第29話

 能力の全てが直接的な“力”に通じるわけでもなく、そして強大な能力ほど、色々と制約や縛りに囚われている。

 ルビリスの能力も例外ではない。


「儂は確かに“貪欲なる喝采”と呼ばれとるが、特段に何か出来るというわけではない。代々この地を治める、領主の家に飼われとるにしか過ぎんのだ」

「飼われる……? まるでディアスみたいな言い方だ」


 なかなか鋭い指摘にガレリアが笑った気がするが、俺は無言のまま二本目の魚を手に取った。気づけばリーフィなんぞは五本目に突入している。ここの魚が干上がらないか心配になったが、そもそもヒトなぞ来ない場所だ。心配するだけ無駄骨かもしれない。


「ほっほっ、そうか、ディア坊も飼われとるのか。そりゃ奇遇だのぅ。まぁ、お互いの話はまたの機会にして。儂はさっきも言ったが、日の下には出れぬ。だが腹はく。そこでこの地を治める領主と取り引きをしたのじゃ。いや、後に領主となった、が正しいかのぅ」

「取り引き?」

「そう。儂は水を循環させ、らは儂に食事を与える。そうして何代にも重ね、いつからか子らは領主というさぞ立派な地位に就いておったというわけじゃ」


 用済みになった串を火に入れ、ルビリスは「楽しいもんじゃった」と抱えていた足に顔をうずめた。


「ルビリスは嫌じゃなかったの?」

「いんや、全然、全くじゃ。勘違いするでないぞ? 儂は食事を求めはしたが、子らを食ろうたことはただの一度としてない。だがしかしどうだ、最近子らが来んと思えば、彼奴きゃつめがふんぞり返っておるではないか」


 ルビリスは顔を上げたかと思えばいきなり立ち上がり、手を右に左にと振って「許さんからのぅ!」と怒りを露わにしている。


「儂は果敢にも彼奴に立ち向かった。じゃが、日の下、しかも食事を取っておらぬ身体では、ろくな力を発揮出来んかった……」

「ま、ばーさんの能力じゃあ不向きだろうしな」

「悔しいが、その通りじゃ。儂はここへ逃げ帰り、そのまままた隠居暮らし。そこへお主らが来たわけじゃ」


 簡単に話しはしたが、俺たちが来る間に、一体どれほどの時間が経っているのだろうか。相変わらずこのばーさんは、時間の感覚が狂っているらしい。

 それにしても、やけに静かになったと思えば、リーフィとフェリカはごろりと横になって寝息を立てていた。ヴェインもまた目を擦っているのを見るに、限界が近いらしい。


「最近歩き続けていたからな、ここなら多少は安全だろう。ヴェイン、お前も寝ておけ」

「ふぁ……、ディアスは?」

「俺は道を見てくる。今日は幸いにも満月だ。道がよく見える」

「ん……そっか、おやすみ……」


 緊張が一気に解けたのか、ヴェインもぱたりと横になるとすぐに寝息を立て始めた。


「ねぇ、ディアスちゃん」

「あん?」


 腰の本に軽く触れながら、ガレリアのほうをちらりとも見もせず返事をする。


「月明かりで一体何を照らすのかしら。ここは地下なのに、ね」

「俺の人生だよ、そう思っとけ」

「そう。じゃ私はルビリス様とお話でもしていようかしら」


 焚き火に揺れるガレリアの表情が“行くのか”と聞いている気がした。だから俺は「あぁ」と立ち上がってから、


「そうしてくれ。何せ年寄りの話ってのは長い。俺に相手は務まらんからな」


とルビリスの頭を撫でる。ルビリスの口から零れた「子らを、頼む」の呟きには「寝言は夢を見ながら言え」と返してやりながら。

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