燃えながら、あの女は笑っているか

梅雨ノ木馬

第1話 誰が血で祭りは濡れる(1)

「いまも彼女は、屋上で青く燃え続けています。」



「いや、そんな物騒な英文じゃないから、これ。」



 午前最後の英語の授業。

 ふらふらと、うわ言のように答える京終紺鉄きょうばてこんてつに、教師の顔は引きつっている。



京終きょうばて、また寝てないのか?」



「まだ60時間ぐらいしか……」



 そう答えている最中にも、紺鉄こんてつのまぶたはどんどん下がっていく。

 紺鉄は右手に固く拳を握ると、思い切り自分の顔面を殴りつけた。



「あと12時間はいけます。」



 自分を殴った拳で、口の端ににじむ血を拭い笑う紺鉄。

 教師は引きつった顔を手で覆う。



「もういいから、保健室で寝てこい。」



「いや、でも」



「いいから行ってこい」



 紺鉄は「はあ」と寝言のように答えると、机に立てかけてあった日本刀を手に取り、教師にペコリと頭を下げて、ふらふらと教室を出ていく。



 すると、紺鉄の右隣の席にいた烏玉斗鈴ぬばたまとりんが勢いよく立ち上がり、紺鉄の後を追って一緒に教室を出て行ってしまった。



 教師はため息を付いただけで、授業を再開させた。

 他のクラスメートたちも顔色一つ変えていない。

 京終紺鉄きょうばてこんてつ烏玉斗鈴ぬばたまとりんの非常識さは、もう学校中の常識となっていた。

 


 秋の陽光で眩しいほど明るい廊下を、紺鉄はフラフラと歩いていく。

 その後ろを斗鈴がトトトとついてく。

 誰もいない廊下に、紺鉄の腰の刀がカチャカチャと鳴る音が聞こえている。

 


 階段に差し掛かったところで、紺鉄は足を止めた。

 保健室はひとつ下の一階にある。

 


 先の英語教師は寝てこいと言ってくれたが、紺鉄にその気はない。

 眠るなんてとんでもない。

 眠気など真昼の太陽を浴びて吹き飛ばしてしまおうと、紺鉄は屋上を目指して階段を登り始めた。



 2階から3階、4階と上がり、さらに上へと階段に足をかけたときだ。

 紺鉄は、少し暗い階段に小さな足跡が連なっているのに気がついた。

 掃除当番が手を抜いたのか、それとも先客がいるのか。



「いい匂いがする」



 後ろについてきていた斗鈴がポツリと言った。

 紺鉄は肩越しに振り返る。



「どこから?」



 すると斗鈴はまっすぐ屋上を指さした。

 紺鉄の鼻には、ホコリと少しの鉄の匂いしかしていない。

 先客が少し早い昼飯でも食っているのだろうか。

 紺鉄は先客の邪魔にならないよう気をつけながら、屋上のドアを開けた。

 


 薄暗い階段から、何も遮るものない屋上へと出る。

 目に飛び込んできた景色に、紺鉄は息を呑んだ。



 11月の雲ひとつない高く澄んだ青空。

 晴天の陽光を浴びて、白く輝くコンクリート。

 そして、コンクリートの中央に赤い血が広がっていた。

 それはまるで紺鉄の心を侵食するように、黒く見えた。

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