第25話

 その通路は、この首都が出来る前からそこにあったそうだ。ある時代にはウォータワームの住処として、またある時代には貴族の抜け道として、賊の隠れ家だった時もあると記録している。

 そんな通路もまた、時代と共に記憶から風化していき、誰もがその存在を忘れ使われることがなくなって久しい。俺自身も、ここを使ったことなどもちろんだが、ない。


「ディアスちゃん、どう見ても私より深いわ。これじゃ溺れるどころか、廃水として処理されるのがオチよ」


 ガレリアが足元の小枝を投げ込んでみる。それはずぼん、と緑色に濁った水中にゆっくりと呑まれていき、しばらくの間、水面には小枝の跡が残っていた。

 緑の膜に、一同の顔が曇る。もちろん俺だって、綺麗になったコートをむざむざ汚す真似はしたくない。


「フェリカ、お前の魔法は“息”に乗せて発動している。間違いないな?」

「え! は、はい、お見通しでしたか……」

「威力、発動速度が秀でているが、このタイプは逆に精度と持続力に欠ける。酸欠に陥りやすいのも難点だ。まぁ、それは今はいい」


 俺はしゃがむと、手にいくつかの石を拾い上げ、まずひとつを溜め池の奥側へ投げ込んだ。


「あの場所の底辺りに、恐らく内部への扉がある。多少錆びついているだろうがな。フェリカの魔法なら、この水を割って扉までの道を作れるはずだ」

「それは構いませんが、錆びて、開かないかもしれないですよね? それはどうするんですか?」

「とりあえず見ないことにはわからん。いいか、あまり強くするな。細く長く、息を吐き続けるイメージで魔法を放て」


 ここに来るまでに何度か魔法を使わせてきた。フェリカはその辺のエルフより魔法の才に秀でている。だが悲しいかな、人間であるフェリカには、それを教えてやれるヒトがいなかったのだろう。

 全く勿体ない話だ。


「息を吹きかける感じですか?」

「そうだ、頼んだぞ」

「ひゃ、ひゃい! 任せてください!」


 フェリカが緊張しているのが手に取るようにわかる。


「よし、いきます……! すー、はー、ふううううう」


 いつもの穴を開けるような強いものではなく、それは道を作るように水路を駆け抜けていく。水が左右に割れ、泥の積もった地面が露わになり、独特の腐った臭いが鼻をつく。

 そしてその奥、塀に作られた鉛色の扉が見えた頃――


「へ、へ、へ、へーっくぶしゅっ!」


 ドオオオオン!


「……」


 勢いよく放たれたフェリカのくしゃみは、今まで溜めていたエネルギーを一気に解き放つが如く、やっと見えた扉を木っ端微塵に破壊した。左右に割れていた汚水が宙に飛び散り、そのまま重力に逆らうことなく俺たちに降り注いでくる。


「……おい、フェリカ」


 頭についた藻を地面へ叩きつけ、俺は静かにフェリカを見た。


「いや、あの、その、あまりにも臭くてですね、我慢出来なくてですね……」

「……そうか」


 最早何も言うまい。

 ちょうど溜め池の水も全部吹っ飛んで、濡れる心配もなくなったじゃないか。そう思わんとやってられん。


「あわわわ、ごめんなさいごめんなさい!」


 頭を下げるフェリカに、ガレリアが「ふふふ」と笑い、額に張りついた前髪を払った。


「いいじゃない。今から綺麗好きの領主様にお会いするんだもの。少しはお洒落しないとね」

「同じ、匂い。大丈夫」

「よぉし! じゃ、中に入ろう、皆!」


 こいつらの能天気さにはほとほと呆れるが、まぁ、いいだろう。


「早いとこ入るぞ。多少汚水を飛ばしたとはいえ、この水量と雨だ。すぐに戻る」


 排水路へ先に降り立ち、扉があった場所へと急ぐ。中は苔やらカビやらで匂いも酷いが、進めなくもない。薄暗いその中へ、吸い込まれるようにして俺たちは進んでいった。

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