第53話

 フェリカに先頭を任せたものの、正直、不安な部分はある。息を暴発させれば、恐らく、いや確実にここは崩れ去るだろう。そうなればマッドモスキートだけでなく、俺たちもお陀仏である。

 最悪、俺が能力を発動させるかと考えていると、よほど俺の顔が険しかったのだろう。ガレリアが「ディアスちゃん」と名前を呼んできた。


「なん……っ」


 反応しようと顔を上げたところで、柔らかいものに顔が包まれた。不本意にも、俺はそれ以上声を出すことが出来なくなってしまう。


「大丈夫よ。ね?」

「……!」


 何が大丈夫だとか、とりあえず離せとか、ヴェインを背負ってやれと言ったはずだとか、言いたいことは山ほどある。が、豊満すぎるほど柔らかい肉塊の谷間に顔を埋められては、俺は虚しくも目で訴えることしか出来ない。


「私はフェリカちゃんを信じてるわ。大丈夫」

「……」


 まるであやされるように言われては、俺も諦めるしかないではないか。

 俺が抵抗を緩めたからか、ガレリアが「ふふふ」と微笑み、そっと離してくれた。それからヴェインを背負ったのを確認してから、俺は「……フェリカ」と呟くほどに小さく、その名を呼んだ。


「は、はい!」


 フェリカの目がきらきらと輝いている。その光に満ちた目に、俺は自虐するよう口元を緩めた。


「ななな、なんで笑ったんですか!? ボク、何かしましたか!?」

「いや、そうじゃない。なぁ、フェリカ。息は吐くものか?」

「ふえ?」


 自分でも間抜けな質問だと思う。フェリカもわけがわからないというように首を傾げたが、それでもすぐに、


「え、えと、吐くだけでは駄目、です。吸ったり、吐いたり、そうしないと息は出来ないです」


と至極当たり前の答えを、俺の望む通りに言ってくれた。俺はそれに頷き返してから、


「”息“は、吐けば体外に熱を。吸えば体内に冷気を発生させることが出来る。フェリカ、冷気を扱ったことは?」

「ない、です」

「なら俺の言う通りにイメージして、それを実行してみろ」

「でも……」


 フェリカが躊躇うのもわからなくはない。”天降る国“までの道中での火起こし、水路を切り開いたあの時、もちろん細々したものもあるが、フェリカが魔法の出力を絞って発動させたことは、未だないに等しい。

 冷気を扱えることをフェリカ自身知らなかったのも相まって、ぶつけ本番で発動させることに不安しかないのだろう。


「もたもたしてる暇はない。先兵が戻らないことを察すれば、次のやつらが」

「次のやつって……」


 しまった、迂闊だった。あれが視えたのは俺だけなのだ。ガレリアは兎も角として、フェリカからすれば、一体なんのことか皆目見当もつかないに違いない。


「あー、その、だな」


 上手い言い訳が思い浮かばない。フェリカの目が不安に満ちていくのが、手に取るようにわかる。


「ふふふ。もし、の話よね? ね、ディアスちゃん」

「あ、あぁ、一匹とは限らないからな」

「そうですね……、そうですよね!」


 ガレリアの助け舟で、やや強引に納得してくれたようで、フェリカは再び鼻息を荒くし「やってみますね!」とガッツポーズをした。

 ちらりとガレリアを見れば、奴はは素知らぬ顔を通すつもりなのか、こちらを見ることは一切しなかった。が、無言の圧力とでもいうのか、何か圧を感じるのは、気のせいではないだろう。

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月火の裁定者 〜漆黒とか深淵とか、恥ずかしくて言えません〜 とかげになりたい僕 @HAYATOtm

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