を引くとは?」



「君は瀬田真朱くんになにかあったのではと調べているんだろう?それをやめてもらいたい。」



「合理的な説明では何もわからないと言ったのは会長ですよ?」



「ああ、これはオカルト的事件だ。

 だが真相を知ろうとすれば、私達は必ずあの女に出会ってしまう」



「中務白月」



「そう。彼女が亡くなって1年。

 この学校はやっと元通りになりつつある。

 だが君がこの件を追えば、生徒たちの心に中務白月は蘇ってしまう。

 生徒たちは惑い、学校はまた混乱していまう。」



「会長は生徒たちの心の闇の中に、白月を葬ってしまうつもりですか?」



「そうだ」



「元オカルト研の六車って人を生徒会においているのも、それが理由ですか?」



「ああ」



 電話から聞こえる不鮮明な、ゆったりとした声には、断固とした重さがあった。

 紺鉄は冷めかけたペットボトルのお茶を飲み干してから、みづちに答えた。



「残念ですがお断りします。その要求は俺個人を超えていますよ。」



「どういうことかな?」



「白月がいなければ、今の俺はいません。

 その白月をいなかったことにするというなら、俺もいなかったことになる。

 つまり、いまここで会長の要求に応じる俺もいないことになるというわけです」



「詭弁を弄するのかい?

 たとえ君を含めたわれわれ全員が中務白月を忘れてしまっても、今の君は消えないぞ?」



「いいえ、消えるんです。比喩ではなくほんとうの意味で」



「詭弁でないなら、それはオカルトだな」



「オカルトですよ。

 いまも頭の中で白月がうるさくて。

 青く燃えながら、真朱のことを調べろってせっついてきていますからね」



 紺鉄は自分の頭の横で指をくるくる回して、自虐的笑う。

 その怪しい笑顔を、斗鈴がじっと見上げていた。



 しばらく受話器からはサーと細かいノイズだけ聞こえていた。

 青淵がいなくなったように何も聞こえない。

 紺鉄は故障でもあったのかと受話器を耳から離そうとしたとき、無音を破ってみづちが聞いてきた。



「君はまるで中務白月の繰り人形だな。それでいいのかい?」



 みづちの声は、それまでのどこか演技がかったものではなく、心からの心配のようなものがあった。

 そのせいか、繰り人形と言われても腹立つことはなく、むしろ紺鉄は、みづちが見せた心情に若干戸惑う。

 だから、そうした心配や戸惑いを吹き飛ばすように笑った。



「あいつには感謝していますから」



「……これ以上は何も言うまい。

 だったら、せめて定期的に報告をしてくれないか?

 生徒会を預かる身として、何も知らされないでは困る。」



「了解です。

 なにか分かれば連絡しますよ。

 電話すればいいですか?」



「いや、このピンク電話まで来てくれたらいい。

 そうすればこちらから連絡するから」



「それは……」



 それはかえって不便なのでは。

 紺鉄は途中まで出かかった言葉を飲み込んだ。



「では、よろしく頼むよ」



 そうして電話はぷつりと切れた。

 紺鉄はそっと受話器をもとに戻す。

 外はもう夜になっていて、玄関ホールには誘導灯の緑の光だけが暗く広がっていた。



 紺鉄はふと視線を感じた。

 振り返ると、烏玉斗鈴の瞳が黒く光り紺鉄をじいっと見ていた。

 斗鈴の目はいつも真っ直ぐだ。怖いぐらいに。

 斗鈴がトトトと近寄ってきた。 



「お腹すいた」



「俺もだ。購買にいくか」



 紺鉄は斗鈴の頭をなでた。

 腹が減ってはなんとやら。

 文化祭の準備期間中は購買も特別営業体制だ。

 この時間でも育ち盛りの高校生の胃袋を満たすなにかがあるだろう。

 紺鉄は、空のペットボトル2つとクッキーの包を掴んで、斗鈴と並んで購買へと向かった。

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